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喧嘩ばかりしてた幼なじみの冒険者が、婚約破棄をしてきたそうで

作者: 真辺わ人



 拳姫という二つ名を持つ女冒険者マーゴに、相方の印象を訊ねるとこう返ってくるらしい。


「リオンはどんな奴かって? そうね……援護してるなんて言いつつね、安全地帯から魔法撃ってるだけの腰抜け野郎だわ。それにね、いっつもあれをするなこれをするなって言ってばっかり。お前はおかんか小姑かっての!」


 豪雷の魔術師と呼ばれる男冒険者リオンに、相方の印象を聞けばこう答えるらしい。


「マーゴの話を聞かせろって? 拳姫なんて呼ばれていい気になってるけどな。姫なんて呼び名は似合わない。むしろ拳鬼だな。鬼だよ鬼。うん。何てったって脳まで筋肉でできてるからね。女らしさのかけらもないんだよ、あいつ。あんなのに欲情する奴がいたら見てみたいよ……え? いい女じゃないかって? あんたは欲情できるって? ……ふぅん。あんた、名前なんだっけ? 覚えとくから教えてよ」


 そして二人に、どんな関係かって聞くと、決まってこう返ってくる。


「ただの幼なじみだから」


 まぁ、もうその言葉を鵜呑みにする人間は、この街にはいなくなったんだけれど。




◇◇◇




 今では知らない者がいないマーゴとリオンだが。


 最初彼らは、流しの冒険者だった。

 ある時、ふらりとどこからか現れてこの街に居着いたのだ。

 二人して冒険者ギルドに登録した後も、大体いつも二人一組で行動していた。

 聞けば同郷の幼なじみで、腐れ縁な仲らしい。

 気の向くままに、国から国へ、街から街へと渡り歩いているそうだ。


 彼らがこの街に来て、もう三年は経つだろうか。


 拳に覚えのある女冒険者マーゴは『拳姫』と呼ばれるようになり。

 魔術オタクのような男冒険者リオンは『豪雷の魔術師』と呼ばれるようになった。


 そんなある日。


「「悪魔竜(デモンズドラゴン)?!」」


 時間にして昼食前。

 少し閑散としてきたギルドに、二人の素っ頓狂な声が響き渡った。


「はい。どこからかやってきて居着いたみたいで。東の街は既に魔気にやられて廃墟になってしまっています」


 悪魔竜というのは、名前の通り悪魔のような姿をした竜である。

 災害級の魔獣だ。

 魔気と呼ばれる汚染物質を撒き散らし、土地も街もあっという間に人が住めなくしてしまう。

 ある日、国ごとなくなっていたなんて話も珍しくない。

 故にその討伐は、最優先、最重要、特急が基本である。


「これからギルドで募って、討伐隊を編成するんですけど、お二人にも加わって頂けないでしょうか?」


 ギルドの受付嬢のすがるような視線に、マーゴが首を傾げた。


「国は? こういうのって国が何とかするもんじゃないの? 私たちが前いた国はそうだったけど?」


「国はその……一応非常時には王国軍が赴くことになってはいるのですが……今は王都を守るので精一杯だから、今回は冒険者だけで何とかしろと言われたそうで。ここだけの話、ギルド長も頭を抱えておりまして……」


「はぁ? マジで? 肝心な時に役立たないで、よくも普段は庶民から税金搾り取ってくれてるわね?!」


「マーゴ、マーゴ。お口が悪いよ。どうせあれだろ? 中央特別思想ってやつ。お偉いさんってのはまず、大事な大事な王都が守れりゃあそれでいいんだよ。奴らクズだからね」


「あんたも大概口が悪いわよ」


 どっちもどっちだよと受付嬢は思ったが、彼女は身の程をよく弁えていたので、二人の話には口を挟まなかった。


「いいわ。その討伐隊に私たちも加えてちょうだい」


「あ、おいマーゴ! 物事はよく考えてから返事しろっていつも言ってるだろ?!」


「うるさいわね、リオン。行くったら行くのよ! 肝心な時に人助けができないんじゃ、冒険者やってる意味なんかないわ」


「行くなって言ってるんじゃない。売り言葉に買い言葉なタイミングでしか物事を決められない、その短絡的な性格を憂慮してるんだ、俺は。そのうち痛い目を見るぞ、この単細胞女!」


「……ま、また難しい言葉使っちゃってさ! 私のことバカにするのもいい加減にしなさいよ?! 決めたったら決めたんだから! 私一人でも絶対に行くんだから!」


 いや、単細胞は難しい言葉なんかじゃなくてただの悪口なんじゃないか。

 しかし空気の読める受付嬢は、これもお口チャックしておいた。

 なんだかんだ文句を言いながらも、マーゴに続いてリオンも、討伐隊の加入申請用紙に名前を記入したからだ。


「……あーっ、くそ! せっかくの休みだったのに。いい雰囲気だっていう湖に、マーゴを誘おうと思ってたのに」


 記入しながらぼそっと呟かれた言葉。


「…………」


 世渡り上手な受付嬢は、にっこり笑って、その話も聞かなかったことにしておいた。





「『雷槍(サンダースピア)』!!! おい、そっちへ行ったぞ!」


「わかってるわよ。っとにいちいちうるさいわね! 『百烈打(ストーチェス)』!!!」


「おいおい、どうしたんだよ。全然効いてないじゃないか! 拳姫の名が聞いて呆れるぞ」


「かぁ――っ!! ほんっとにムカつくんだから! あんたご自慢のビリビリも大して効いてないっつーの! 『千手刀拳(アラ・スパーダ)』!!!」


 少し離れたところでは、討伐隊のメンバーはお茶を飲みながらその様子を眺めていた。

 誰かに見られたら、高みの見物と謗られるかもしれないが、仕方がないのだ。


「お、おい。あれは何なんだ……」


「今噂の、拳姫と豪雷らしいよ」


「へぇ、あれが! なんていうか……すげぇな」


「オレたちは一体何を見せられてるんだ?」


「えーっと、アレだな。壮大な痴話喧嘩……?」


「敵は悪魔竜のはずだろ? そっちのけで何か二人で勝負し始めてないか?」


「ああ、誰が敵なのか味方なのかわからなくなって、悪魔竜も混乱しているようだぞ」


「あ、今、流れ拳が悪魔竜に当たったよな? 痛そうに頭押さえてるよ、あの悪魔竜が!」


「あわわ! 女の子の方、悪魔竜ごと雷魔法の餌食になってるよ?! あれ、止めなくて大丈夫なの?!」


 しん、と一瞬その場が静まり返る。


「……誰が止めるんだよ。俺は嫌だぞ。娘が三歳になったばっかなんだ」


「俺にはこの討伐が無事終わったら、結婚を約束してる女がいるんだ」


「……そうだな、すまんかった」


 その時、神官服を着た男がすっと前に出た。


「落ち着け皆の者。力のない我々はただ天に祈るのみ」


「おお、そう言われればそうだな」


「確かに」


 神官服男は、六芒星のペンダントを天に掲げながら、祈りの言葉を口にした。


「天よ! 我らの父よ! 彼らの痴話喧嘩を早く鎮めたまえ」


「いや、そっち?!」


「そっちかよ?!」


 なんてやり取りがあったとかなかったとか。




 さて。

 悩める悪魔竜が、人間二人はどっちも敵だったと思い出した時にはもう遅く。


心臓突き(ハートブレイカー)!!!』


豪雷撃(サンダーボルト)!!!』


 両者から放たれた強烈な一撃を食らって、なす術もなくその身を地に横たえるしかなかった。

 こうして、王国史上最凶の災害級魔獣は、史上最速で倒されることとなったのだった。





 討伐翌日、ギルドの受付前で騒いでいたのは、マーゴとリオンだった。


「私の『心臓突き(ハートブレイカー)』が効いたのよ!?」


「いいや。俺の『豪雷撃(サンダーボルト)』で心臓麻痺を起こしたんだよ!」


「絶対私が6! 6:4だってば!」


「俺が6だ」


「欲しいものがあるのよ!」


「すぐ使っちゃうから貯まんないんだろ?! いい加減貯金しろってば!」


「バカね。冒険者なんていつ死ぬかわからないんだから、使えるうちに使っちゃわないと」


 どうやら報酬の配分で揉めているらしいのだが。


「ばーか。死なせるわけねぇだろ」って呟きは、またもや受付嬢以外には聞こえなかったらしい。


 ちなみに(そのセリフは聞こえるように言え)という受付嬢の心の声は、誰にも聞こえることはなかった。





「またあの二人か」


「喧嘩するほど何とやらだな」


「なんだかんだ言っても、パーティー解消しないんだから、お察しだよなぁ」


「うんうん」


「あれでただの幼なじみって言い張ってるんだぜ? 信じられるか?」


「誰か突っ込んでやれよ。受付のメアリちゃんが困ってるよ」


「やだよ。オレだって命が惜しいもん」


「くそぉ! 俺も可愛い子と喧嘩するほど仲良くなりてぇ!」


 ギルドの受付前で痴話喧嘩(と認識されている)を繰り返す彼らを見守る視線も、何だかぬるぬるしているのだった。





 なんだかんだ言っても、史上最凶の魔獣を史上最速で討伐した功績というのはすごいものらしい。


 後日、王都で行われる祝勝パレードに参加しなさい、とお城からギルドへ通達があった。


「パレードだって、パレード! 楽しみだなぁ~! 王族も参加するんだって! カッコいい王子様とかいるのかなぁ?」


「パレードくらいではしゃぐなんて、マーゴはまだまだお子ちゃまだな」


「なっ……何言ってんのよ! あんただって外出着を新調してたじゃない! 私にはあんなに無駄遣いするなってうるさく言うくせにさぁ。浮かれてんのはあんたの方でしょ?!」


「うるせぇな。俺のは必要経費だよ、必要経費! カッコいい俺様にはカッコいい服が必要なの!」


「ははぁ~ん? さては着飾って王都で可愛い女の子をたぶらかそうとしてるわね? 若いっていいわねぇ」


「お前も同い年だろ。何でそうなるんだよ、俺が見せたいのはっ! ……はぁぁ、もういい。そうだとしたら何だよ。悪ぃかよ?」


 ああ、これが売り言葉に買い言葉。


「…………」


 このやり取りがギルドで行われているのでなければ、耳を塞いで通り過ぎるのに。

 受付嬢は若干白目になりながら思った。

 彼女は優秀な受付係だったので、いつも通りの笑顔を浮かべていたが。


「悪いなんて言ってないでしょ?! 何拗ねちゃってるのよ? そっちこそお子ちゃまじゃない!」


 ああもう! 彼氏が拗ねてんのは、あんたがカッコいい王子様とか言ったからだろうよ!


 とか言いたかったけれど、彼女は非常に優秀な受付係だったので、やっぱり今日も我慢した。




◇◇◇




 一週間後、二人は王都へ来ていた。


 そしてパレードを翌日に控えた今日、マーゴは一人で王都をぶらついている。


「お小遣いまでくれちゃうなんて、あいつにしては気が利くじゃない」


 今朝、リオンから渡された皮袋を、ジャラジャラと揺らしながら、マーゴはご機嫌だった。


「わぉ~! お店がたくさんある!」


 パレードの前日だからか、どこもかしこもお祭りムードだった。

 路上には露天も所狭しと並んでいる。


「よ~し、あぶく銭を使い切っちゃうぞ!」


 はりきって食べ物の露店へ並んでいるところ、見知った顔を見かけた。


「よぉ、マーゴじゃねぇか! おめでとう!」


「あら」


 マーゴに声をかけてきたのは、悪魔竜の討伐隊に参加した冒険者の二人だった。


「今から城へ行くのか? 悪魔竜討伐の功績で、上位陣は城からお呼びがかかったんだってな。いいなぁ。国王様に謁見できる機会なんてそうそうありゃしないもんな。オレたちも一度は経験してみたいもんだぜ」


「だよなぁ。王女様がすんげぇ美人なんだってさ。近くで見てみてぇ!」


「は?」


「あれ? そういや今日はリオンのやつはどうしたんだ?」


 マーゴの周囲をキョロキョロとした男二人は、ハッと顔を見合わせてそわそわし始めた。


「お、おい。リオンの奴いねぇじゃねぇか!」


「えっ? じゃあ、あいつ一人で城へ行ったってことか?」


「お、おっとぉ。もうそろそろ時間だから行かなきゃ! じゃ、じゃあな、マーゴ!」


「俺たちはこれで!」


「……」


 回れ右をした男二人の首根っこをすかさず掴んだマーゴは、くるり、と自分の方へ向けた。


「はぁい」


「や、やぁ」


「また会ったなマーゴ! ははは……」


「あんたたち、何か知ってるみたいね? いい子だから痛い目にあう前に教えてくれると嬉しいわぁ~」


 怖い怖い。マーゴの目つきが魔獣を狩る時のそれだ。

 男たちは真っ青になって、ブルブルと震えながら、即座に降参した。


 マーゴに首根っこを引っつかまれて、すっかり震え上がった男二人が語るには――


「悪魔竜討伐の功績で、討伐隊のリーダー含める主力メンバーが、城のパーティーに招かれている」だとか。


「リオンもその話をしていた時にいたので、マーゴにも伝わっていると思っていた」とか。


「招待を受けた上位陣は、その活躍度に応じて貴族としての爵位や賞金などの褒賞をもらえるらしい」とか。


 そして。


「同じく褒賞として、討伐隊のメンバーの一人に王女の一人を降嫁させるのではないか、という噂がある」だとか。


 洗いざらい白状した男たちは、若干涙目になっていた。


「し……信じられない! 何で私も連れてってくれないのよ?! 討伐成功は、半分くらいは私のおかげじゃないの?! ってかむしろ私が倒したようなものなんだけど?!」


「お、落ち着けよ、マーゴ! お前の活躍は討伐隊のメンバーなら誰でも知ってるよ! 知ってるさ……ああ、えっと、ほら! たまたま伝え忘れていたんじゃないかな? パレードの準備で色々忙しかったし! な、なぁ?!」


「そう! そうだよ!! 置いていかれたんじゃないよ。忘れられていただけだよ!」


「お、おい……っ」


「あ」


 慌てて口をつぐむも時すでに遅く、マーゴの顔が段々と赤みを帯びてくる。


「あんたたちは知らないかもしれないけどねぇ。リオンはそんなうっかりをする奴じゃないのよ! あいつのことだから、絶対わざと伝えなかったに違いないわ! 腹が立つったら! 報酬を6:4でわけたこと、未だに根に持ってるのよきっと! そうに違いない! ほんっとうにムカつく!!!」


 地団駄を踏むマーゴ。踏まれる度に石畳がミシミシいっているのは気のせいだろうか。気のせいだと思いたい。

 今の彼女からは、例え手練れの冒険者であっても、後退るほどの殺気がただ漏れている。


「マーゴ、落ち着けって! ほら、今から城へ行けば合流できるかもしれないぞ?!」


「そう! そうだよ!! 今から追いかけなよ! 間に合うかもしれないし!」


「……じゃない」


「「えっ?」」


「冗談じゃないわよ! 誰がそんな惨めな真似するもんですか! 絶対にしないんだからぁぁぁ―――っ!!!」


 あまりの気迫に気圧されて、男二人は脱兎の如く逃げ去った。

 仮にも拳姫とまで呼ばれる女冒険者、マーゴ。

 八つ当たりに巻き込まれでもしたらたまらない。


「よっ! 嬢ちゃん、荒れてるねぇ! おっちゃん特製の、激うまガッチョウの串焼きでも食って落ち着きなよ」


 そうこうしているうちに、並んでいた露店の順番が回ってきていたようだ。


「そうね。おっちゃん、ガッチョウの串焼き10本ちょうだい。全部タレでお願い!」


「あいよっ! 1本オマケしとくよ!」


「ありがと!」


 手渡された串から、タレの香ばしい匂いが漂ってくる。

 マーゴはよだれをごくんと飲み込むと、食欲のおもむくままに、その場で肉に齧り付いてもしゃもしゃと頬張った。


「美味しい!」


 こうして10+1本の串焼きは、あっという間にマーゴの胃の中へ消えていったのだった。


 食欲が満たされると、ちょっとだけ精神的な余裕もできてきた。


「そういえばあいつ、前回の討伐で、そろそろ落ち着きたいとかこぼしてたっけ。落ち着きたいってことは、結婚したいってことよね?」


 なるほど。結婚を決意したリオンが花嫁候補を探すとしたら、街より人の多い王都はもってこいだ。

 更に、城で開かれるパーティーなんてまさにうってつけだろう。


 それで外出着を新調していたわけか、と腑に落ちる。

 きっと、あの時ギルドでパレードの話を聞いたより前に、城でのパーティーの招待を受けていたのだろう。


「……」


 怒っているのではない。自分だけ知らされなかったのが純粋に悲しいだけだ。


「ま、でも。よくよく考えてみると、嫁探しに行くのに、私の面倒なんかみちゃいられない! ってことで置いていかれたんだろうなぁ……」


 これほどガサツな性格のマーゴとも、長年パーティーを組めているくらいなのだ。

 少々お節介で口うるさいが、裏を返せば面倒見がいいとも言える。

 容姿だって悪くない。

 普段は身なりを気にする方じゃないから、ボサボサ頭によれよれのローブを纏っているが、身なりを整えれば案外イケメンなのだ。


 リオンがその気になれば、嫁の来手はいくらでもありそうだ。


「それならそうと一言言ってくれれば、私だって邪魔したりは……」


 しなかったかどうかは自信がない。


 あえて邪魔したりはしないつもりだけれど、お城へ行きたいというわがままは言ったに違いない。


 だって、お城の中とか見てみたい。

 本物のお姫様や王子様にも会ってみたい。


 そして、マーゴが一緒に行ったが最後、あれやこれやと世話を焼くことになるリオンの姿も、同時に想像できる。


 もちろん自分の花嫁探しどころじゃなくなるに違いない。

 マーゴを置いていきたくなったリオンの気持ちも、わからないでもない。


「はぁ……結婚かぁ。もしあいつが結婚したら、私とはパーティー解消になるのかな。あんな性格だけど、腕だけは確かだから冒険者は辞めないでくれるといいなぁ」


 何度もため息をつきながらマーゴは、少し埃っぽい石畳の上を歩き始めた。


「まぁでも、冒険者なんて不安定な職業だものね。リオンは魔術師だから引く手数多だろうし、冒険者を続ける理由なんかないかぁ……」


 マーゴのように、得意なものが腕っ節だけだと、冒険者や傭兵としてやっていく以外の道がないけれど、魔術師は話が別である。

 冒険者ではない魔術師も、割と高級取りが多いのだそうだ。

 お抱えで、複数人の魔術師を雇っている貴族も珍しくないというし。

 魔術オタク故か、複数の属性魔法を使いこなすリオンは、引っ張りだこに違いない。

 特に、貴重な治療魔法の使い手と知られれば、天文学的数値の契約金がとれるかもしれない。

 ただ彼の治療魔法は、行使の仕方に若干問題があって、あまり実用的とは言えないのだけれど。


「あぁでも! 長い間相棒としてやってきたから、いざ離れるとなると寂しいっちゃ寂しいわね……もしリオンが抜けたら、これから一人で旅することになるのかなぁ……?」


 何だか胸がチクリチクリと痛むような気がするが、きっと寂しさによる一過性のものだろう。


 もしくは、串焼きを食べ過ぎたのかもしれない。


 考え事ばかりしていたマーゴは、いつの間にか道の真ん中で立ち止まっていたらしい。


「綺麗なお姉さん、美味しいプップルの実はいかが?」


 気がつくとおさげの少女が、俯くマーゴのことを覗き込んでいた。


「あ、ありがとう?」


 差し出された赤い果実を手にすると、少女は満面の笑みで手を出した。


「プップル一つ、300オウルだよっ!」


「ふふ……ちゃっかりしてるのね。じゃあこれ」


「毎度あり~!」


 リオンに渡された皮袋から、銀貨を出して手に載せてやると、彼女は親がやってるらしき店へと戻っていった。

 戻ってきた娘に気がついた親が、彼女の頭をくしゃくしゃと撫でている。

 きっと、ああして売り子もどきをしながら、彼女なりに親のお手伝いをしているのだろう。

 親のいないマーゴは、少しだけ複雑な気持ちでその光景を眺めた。


 少し多めに渡したから、残りはあの少女のお小遣いにでもなればいいな、と思いつつ、爽やかな芳香を放つその果実に歯を立てた。

 プツッと赤い皮を突き破ると黄色い果肉が見え、同時にじゅわ~と果汁が口の中に溢れ出す。

 甘酸っぱい果汁を味わいながら、可愛らしい赤い実をシャリシャリと噛んでいると、さっきの胸のチクチクが少しだけマシになっていくような気がした。


(まぁ、とにかく。あの街も長く居過ぎたし、そろそろ旅に出てもいい頃なのかもね。リオンがついてくるのか、ここに残るのかは本人に任せよう)


 そう決めてマーゴが歩き出すと、ポンっと肩が叩かれた。


「……えっ? あんた誰?」


 そこに立っていたのはマーゴの知らない男だった。

 いや。見たことくらいはあるかもしれない。


「ああっ! えーっと……?」


「ルシウスだよ、ルシウス! 閃光の蒼き流星! ルシウス!」


「……人違いだったみたい。やっぱり覚えがないわ、ごめんなさい。じゃ」


 そんな妙ちくりんな二つ名を持つ人は、マーゴの知り合いにはいない。

 軽くあしらって立ち去ろうとしたが……


「なぁ、あんた拳姫マーゴだろ?」


 なおも話しかけてくる男、ルシウス。彼のメンタルは強めのようだ。

 顔が赤いから酔っているのかもしれない。

 そうでなければ、知らず殺気をだだ漏れさせているマーゴに、こんなふうに絡めない。


「近くで見ると美人だなぁ」


「あら、ありがと」


 褒め言葉は素直に受け取っておくことにする。

 別にマーゴだって、誰でも彼でも喧嘩を売ってる訳ではない。


「なぁ、ちょっと俺に付き合えよ」


「……悪いわね。私、酔っ払いは嫌いなの。ナンパは素面の時にお願いできるかしら?」


「リオンだっけ? あの魔術オタクの……あいつに置いてかれたんだろ? さっきちょこっと聞こえちゃったんだよねぇ」


「……だから何?」


 マーゴの声が低くなる。

 それに気づかない彼はなおも続けた。


「王女様の降嫁先候補なんだろ? まぁ、あんな奴が選ばれる訳ないけどさ」


「はぁ? あんたにリオンの何がわかるのよ? むしろリオンを選ばない理由なんてないじゃない。ちょっと性格が悪いだけで、戦闘は強いし、面倒見もいいし、顔だってあんたの何十倍もいいんだから」


「おいおい~! 俺っちも顔にはちっとばかし自信があるんだけどなぁ? それにしても、捨てられたかもしれないってのに、よくあんな奴の肩が持てるもんだ」


「捨てられた訳じゃないったら!」


「優秀な魔術師様だもんな? 王女様に選ばれないわけがないんだろ? あいつが王女様と結婚したり、王様に気に入られて国専魔術師なんかになったら、当然あんたとのパーティーは解消なんじゃねぇの?」


 このルシウスとやら。不躾すぎるが、微妙に痛いところをついてくる。


 マーゴはムッとして、口を尖らせた。


 この国には、国家専属魔術師――略して国専魔術師という地位がある。


 普通は、お高いお高い授業料を払って。

 厳しい厳しい魔術師の学校に入って。

 首席で卒業でもして。

 更にお偉いさんの推薦がないと、その地位につくことはできない。


 しかし、優秀な人材の取りこぼしを防ぐため、これといった人材には、特例で与えられることもある。

 国王や議会なんかが、その権利を持っている。


『国専魔術師にでもなれば、生活安定するのかな?』


 数ヶ月前、防具を新調するためにリオンのへそくりをこっそり使い切ってしまった。

 空の皮袋を見つけたリオンが、ため息をつきながらそんなことを呟いていたことを思い出す。


 国専魔術師になると、使いきれないほどの給料が支給されるそうだ。

 その代わり、冒険者よりも活動範囲は制限されることになる。

 王都と城を優先的に守るため、王都内の屋敷に常駐していなければならず、王都を離れることはもちろん、国と国を渡り歩くなどもっての外だ。


(自由がなくなるのは、嫌だなぁ……)


 もちろんそんなのは、マーゴのエゴだとわかっているので、口にしたことはない。

 もし、リオンが国専魔術師になったら、パーティーを解消して一人でも旅を続けるつもりだった。


「なっ? だからさ、代わりに俺っちが入ってやるって言ってるの!」


 ルシウスはまだしゃべっていたようだ。

 我に返ったマーゴは、機嫌良く話し続ける男を無視して、その脇を通り抜けた。


(バカも休み休み言ってよね。あいつの代わりになる奴なんている訳ないじゃない!)


「なぁなぁ、この前の討伐で俺っちの剣の腕は見たっしょ? 剣と拳。俺たち意外といいコンビだと思うんだよね~!」


 マーゴが無視しても、ルシウスは後をついてきた。


「俺っち、こう見えても気の強い女大好きなんだよ! あんた美人だし、一緒に組んであげてもいいよ! ねっ? ねっ?」


 うざい。

 普段なら気にもしない雑音だけれど、今日はいやに耳につく。

 マーゴはルシウスを撒くために走った。


「あ、ちょっと?!」


 慌てて追いかけてくるルシウス。

 閃光だの流星だの、妙な二つ名がついているだけあって、思ったより足が速い。


「……ちっ!」


 こうなったら、奴をそこら辺の路地裏に引き摺り込んで、少し痛い目を見せるしかない。

 ちょっとだけテンパったマーゴの脳みそが、そんな結論を導き出した。


 普段は、リオンがマーゴの思考の手綱を握っていて、こうした短絡的な結論に至る前に一旦深呼吸させるのだが、あいにくと彼は不在だ。

 なまじ、そこらの冒険者では太刀打ちできないほどの力を持っている彼女。

 若い女性の身で路地裏に飛び込むことや、男性と二人になることにも、危機感など抱いたことはないから仕方がない。


 しかし、彼らが路地裏に足を踏み入れた瞬間、全身黒尽くめの何者かに囲まれてしまったのだった。




 マーゴは呼吸を整えながら、彼らに問いかける。


「……あんたたち、誰?」


「……」


 答えの代わりに、衣擦れの音。

 もちろん、答えてくれると思って投げかけた質問ではなかった。

 ただの時間稼ぎだ。

 彼女の視線は忙しなく動き、相手の装備やら構えやらを観察する。


 人数は恐らく八人ほど。

 体格的には男性。


 黒い布の下、程よく鍛え、使い込まれた筋肉の気配がする。

 どうやら、荒事には慣れた手合いの者のようだ。


 ルシウスを振り切ろうとして油断していたとはいえ、囲まれるまでマーゴは彼らの気配に気づかなかった。


 誰の視線も剣呑で、目的のためには手段を選ばないという目をしている。


 マーゴは知っている。

 これは、人を殺したことのある人間の目だと。

 そして、今の彼らのターゲットは自分なのだということも。

 間違っても、姉ちゃんちょっと付き合えよぐへへ……な雰囲気ではない。


「な、何だよ、こいつら~?」


 そしてルシウス、まだいた。


「あんた、まだいたの? 逃げた方がいいと思うわよ」


「女の子を置き去りにして、逃げられる訳ないだろ?!」


 意外と男だった。


「へぇ。ちょっとだけ見直したわ」


「そりゃどうも。んで、こいつら何者なの?」


 マーゴが答えようとした瞬間に、黒尽くめの一人が切り掛かってきた。


(上段!!)


 マーゴは刀を振りかぶった男の懐向かって、大きく踏み込んだ。拳が主戦力のインファイトは近づいてなんぼだ。


「はっ!」


 それと共に拳を突き出し、相手のタイミングと合わせて、短い息を吐きながら鳩尾を突く――深く。


「ぐぶぉぁっ!!!」


 男は、色んなものを口から撒き散らしながら吹っ飛んだ。


「くそっ! 女のくせに生意気だぞ! えっ?! ぐがぁっ!!!」


 予想外の仲間の惨状に狼狽えて、思わず声を出した男の元へ滑り込み、足払いすると同時にその鼻っ柱に拳を叩き込む。


 殺し合い上等だ。

 相手もこちらを殺すつもりならば、手加減しなくて済む。


 ルシウスの方を見れば、彼も一応冒険者の端くれだったらしい。

 自らの剣を手に、二方向からの攻撃に善戦している。


(結構やるじゃん)


 手強そうだと思ったが、意外と簡単にケリがつきそうだ。

 マーゴは口角を上げた。


(戦いは好き)


 戦っている自分が好きだ。

 拳で肉を抉るような感覚も。

 死にそうになっている時でさえも。

 生きている実感を得られるから。

 身体中を生という歓喜が駆け巡る。


(後、六人!)


 人間にしては手練れだろうが、この前戦った悪魔竜には断然劣る。

 鱗が硬いわけでもない。高音のブレスを吐くわけでもない。全てを溶かす腐食液を吹きかけてくるわけでもないのだから。


(楽勝よ!)


 そう思ったのに。


「きゃあっ?!」


 背後で小さな悲鳴が上がった。


 ばっと後ろを振り向いたマーゴの目に映ったのは、黒尽くめの男に抱え込まれ、喉元にナイフの刃を当てられたおさげの少女の姿だった。


 プップル売りのあの少女だ。


「おい、お前ら! 動くなよ? こいつの喉に大きな赤いお口を空けたくなきゃな! 男の方は武器を捨てろ!」


「うっうっ……お姉さんに、お釣りかえ……かえ……うっ……!」


 少女の手から銅貨がこぼれ落ちて、マーゴは悟った。


(ああ、私が多めに渡したばかりに! この子はお釣りを渡すために、私を追いかけて来てくれたんだ!)


「卑怯よ! その子には何の関係もないじゃない! 離しなさいよ?!」


 ギリ、と歯噛みをするマーゴ。


「拳姫ともあろう人間が、たかが小娘一人人質に取られたくらいで、大人しくなるなんてな? 最初からこうしてりゃあよかったぜ。おい、今のうちにあれをつけろ」

 

 人質を取った男が、マーゴの背後にいる誰かに指示をする。

 ゴソゴソと人が動く音が聞こえ、ガシャン、と重々しい音が響き渡った。


「くっ……!」


 音と同時に、両手両足に異常なほどの重みを感じる。

 急激に力を奪われる感覚に、立ってさえいられなくなりその場に座り込んだ。


(力が、抜けていく……!)


「まさか、本当に魔獣封じの枷を使うことになるなんてな」


「だから、女とは言え甘くみるなと言ったんだ。仮にも竜殺しの拳姫だぞ」


(また、余分な名前が増えてる……それよりこれは、魔獣封じの枷だったのね。道理で動けなくなるはずだわ)


 男たちは、力が抜けて座り込んでしまったマーゴを見ながらせせら笑った。


「恨むなら俺たちじゃなくて、モテモテの彼氏を恨めよ?」


「そうそう。あんたがいちゃ邪魔だってお方がいらっしゃるんでね。悪く思わんでくれ」


(どういうこと? 彼氏って誰のこと……って、私と一緒にいるのはリオンくらいしかいないか。リオンを好きなどこかの誰かさんが私を襲わせたってこと? ……でも、私たち、別に付き合ってるわけでもないのに、何で逆恨みされてるのよ?)


「話がよくわかんないんだけど、目的は私ってことで合ってる? それならその子は離してあげて!」


「おい、まだしゃべる力があるらしいぞ」


「マジかよ。魔獣封じの枷だぞ? 本当に女……いや人間かこいつ――?」


「何なら殺す前に確かめてみるか? 中身は人間じゃなくて怪力オーク女だったりして。ひゃはは!」


(オーク女で悪かったわね! って違う違う。とにかくどうにかしてあの子を逃さなきゃ! ……うん?)


「……!」


 何かに気づいたマーゴは、必死に考えを巡らせることにした。


「ねえ!」


「何だ、拳姫様よ」


「あはは、もう自慢の拳はふるえないけどな!」


「ちょっと……お願いがあるの。この体勢のせいで、胸がキツイのよ。シャツのボタンを外して緩めてくれない? 今手を使えないから。ねぇ……お願い」


「えっ……?」


 眉尻を下げながら、上目遣いで見上げる。


「ねぇ、お願い……早くして」


 なるべく弱々しい声で、媚びるような視線で、目を潤ませて。

 男たちを交互に見つめる。


 が、内心はヒヤヒヤしていた。


(こ、これでいいのかな? 色仕掛けはいまいち得意じゃないんだけども! ナターシャ姉さんをイメージしてみましたぁっ! ひゃぁぁ、ごめんなさい、ナターシャ姉さん!)


 ナターシャとは、マーゴが昔滞在した村の世話役の奥さんである。

 奥さんと呼ぶと怒るので、呼び名はお姉さまや姉さんだった。

 水を飲んでも、握手をしても、何なら手を少し動かすだけでも色っぽい奥さんだった。

 マーゴ的には、こんな大根な演技でナターシャ姉さんを騙るなぁっ! と自らお盆でもひっくり返したいところだが――しかし効果はあったらしい。


 残っていた六人の好色な視線が、一斉にマーゴに注がれた。


 ゴクリ、と彼らの喉の音が聞こえてくる。


(うっ……あいつらの目、気持ち悪い。でも注意をこっちに向けないと! もっと何か気を逸らせることないかな……ナターシャ様、ナターシャ様、何とぞいい案を……!)


「よ、よし……俺が緩めてやろう」


「お、おい、気をつけろよ?!」


「大丈夫だって。ドラゴンの動きさえ封じる魔道具だぞ?」


 人知れず葛藤しているうちに、男の一人がニヤニヤとした笑いを浮かべながら近づいてきていた。


(ひっ……嫌だ! 気持ち悪い!)


 思わず仰け反りたくなるのを必死に堪えた。


 彼じゃないその手が、マーゴの服に伸ばされる。

 彼じゃないその顔が、近づいてくる。


 込み上げる嫌悪感。


(堪えろ、私! でも、やっぱりこんな奴に触られるなんて嫌だ……! お願い、早く! 早くして!)


 プチップチッとボタンを外される毎に、心許なく広がっていく襟元。

 男の指先が肌を掠める度に、肌が粟立ちそうになるのを気合いで抑え込む。


「拳姫もこうなると可愛いもんだな」


「だなぁ」


「近くに寄ったらわかるけど、案外そそる身体つきだぜ? どうせ殺しちまうんだから、その前に味見ぐらいしてもかまわねぇか?」


「いいんじゃねぇか? けどよぉ。魔獣封じが効いてるから大事なとこが締まんねぇかもな!」


「違いねぇ! ひゃっひゃっひゃっ!」


 男たちの下卑た笑い声が響き渡ったその瞬間。


 ――ゴスッ!!!


「がぁっ!」


 鈍い音がして、少女を人質に取っていた男が、ゆっくりと前のめりに崩れ落ちた。


 背後に立っていたのは、ボロボロになったルシウスだった。

 人質を取られて動けなくなったのは彼も同じはずだ。

 マーゴと違い、動けないうちに一方的な暴行を受けたのだろう。彼の顔のあちこちが腫れ、傷になり、口の端からは血が流れ出ている。

 立っているのもやっとのようで、かなりふらついていた。


「逃げろっ! 逃げて衛兵を呼んできてくれ!」


 掠れた声で叫ぶルシウス。


「だ、誰か助けてぇぇ――っ!!!」


 肩を押されて我に返った少女は、悲鳴をあげながら一目散に、路地の出口へ向けて走り出した。


「なっ……! お前っ!! まだ生きてたのか?!」


「だから油断するなって言っただろう!?」


「おい!逃すなっ!!」


「行かせるか!」


 追いかけようとした男に、ルシウスが身体をぶつけて阻止する。そのままどうっと一緒に地面へ倒れ込んだ。


(よかった……!)


 少女が無事に逃げおおせたのを確認したマーゴは、内心でホッと息をつく。


 そう。


 ジリジリと地面を這うようにして、男の背後に近づいていたルシウスに気づいたマーゴが、彼らの注意を逸らすために一芝居打ったのだ。


「くそっ! じゃあこの女もグルってことか?!」


 マーゴの胸元に手を伸ばしていた男は、そのまま彼女の胸ぐらを掴みあげた。


「この野郎!」


 そして、彼女を殴ろうと少し腕を引いた、その瞬間を狙う。


「喰らえ、必殺石頭!!!」


 ――ゴキッ!!!!


 カウンターで、勢いよく頭突きを喰らわせたのだった。


 ごりっと、男の鼻の骨が折れる感触がして。

 男は大きく後ろにのけぞるようにして倒れた。


 その反動でマーゴも放り出されて、地面に頭と身体を強かに打ちつける。


「くそっ! 何で、動けるんだよ?! 魔獣封じ用の枷だぞ!! 化け物か?!」


「知らねぇよ! こうなったら、とっとと殺すぞ!!」


「おい、こっちの男もやっちまうぞ」


「死ねぇぇぇ――――っ!!!!」


 男たちがほぼ同時に剣を振り上げた瞬間――




 銀色の光が、まるで真昼の流星群のように降り注いだ。




「ぎゃぁぁあ――――っ!!!」


「目が、目が!」


「痛ぇぇっ!!!」


(氷の、針―――?)


 倒れ込んだ目の前の地面に、刺さっているのは無数の銀の針。

 何が起こったのかわからなかったが、とにかく命拾いしたことだけはわかった。


「よーお、いいザマじゃねぇか、マーゴ!」


「…………っ!」


 いやにクリアに聞こえるその声は、今一番聞きたくて聞きたくなかったそれで。


「なぁ? 拳姫とか呼ばれて、お前最近調子に乗ってたんじゃないか?」


「……う、うるさいわね! ちょっと油断しただけよ」


「助けてほしいか?」


「今更あんたの助けなんかいらないわよ! いらないったらいらないんだから!」


 マーゴが自棄気味に叫んだ瞬間、彼の指先が光り、手枷足枷が外れる。


「これで貸し五つな」


 解放された途端に、身体中を激しく駆け巡る力の奔流。

 身体の底から湧き上がってくるそれに後押しされるようにマーゴは、コキコキと肩を鳴らしながら起き上がった。


「はぁっ? そんなに借りてないわよ! 大体今だって誰も助けてって言ってないでしょうよ?!」


「くそっ! 女の魔道具が外れたぞ! もう一回つけろ!」


「バカね。そんな隙見せるわけないでしょ?!」


 マーゴは男たちの背後に素早く回って、手刀で一気に首を打ち据える。

 続け様に二人が、白目を剥いて崩れ落ちた。


「ぐわぁぁぁっ!」


 マーゴの頭突きを受けて、地面に倒れていたはずの一人が、炎に包まれる。


「あ、ちょっと?! 何してるのよ?!」


「そいつ、マーゴの体に触っただろ」


「は? どこから見てたのよ?!」


「んー……ナターシャ奥様の真似してるとこから?」


「ちょ、あんたねぇ! 見てたなら助けなさいよね?!」


「ふぅん? 助けはいらないんじゃなかったか?」


「時と場合によるでしょうが!!! このバカぁ―――っ!!!」


 残りの二人は逃げようとしたところを捕まえて、気合いと共に思い切り投げ飛ばした。


「はぁ、はぁ、はぁっ!」


「息切れてないか? 運動不足だろ」


「違うわよ! もうっ! ただ色々と……色々となの! うわぁん!」


「よしよし。よく頑張ったな」


 リオンは、ぼろぼろと涙をこぼすマーゴをそっと抱き寄せると、頭を優しく撫でた。

 すると、ますます涙が止まらなくなって、マーゴはリオンの服に顔をこすりつけた。


「嫌じゃない」


「ん?」


「触られても。リオンは嫌じゃない」


「……ん」


 昏倒させられて、地面に突っ伏している面々に比べると、マーゴは驚くほど無傷に近かったが。

 たった一ヶ所だけ血が滲んでいる箇所があった。


 それに気づいたリオンは――


「全く。女なのに顔に傷なんか作りやがって」


 文句を垂れながら、マーゴの額の傷に軽いキスをする。

 すると、じんわりとそこに熱が集まって、痛みが引いていった。

 リオンの治療魔法だ。ただの、治療魔法。そこに何の意味もない。

 わかっているのに。


「ちょっと、砂だらけだから! 汚いからやめて!」


 マーゴは、真っ赤な顔でリオンの胸を押した。


「他に怪我は?」


「な、ないわよ!」


「嘘だ。手怪我してんだろ。出せ」


「このくらい、ポーションかけときゃ治るから!」


「……出せ」


「わっ! やめっ!」


 リオンは、マーゴが後ろ手に隠した手を引っつかんで口元へと運ぶ。


 今日は運悪く、拳を保護する防具をつけていなかった。

 相手が服の下に防刃鎧を身につけていたこともあって、叩きつけた手の甲の皮が見事にずる剥けている。


 チュッチュッと音を立てて、リオンが手の甲や指先にキスを落としていくと、たちまち痛みが引いて傷が塞がっていく。

 この治療方法だけは未だに慣れなくてマーゴは、さっき以上の熱が顔に集まってくるのを感じた。


「大体ね、何で治療魔法だけキスなの?! 何か納得いかないんだけど?!」


「仕方ねぇだろ、俺の治療魔法はこうしないと発動しないんだから」


(本当でしょうね? わざとやってるってことないわよね?)


 魔法のことがよくわからないマーゴから見ても、彼が優秀な魔術師であることは疑いようがない。

 だが、雹の塊や風刃なんか、無詠唱かつ指先一つで操れるような魔術師様が、治療魔法の発動だけキスしなければいけないとかあり得るのだろうか。


 じとっとしたマーゴの視線にも動じず、淡々と治療作業のキスを終えたリオンが呟いた。


「よし。あいつら、跡形もなく燃やしとくか」


「ばっ……バカじゃないの?! そんなことしたら私たちの方がお尋ね者になっちゃうわよ! 犯罪者はちゃんとギルドに引き渡さなきゃ! それと、そこの彼は私を助けてくれた人だから、彼も治療してあげて!」


 マーゴは、倒れ伏したままピクリとも動かないルシウスをビシッと指差して言った。

 そういえば、リオンがマーゴ以外に治療魔法を使ったところを見たことがない。

 相手が男だった場合はどうするのだろう。ふと興味が湧いた。


「え、誰?」


「……悪魔竜の討伐一緒に行った人なんだって。あんたがパーティー抜けたら、代わりに一緒にやらないかって誘われたの」


「は? 抜ける? 何で?」


 リオンの声が一段低くなった気がして、慌ててマーゴは話を逸らした。


「いや、だって……そ、そんなことどうでもいいから、とにかく早く治療してあげてよ」


「……」


 リオンは無言で懐から小さな瓶を取り出すと、中の液体を上からバシャバシャと振りかけた。


「な……っ! 何してるの?! 治療魔法かけるんじゃないの?」


「野郎にキスするような趣味はないからな。このくらいの傷、ポーションでもかけときゃ治るよ」


(いや、そうかもだけど! でも、やっぱり、キスしないと治療魔法が発動しないのは本当なのね)


 これからもあの、恥ずかしい治療魔法を受けないといけないのかと思うと、何だか落ち着かない気持ちになる。

 できるだけ怪我はしない方向でいこう。

 マーゴはそっと心に誓った。


「マーゴは女なんだからさ、傷が残ると困るだろ?」


「う、うん……まぁ、そうね」


「それより、さっき俺がパーティーを抜けるとか言ってなかったか?」


「え、えーっと……そ、そういえば、あんた今日お城のパーティーとやらに呼ばれてたんじゃなかったの? なのにこんなに早く帰って来ちゃって平気なの? 王様にご褒美もらうって聞いたんだけど?」


「平気じゃなかった」


「へ?」


「何か呼び出されてさ。討伐の褒美に貴族にしてやるから王女と結婚しろって言われた。冗談キツイだろ?」


「ええっ! 王女様と?! それってすごいことじゃない?!」


 妄想上の出来事が実際に起きていたと知って、マーゴは興奮した。


「それでそれで? 結婚することにしたの?!」


「するかよ。勝手に婚約したことにされたから、破棄してきてやった」


「王女様相手に婚約破棄してきたの?! そんなことして大丈夫なの?!」


「大丈夫じゃないかもな?」


 リオンはニヤッと笑う。

 普段は小憎らしいと思うはずの表情に、マーゴの心臓が小さく跳ねた。


「なっ……何で断ったりしたのっ? この前、そろそろ落ち着きたいとか言ってたじゃない! 王女様と結婚すれば貴族にもなれるし、あんたが望んでた安定した生活が手に入るんでしょう?」


「はぁ……俺が落ち着きたいのはだな、誰とでもいいわけじゃなくて! ……まぁいいよ。さっき盛大な婚約破棄をやらかしてきたからな。多分今頃俺は、王国軍のお尋ね者になってるだろうな。この国から逃げるぞ」


「へ? 婚約破棄で王国軍のお尋ね者だなんて、あんた、一体何してきたのよ?!」


「んー? 色々とだよ。大体さぁ、俺は婚約を断って帰ろうとしただけなのにだよ? 行く手を遮る方が悪いだろ? 多少吹っ飛ばされても文句は言えないはずだ。まぁ、新しい魔法試せたのはよかったけどさ。とにかく、俺は冒険者を引退するつもりはまだねぇからな! 行くぞ、マーゴ!」


「……はぁ。仕方ないわね。付き合ってあげるから、さっきの貸しはチャラにしなさいよ?」


 マーゴは苦笑しながら、差し出されたリオンの手を取った。


 誰を吹っ飛ばしたの? とは怖くて聞けなかった。

 こいつなら国王を吹っ飛ばしていたとしてもおかしくないし、驚かない。


 また、二人で旅ができるのかと思ったら、知らずマーゴの口角が上がっていた。


 新しい発見だ。

 この幼なじみとまだ旅を続けられることを、案外自分は喜んでいるらしい。




「あ、ちょっと待って」


 マーゴは、地面に倒れて完全に気を失っている男たちの懐をゴソゴソと探った。


「これは盗みじゃないわ。慰謝料をもらうだけ。乙女の心を傷つけた罪は重いのよ」


 罪悪感軽減のために自分に言い聞かせる。


「素人劇場の鑑賞料の取り立てじゃなくて?」


「うるさいっ! 演技の才能がないのはもう十分わかったわよ!」


 もう二度とナターシャの真似はすまい。

 マーゴはそれも心に誓った。


 そして、男の懐からジャラジャラと音の鳴る皮袋を見つけて、自分の荷物に放り込んだ。


「そうじゃなくて、こいつらにオーク女って呼ばれたのよ! 私の繊細な乙女心はズタズタなんだから!」


「オーク女……ぷっ!」


「……笑ったわね? あんたも出しなさいよ慰謝料!!」


「はあ? ばっかじゃねぇの? 払うわけねぇだろ!」


 気を失っている男たちを一箇所に集めたリオンは、どこからか取り出したロープでぐるぐる巻きにした。

 依然として気を失ったままのルシウスを肩に担ぐと、マーゴに背を向ける。


 その背中がいつになく頼もしく見えて、マーゴはゴシゴシと目をこすった。


「何してんだよ。とっとと行くぞ!」


「あ、うん!」




 砂埃の舞う路地裏を後にした二人は、それっきり振り返りはしなかった、




◇◇◇




 拳姫と豪雷の魔術師と呼ばれてる奴らのことを知らないか、だって?


 そうだなぁ。うちの店で一番高い酒頼んでくれるなら、話してあげなくもないけど……。


 毎度あり! いやぁ、何か強要したみたいで悪いねぇ。


 それで? なんでまた彼らなんか探してるんだ?


 はぁ。指名手配されてるって?


 豪雷が、王女様に一方的に婚約破棄を告げた挙句、拳姫と手を取り合って逃げた?

 へぇ。それって罪になるのかい?


 うん……うん……ほほう。


 実はその際に逆ギレした豪雷が、城の上半分を吹っ飛ばして、パーティーに参加してた王族も貴族も兵士も、ぜーんぶまとめて地下牢に閉じ込めたって?

 王族侮辱罪、結婚詐欺罪、貴品損壊罪に殺人未遂罪とな。


 なるほどなるほど。


 そりゃまたずいぶん派手にやらかしたもんだねぇ。

 道理で。最近王都の見晴らしがよくなったと思ったら、城が半分になってたんだね。

 知らなかったよ。


 ああ、いや。俺っちの聞いた噂とずいぶん違ったもんだから、ちょいと驚いただけさ。


 俺っちが聞いたのはさぁ、王女様が豪雷の方に横恋慕して、わがまま言って無理やり婚約を結んだって話だっけな。

 それで、邪魔になった拳姫の方を雇った冒険者崩れのゴロツキに襲わせようとしたって話もあったよ。女ってホント怖いよねぇ。


 それは事実じゃない。根も葉もない話を信じるな! だって?

 王女様はそれ以来、ショックで寝込んでしまわれたんだぞ! だって?


 まぁまぁ。あくまで噂だから、噂。そんなに怒りなさんなって。


 ほう。これが彼らの似顔絵かい?

 うーん、全然似てないねぇ。

 一緒に戦ったこともあるけど、兄さんはもっといい男だったし、姉さんはもっといい女だったよ。


 いやぁ、さすがの俺っちも、どこに消えたかまではわかんねぇな。


 でも、多分だけど、もうこの国にはいないんじゃないかなぁ。


 その日のうちに、フードを被った怪しげな二人組が、港町の方へ向かったって噂を聞いたし。


 彼らを追いかける、だって?

 やめておいた方がいいと思うけどねぇ。


 だって、考えてもみなよ。

 あの悪魔竜でさえ、彼らには敵わなかったんだよ?

 俺っちもかつては、閃光の蒼き流星とまで呼ばれた男なんだけどね。

 知らない? あ、そう。

 あんたらは知らないかもしれんが、その界隈ではちっとは名の知れた冒険者だったのさ。

 でも、彼らには勝てる気がしなかったなぁ。

 次元が違うんだよ。

 ま、だからもうすっぱり冒険者から足洗って、こうやって飲み屋開いて真面目に日銭を稼いでるわけだけどね。


 何が何でも絶対捕らえる?

 国の威信がかかってるから負けられない?

 無事に帰ってきたら、恋人にプロポーズするんだ?

 数で圧倒するから大丈夫、だって?


 おやおや……せっかく忠告してやってんのにさぁ。

 まぁ、あんたらがどうしても行くって言うなら、俺っちももう何も言わないよ。





 はぁ……行っちまったなぁ。

 王国軍って言ってたっけ? きっともうあいつらは王都へ戻っては来られないんだろうな。

 でもまぁ、情報代代わりにたくさん飲み食いしてくれていい稼ぎになったことだし、せめて死なないようにくらいは祈っておいてやるか。


 最近、隣の大陸に彗星の如く現れた「魔王」って呼ばれる凶悪パーティーの話、聞いたことなかったのかな?

 ってことは、彼らの痴話喧嘩で島一つ消えたって噂も知らないんだろうね。やれやれ。








(終)



※拳姫・豪雷は造語です。



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[良い点] ケンカップルが喧嘩っプルしていて最高でした [一言] 性癖ドストライクです……。
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