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『手紙』シリーズ

わたしへ ~クレヨンで描かれた手紙~

作者: 千椛

「姉ちゃん、やっとだぁ!おめでとう!!」


 三ヶ月ぶりに、北海道に単身赴任中の父が帰宅していた土曜日の夕食時。祐実は交際していた純夫から、先日プロポーズされた事を家族に伝えたのだが、妹・奈美の第一声がそれだった。

 やっとは余計だとは思ったものの、否定で出来ない辺りが、少々腹立たしい。


(まぁ、確かにやっとかも知れないけど……)


 なんせ高校時代からの付き合いで、出会ってからを含めると、十年以上になる。互いに大学を卒業・就職して、落ち着いたら、なんて事を言っていたら、あっという間に三十路が見えていた。


 しかも互いの家族には、とうに公認となっていた為、最近は家族・友人に限らず、事あるごとに、まだ(結婚)しないの?と聞かれるのが、お約束になっていたのだから。


 それでも父はさすがに驚いたのか、晩酌の手が止まったが、直ぐにおめでとうと言ってくれ、気の早い母は、どこに住むのか聞いてきた。


「やっぱ実家の近くが良いわよー。何かあっても、すぐ帰ってこられるし!」


 今から結婚する娘に、何て事をいうんだと思ったものの、祖父母が直ぐ側に住んでいる恩恵を、ガッツリ受けて育った身としては、否定できない。


 何せ母は、実家から100メートルも離れていない場所に建つマンションを、結婚と同時に自分名義で購入した強者(つわもの)だ。もっとも夫婦共働きの上に、父が転勤の多い商社勤めだというのも、一因だったのだろう。

 一応二人の仕事の通勤手段を考え、JR沿いが良いなと思っている事だけ伝えると、話はあっと言う間に結婚式をどうするかという物へと移った。


「今時だから、無くても良いけど、写真位は欲しいわ!」


 と、朗らかに笑う母の横で、俯いきかげんに同意を示す父を見る。


「うん。でも純夫はこじんまりしたもので良いから、挙げようって。だから、式はするつもり」


 その言葉に明らかに機嫌が良くなった父は、その日、いつもより二本余分にビールを飲んで、母に睨まれていた。



 さて。そうなると、式をいつするか、どこでするかを決めなくてはならないのだが、どんな物があるのか全く判らなかったので、二人でウェディング・イベントに出掛けようという話になった。大手のブライダルサイトが主催するフェスタだ。


 事前に予約が必要だったけれど、入場無料の上に来場者特典があり、それだけで得した気分になった。しかも、式場コーナーだけでなく、小物の展示やドレスの試着、似顔絵コーナーや抽選会迄あり、式への期待感がどんどん膨らんでいく。


 しかし、いかんせんコロナの絡みがあるため、小規模にしようという事までは決まっているのだが、そこから先は中々ピンと来るものが無く、渡されるチラシやパンフレットだけが重みと嵩を増し続けていった。


 さすがに腕にかかる荷重にうんざりしてきたので、ホール内に用意されたドリンクコーナーで休憩していると、あるポスターが目に入った。


(えっ、何これ。すごい素敵!あっ、絶対、これが良い!)


 そう思ったら、もう、それ以外は考えられなくなっていた。幸い純夫も賛成してくれたし、小規模なウェディングにも対応出来るという事で、直ぐに直近の試食見学会に申し込む。もっとも、気持ちは既に決まっていた。




「でね、クルーズウェディングにしたの」


 結婚の報告のために、純夫と一緒に祖父宅を訪れた私の言葉に、祖父はひどく驚いた顔をした。


「へっ?!なんや、覚えとったんか」


「なにを?」


「なんじゃ。忘れとるのに、船にしたんか」


 呆れたようにそう言った祖父は、立ち上がると、隣室にある仏壇の引き出しをごそごそとかき回した後、少しシワのよったB4サイズの茶封筒を出してきた。


「ほれ」


 渡された封筒を開けてみると、折り畳まれた画用紙が出てきた。微かだが、クレヨンの匂いがする。広げてみると、左上に白黒写真が貼られてあり、その下には赤やピンクのクレヨンで書かれた、幼い文字が踊っていた。


 おとなになつたわたしへ

 けつこんしきは おふねがいいです

 ばぁばみたいなおよめさんか いいです  ゆみ


 文字の横には、ドレスを着た女の子が描かれていて、その髪型は、幼い頃に好きだったアニメのキャラクターに良く似ている。ウィンクのつもりだろう、片方の目は>の形になっていた。そして足元には、スイカの皮のような物。


(これは……舟、なんだろうなぁ、きっと……)


 自分が描いたであろう絵と文字、そして添えられた白黒写真を見ている内に、ぼんやりと思い出した。


 これは四つか五つの頃、今は亡き祖母が膝に乗せて見せてくれた、古いアルバムにあった写真だ。手漕(てこ)ぎ舟に花嫁が乗っており、それは牛深での祖父母の結婚式の一コマだと教えてくれて…………


『予定していた道が通れなくって、急遽(きゅうきょ)お舟に乗ったのよ』


 柔らかな声が耳に蘇る。画用紙をそっと撫でると、色が塗られている所だけ、少しぺたつく。



「あんたは、その写真ば見て、お舟に乗ったお嫁さんが良いと言って、それを書いたんや。母さん、あんたのばあさんやな。大事にしとったんでな、残しといたんや」


 祖母は私が六歳の時に、この世を去っていた。後で聞いたのだが、胃癌で、手術で胃の半分以上を取ったのだが、結局は助からなかったそうだ。


「あーっ、これ、なんとなく思い出したわ。そっかぁ、憧れの元はこれだったんだ」


 胸にストンっと何かが収まった気分だった。


 画用紙を純夫に見せる。同い年の彼は、直ぐにそのキャラクターが何か判ったのだろう。


「じゃあ、僕はかっこ良くタキシードを着ないと。でも、仮面はさすがに勘弁して!」


 そう言って、笑ってくれた。





 式当日。心配していた天気は朝から快晴で、瀬戸内の海は波もほとんど無い。そして、何故か祖父は船長風の衣装を着て、帽子まで被っていた。


(……なんだろう。私よりも目立ってない?)


「えっ、なに、じいちゃんカッコいい!」


「おぅ、カッコよかろうが。今日、俺は船長や。まぁ、格好だけやがな」


 どや顔をする祖父を、奈美がスマホで写真に納める。


「いや、マジでカッコいいって!」


「貸衣装の中にこれを見つけてな。これや!と思たんや」


 はしゃぐ二人の横では、普通のタキシードに身を包んだ純夫が苦笑している。普通の燕尾服の両家の父達もだ。


「大丈夫なの?なんか紛らわしくない?」


 本物の船長さんを横目に見ながら心配する母に、


「大丈夫!船長風なだけや。ほれ、見てみぃ。ほんまもんは、肩と袖のラインが多かろう。それに帽子にも、ここんとこに金の飾りが付いとる」


 そう言って、祖父は帽子の鍔を指差した。言われて見れば、確かにその違いが判った。


 でも、それは教えられなければ判らない違いで、実際、純夫の親戚の人が祖父に「今日はよろしく願いします」なんて言いながら、頭を下げたりしたもんだから、母や純夫のお母さんが、何やら一生懸命説明する羽目になっていた。その横では、奈美がゲラゲラ笑っている。


(じいちゃん。やっぱりそれ、あかんやつだって……)


 思わず遠い目になるが、


「おじいさん、今日の結婚式、よっぽど嬉しかったんだね」


 純夫のその言葉で合点がいった。それと同時に、そう言って笑ってくれるこの人と結婚出来て、ホントに良かったと思えた。




「花婿さんと花嫁さん、写真撮りますので、準備お願いしまーす」


 撮影スタッフの声がかかったので、写真を撮るために、純夫と腕を組みデッキへと向かう。心地よい風が吹き、ベールが揺れる。空を見上げ、大きく息を吸い込むと、お日様と潮の香りが全身を包む。


「花嫁さん。視線、こっち、お願いしまーす!」


 慌てて前を向くと、ふわり、と、どこからか懐かしい香りがした。




   ***



「じいちゃんは?」


「いつものやつ」


「あぁ、懐中電灯の点検」


「出先で懐中電灯見つけると、必ずやるよね、あのカチカチ。一回で良いのに、何故か何回もカチカチするやつ。後、避難経路の確認とか、非常階段の場所とか、じいちゃん絶対するよね」


「なんか、昔にホテルの大規模火災があったから、用心のためだって言ってたわ。他所に泊まるときの癖みたいなもんよ」


「あっ、私、数えたことがあるよ。いっつもじゃあ無いけど、大概15回つけてる」


「奈美あんた、わざわざ、数えたの?」


「うん。大分(だいぶ)と前に、皆で白浜に旅行に行った時に、夜、カチカチやってたから気になって。その時は15回で、福井に行ったときも15回だったから、基本、15回」



 控え室にいる娘と、孫娘達の声が聞こえてきた。


(ありゃ、見られとったか)


 少々恥ずかしかったが、その理由までは判っていないようなので、少しほっとする。


(奈美よ。残念ながら、今日はずっと多いんや)


 船尾近くの手すりに寄りかかりながら、いつもの作業を繰り返す。


『祐実ちゃんと奈美ちゃんの結婚式は、絶対に見たいから、合図をお願いね。忘れないで。約束よ』


 直視するのが辛い程か細くなった、それでも何故か柔らかな指と交わした約束を思いだし、忘れてはおらんよと言いながら、続ける。

 この日のために、少しばかり復習した分は終わり、残りはいつもの習慣だから、手が覚えている。今日はおまけだと、普段より多目につけたり消したりを繰り返す。ただ、最後で少し照れが勝って、一文字分減らした。


 さて、と腰をあげて部屋へと戻ろうとしたら、船長と目があった。驚きながらも、微笑ましい物を見たような彼の顔から、どうやら何をしていたか、ばれたようだ。

 恥ずかしかったが、内緒にしてくれと人差し指を口に当て、相手が頷いたので、もう一度空を見て、式の会場であるキャビンへと向かう。


 その時、ふわりと吹いた風の中に、季節外れの花の香りを感じた。





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お読み頂き、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 小説家になろう秋の公式企画「歴史2022手紙」から拝読させていただきました。 主役はじいちゃんですね。 孫娘のクレヨンで書いた手紙を大事にとっていた。 おどけてみせる陰で亡き妻と孫娘たちに…
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