斎藤日葵と西山海斗(1)
斎藤日葵は大きなため息を吐いた。夜勤で入るもう一人の男性店員が来る途中に交通事故を起こし、急遽違う人に代わったのだが、突然過ぎたこともあって1時間程度を一人で乗り越えなければならなくなったのだ。もともとあもり不良まがいの集団や、いわゆる陽キャのノリというものに抵抗があった日葵は、ただでさえ夜勤が嫌なうえに一人でそれをやる、というのは非常に不安でしかなかった。
日葵はこの前やっと20歳になったばかりの大学生で、オカルトに興味があった。高校時代、通学路であるこの駅のカラオケ屋に幽霊が出ると聞いて、運命さえ感じた。しかしいざ働いてみたものの、その11号室に入ってみても何も感じず、ほとほと見当違いだったのだろうと、残念がる毎日だった。しかしある日、高校生の赤羽千秋が入ってきた。その子にはなんと見えるらしい。それを聞いた瞬間、やっぱりここで我慢強くバイトを続けてきてよかった!と思う自分と、どうして自分はこんなにも見たいのに見えないんだ、という一種の嫉妬を抱く自分とに挟まれることとなった。
死にかけると人ならざる者が見えるようになるって噂、本当なのかなー。でもちょっとミスって死にたくないし、痛い思いもしたくないな。などと考えていると、エレベーターのドアが開いた。
出てきたのは金髪に黒髪混じりの若い男性だった。左右の耳にピアス、白ティーと黒パンは七分丈で、足にはサンダルを履いている。不良だ。日葵は一瞬だけ硬直したが、偏見だぞ!そいうの!と、いつも通りに迎える。
「いらっしゃいませ」
「2時間でお願いします」
いや、この人でっか…!身長は180センチ近くあるのだろうか、世間一般からすると男子にも劣らず背が高い日葵でも、その男性をすこし見上げるような形になっていた。
「お部屋の方ですが…」慌てて部屋を指定しようとする。
「あ、そのことなんすけど…」
遮られた。うわー、こういう人ちょっとなー。などと思っていると、その客は部屋の番号を忘れたのか、電話をし始めた。ちょっと嘘でしょー。先に入ってた集団の友達なのかな。
「もしもーし。あれさ、この前言ってたのってどの部屋だっけ」
いや違うんかい。そう見せかけてのちがうんかい。確かにさっきの集団酔ってたけどこの人シラフそうだしな。日葵が一人で脳内つっこみをしていると、
「すまんすまん、ありがとな。じゃ、おやすみ。……へーい」と電話を切った。そして言う。
「11号室で」
日葵はこの瞬間、脳内で様々なことを考えた。うそ、この人まさかその手の人?ライターさんなの?このナリで?あ、そうじゃなくて電話越しの人がそうで、この人はその助手さんだったりして!わたしも手伝いたいなー。あーでも「ライターさんですか?」なんてこの人に聞けそうにないな…。怖いし…。ってか逆に何も知らないで、意地悪な人に入らされるように指示されたとか?それっぽいなー。なんかそういうことしてそうな見た目だし…。いやだから、偏見だって!私!
「あ、あの、あそこには…」結局、日葵は幽霊が出ると噂があることを伝えようとした。
「あー、知ってますよ。心配しなくて平気っす」
…いや、知ってるんかい…。日葵は呆然とした。じゃああの人はやっぱりライターさんなのかな…。それとも助手?あのナリで…?いやいやだから偏見だってそれは…。日葵は勝手に想像して妄想を膨らませていた。
それから数十分して、奥の部屋から出来上がった6人の集団が出てきた。大声を出す者、上機嫌に歌う者、大笑いしている者。あーあ、人生楽しそ。日葵は悪態を心の中でついた。大学のサークルでの飲みなどで、そういう人たちを見てきた。周りに迷惑をかけていても気づかず、自分本位になる、そんな人たちになりたくないと、日葵はそういうイベントごとは避けていた。
「あれっ、さっきのおねーさん、まだいたの?」そのうちの一人が話しかけてくる。どうやらドリンクのおかわりに皆で来たらしい。
そりゃいるに決まってんだろ、受付なんだから。そう心の中で思いながら、日葵は聞こえないふりをした。しかしこれは逆効果で、ドリンクバーの台から離れて日葵に近づいてくる。
「ねー、聞こえてる?」さきほど11号室に入った人に雰囲気が似ており、日葵は体が強張ってしまった。
「美人だね!俺らと歌おうよー」
「あ、仕事中ですので…」なるべく向こうの気分を害さないように、やんわりと断る。
周りはそれを見てげらげら笑ったり、「お前じゃ無理だってー」などヤジを飛ばしたりしている。
「お酒もあるし、楽しーよ?」
そういわれながら腕を掴まれた日葵は、とっさに振りほどこうとした。しかし力が強く、抜けない。日葵は完全に怖くなった。こうなったときはいつも先輩とか男性の店員に任せていたので、対処方法などもよく分からず、パニックになってしまった。
「いったん放してくださいっ」日葵は掴まれた腕と逆の指で、自分の腕を掴んでいる手を引きはがそうとした。相手はそれに気づき力を強める。
「いっ」思わず痛みで声が出た。
周りはそれを見て、止めようとしない。笑うだけだ。日葵は悔しかった。自分で自分の事をどうにもできず、周りに誰かがいなければ何もできない自分が愚かに思えた。非力な自分に腹が立った。湧き出た負の感情が目の奥をじわじわと熱くさせる。視界が潤む。
「あ~。泣かないでよー。俺別に泣かしたいわけじゃなくてさぁ」日葵の腕を掴む男はふざけている。周りはまたそれに大声で笑った。
日葵は泣かないように鼻に力を入れながら、最後に思い切り引っ張る。掴まれた部分に痛みが走る。だめだ、もういいや、このままヘルプの人が来るのを待とう。あと10分くらいで来るよね…。そう諦めると、そのままの状態で止まってしまった。




