ヤマタノオロチ
エリックは娘の家を訪れた。
ドアをノックする。返事がない。
ノブを回すと鍵は開いていた。
そっとドアを開けると、老夫婦と娘が黙って椅子に座っていた。
「失礼する。ノックをしても返事がなかったのでな。勝手に家に入ったことは許してもらいたい」
「それは失礼しました。主のパトリック・ボーデンと申します。
こちらが妻のジャスミン・ボーデン。そして娘のカーミラ・ボーデンです」
「これはご丁寧に。エリック・ローワンです」
「エリック・ローワン……まさか黒獅子!?」
「まあ、そうとも呼ばれますね」
「おお!。あなたの名前は聞き及んでいます!。
お願いします!。私達を助けて下さい!」
パトリックは必死にお願いしてきた。
「落ち着いて。娘さんから話を聞こうと来たのです」
「私にですか?」
茶色のストレートの髪に茶色の瞳の美少女がエリックを見る。
「ああ。どうする気だ?。大人しく食べられる気か?。それとも戦うなりする気か?」
カーミラは短刀を机に置いた。
「大人しく食べられる気もありませんし、戦っても勝てないことはわかっています。
ですからあの化け物の前で自決してやります。あの化け物は生きた人間を丸のみするのが好きなのです」
「だから自決すると?」
「ええ。私にできる精一杯の抵抗です」
「ふふ……」
「?。何か可笑しいですか?」
「いや、すまない。そこまで覚悟を決めているのに驚いただけだ。
カーミラ。私にその命預けてくれるか?」
「……はい。恐らくあなたがこの国……いえ、大陸で最強の剣士でしょう。
ですから私の命、あなたに預けます」
「承知した。黒獅子の名に懸けて勝とう。それで奴はいつ来る?」
「明日です」
「わかった。ではまた明日来る」
そう言ってエリックは立ち去った。
「……まあ、そういう訳だ」
「エリック勝てるのか?」
アーサーが尋ねる。
「負ける気はない。やっとだな」
「やっと?」
「私の全力の本気で戦う機会がやっと巡ってきたということだ」
エリックの言葉に全員が驚く。
「今までだって本気で戦って来たんじゃ……」
「アーサー。ああ、本気だった。様々な条件の中で制限されたな」
「というと?」
「戦場では敵味方入り乱れていたから、広範囲殲滅魔法は撃てない。
撃てても威力を抑えた代物だ。剣の戦いでは周囲に敵味方がいる以上、
周りに被害が出るような斬撃は使えない。
だが今回はそれらの制限はない。全力を引き出せる」
「…………!!」
クラスメイト達や騎士達は今までのエリックの戦いを見ている。
今までの戦いが制限ありの本気?
十分に凄まじい戦闘力を発揮していたのに?
じゃあ制限なしの本気だったら、どうなるんだ?
皆の心の中で一致した意見だった。
「さて、私は明日の戦いに向けて精神を集中する。
みんなは普通に過ごしてくれればいい」
エリックはそう言うとテントを組み立て始めた。
「イシュタル。エリックの本気を見たことは?」
「アーサーさん。私も見たことはないです。
ですから想像ですが、広範囲殲滅魔法を上回ると考えた方がいいと思います」
イシュタルの言葉に絶句するクラスメイト達と騎士達。
マンチェスターという一都市を灰都と化した魔法を上回る本気。
もはや想像すらつかなかった。
翌日。
エリックは村の出入口で仮称ヒュドラを待ち構えていた。
隣には椅子に座ったカーミラがいた。
村人や他のクラスメイト達等は、被害が及ばないように下がった位置から見ていた。
そしてそれが姿を現した。
「あれは……!!」
ツバキが大声を出して叫ぶ。
出てきた仮称ヒュドラは頭が8つあり、尻尾も8つあった。そして村人の言う通り通常のヒュドラの3倍はあった。
「ヤマタノオロチ……」
ツバキが呆然と呟いた。
「ツバキ。ヤマタノオロチって何?」
エレナがツバキに尋ねる。
「倭国の神話に出てくる怪物だ。倭国でも非常に力のある三貴神の1柱、スサノオノミコトですら、策を用いて退治したほどだ」
「ちょっと、それってつまり……」
「エリックは人間として、真正面から勝負しなければならないという極めて不利な状態で戦わなければならないということだ」
ツバキの解説に皆に絶望感が漂う。いかなエリックとて伝説の怪物に勝てるか?
「ヤマタノオロチとは……。やれやれだ」
エリックはため息をついた。
「勝てますか?」
カーミラの眼に不安が揺らぐ。
「愚問だな。負けると思って戦う剣士はいない」
「……その娘が今回の生贄か?」
「!。喋れるのか!?」
いや、でなければ村人に生贄を要求できまい。エリックは思い直した。
「ああ。で、お前は何だ?。まさか戦うつもりか?」
ヤマタノオロチは鼻で笑う。
「その通りだ。ヤマタノオロチ。この娘を食べさせはしない」
エリックはそう言って秋水を抜刀する。
「イシュタル。エリックは勝てるのか?」
アーサーが尋ねる。
「…………」
(エリック様。皆に見せて下さい。エリック様がなぜ黒獅子として英雄になったかを)
「…………往くぞ。カーミラ、よく見ておけ」
その言葉と同時にエリックは戦闘を開始した。




