舞夏と千秋とレッドちゃん
「えっと…」上原舞夏はカラオケ11号室の幽霊レッドちゃんと共に、親友である赤羽千秋を見つめる。千秋は何かを言いたそうにしてどもった。しかしすぐに覚悟を決めたのか、目線を上げて舞夏をしっかりと見た。
「ごめん!わたし、確かに不注意だった。わたしのこと心配してくれたのに…。あんな態度取ってごめんなさい」
舞夏は固まってしまった。もともと誰かに謝る立場でしかなかった舞夏は、誰かに謝られる立場になどなったことが無かったのだ。もし謝られるとしても仲間内の軽いノリのようなところから出たものでしかなく、ずっと一緒にいる友人の、これほど真剣なものは舞夏の思考を完全に停止させた。
「あ…。えと…」何を言えばいいのか分からず、舞夏は目線でレッドに助けを求める。
レッドはやれやれとでも言うように鼻からふんっと息を吐くと、千秋に顔を向ける。
「ねぇチアキ、マイカったらあんたに嫉妬してたらしいのよ」
おいおいおい!爆弾ぶっこむんじゃねぇよこの幽霊…!舞夏はさっきまでレッドと話していた内容をカミングアウトされ、動揺を隠せなかった。顔の温度が一気に上がる。体のあちこちに刺すような痒みを感じ、嫌な汗が出る。
「え…なんで」動揺しているのは千秋も同じだった。
「なーんか、あんたのこと、優しくてー、誰にでも人気でー、女の子―って感じがあふれ出ててかわいくてー…。あとなんだっけ」
「なんかいろいろ誇張されてんだよ!てかそれ言うんじゃねぇ!バカ幽霊が!」舞夏はついに耐えられなくなって怒号を飛ばした。羞恥心と怒りの間でレッドに迫る。
「それは違うよ、まーちゃん!」千秋が割り込む。
「わ、わたし、まーちゃんが思ってるようなヤツじゃないよ」
「いや実際思ってたのはもうちょっと弱めの事だったんだけど…」まずい、このままじゃ変な誤解が生まれる。仲直りして三秒でまた気まずくなっちまう。舞夏はあわてて訂正しようとした。が、千秋はしゃべり続ける。
「毎回バイト行くときに面倒だなーって思いながら玄関ででっかいため息つくし、ミス結構引きずるし、ちょっとしたことで心の中で怒ったり愚痴ったりするし…。それに嫉妬っていうなら、わたしがまーちゃんにしてたよ!」
「…へ?」舞夏は聞き間違いかと思った。ちーが、うちに…?
「まーちゃんの、自分の意見をちゃんと言えるところ、カッコよくて、こんな風になりたいって…」千秋の声がだんだんと小さくなっていく。
「で、でもちーの学校の感じ見てると、そんな感じしないけど…」あわてて入った舞夏のフォローは千秋の顔を上げさせた。
「だって!他人に『うわ、赤羽ってあんな感じなのかよ…』みたいになるのが怖くて、学校に行くと、取り繕った自分の方にスイッチ入っちゃって…」
「あんたも難儀な子ねー」舞夏と千秋のごたつきを、レッドは暢気に眺めていた。
舞夏は千秋の弱音を聞いて、どこか安心したような、妙な気分になった。そうだ、目の前にいるちーは、もううちを助けてくれた小学生のちーじゃないんだ。
「うち、ちーのこと誤解してた。ちーもうちと同じで人間なんだっていうか…。ずっと上にいて見上げるだけの存在かと思ってた」
「なにそれぇ」千秋は赤面して顔を覆った。
「あ、いや…その…」結局、二人とも黙ってしまった。
「んもー、じれったいわねー」レッドがやっと口を開いた。
「じゃ、つまり、マイカはチアキをずっと小さいころのチアキとして見てて、チアキは今もう小さいころの性格じゃないけど、変わっていく自分をみんなに晒すのが怖かったってことよね。」
そりゃそうだ。舞夏は思った。ここまで本音で話したのは、小学生ぶりである。それから中学であまり関わらなかったせいか、小学生のあの頃のままなのだと、舞夏の先入観が千秋に対する誤解を生んでいたのだ。舞夏が高校に入ってから抱いていた違和感は、よそよそしさは、ここから来ていたのだ。この誤解が千秋に対する嫉妬へと変化し、今まで不満として感じていたのだろう。
「そう!そういうことだ!だから、ちー!」舞夏は恥ずかしさを紛らわせるように大声を出した。千秋が舞夏に向き合う。
「小2の時、引っ越したばっかのうちと、友達になってくれてありがとう。そんで!これからも…よろしく…」舞夏は顔が熱くなっているのを感じた。目を合わせることも恥ずかしかったが、千秋をちらっと見る。
「うん!こちらこそ…まーちゃん、わたしのためにいつも怒ってくれてありがとう。それから…これからもよろしく…」千秋も顔が真っ赤だった。消えそうな声が舞夏に届いた。
「さ、一件落着ってことで…」レッドは二人に切り替えるように促した。
「そ、そうだね、歌おう。時間勿体ないからね!」ほら、舞夏も!とまだ顔の赤い千秋に促され、舞夏はリモコンを操作して曲を入れる。
「よ、よし!じゃ、まずはこれからだな」
舞夏の歌声は、まだ恥ずかしさが残っているのか、少し震えていた。




