第六天魔王波旬
「今日はダンジョンで授業ですねエリック様」
「ああ。まあ、私の出る幕はないがな」
今日、エリック達は王都からほど近い場所にあるダンジョン、
通称フォーラムダンジョンに来ていた。
最もダンジョンといっても、マッピングは完全に終わっており、
安全は保障されている。
今日は20階まで行って、帰ってくる予定だ。
騎士団員も数名着いており、万が一はないだろうとエリックは予測していた。
エリックの予想通り、エリックの出番はなかった。
アーサー、ツバキが前衛をこなし、シャルロット、エレナ、レミリアが魔法で援護する。
他のクラスメート達も同じようにして行動し、予定の20階にあっという間に到着した。
「よし。ここで休憩だ。後は帰るだけだから忘れ物はするなよ」
騎士団員の一人がそう言うと皆の間に弛緩した空気が流れる。
「…………」
「エリック様? どうかなされましたか?」
「総員戦闘配置! 何かヤバいのが下の階から来る!」
エリックの突然の言葉に戸惑うクラスメート達。
そして、敵が姿を現した。
その姿は一言でいえば魔人。
黒い角が二本生え、紫色の肌をしていた。
そして、凄まじいプレッシャーがエリック達を襲った。
エリックはその姿を見た瞬間叫んだ。
「全員逃げろ! 急げ!」
エリックの言葉に戸惑うクラスメート達。
「エリック。敵は1体だ。全員でかかれば……」
アーサーの言葉が終わらないうちにエリックが怒鳴る。
「あれは第六天魔王波旬! かつて冥界を全壊させた正真正銘の怪物だ!
わかったらさっさと逃げろ! 私が時間を稼ぐ!」
「ほう。我が名を知っているか。面白い」
「それはどうも」
そう答えつつ、エリックは困惑していた。
(ゲームの裏ボスがなんでここで出て来るんだよ!)
「それで、そっちは何がしたい? というか何故ここにいる?」
「ここにいる理由はわからぬ。しかし、この力振るって見たいと思う」
そう言うと波旬は右腕を剣に変え襲ってきた。
橘花で受け止めるエリック。
(ぐ、重い!)
「ほう。止めるか。驚いたぞ」
「全然驚いた表情をせずに言われてもな!」
そこから波旬のラッシュが始まった。
それをエリックは時に受け、時に回避する。
その頃クラスメート達は大半が上のフロアへ逃げていた。
騎士団員がクラスメート達を率いつつ、地上へ急いでいた。
エリックの言葉が真実なら王国の……いや、世界の危機である。
同時にエリックの勝利を願った。黒獅子なら何とかしてくれる。
そう騎士団員は思っていた。
ズバッ!
「くっ!」
その頃エリックは徐々に削られていた。
(こいつは少しきついな……)
「はあ……はあ……」
(イシュタルも限界が近い……か)
「イシュタル。撤退しろ。これ以上の戦闘は無理だ」
「エリック様は?」
「何とかする。だから撤退しろ」
「嫌です」
「撤退しろ! これは命令だ!」
「嫌です! この身命はエリック様に捧げると決めたんです。
最後まで戦わせて下さい!」
「イシュタル……わかった。何としても生き残るぞ」
「はい!」
エリックは奥義の態勢に入る。
エリックの奥義、轟雷一閃は鞘に雷撃を纏わせ、レールガンのように刀身を超加速させ、
縮地に繋げる技である。
(絶対不可避の一撃……届くか?)
「いくぞ……『轟雷一閃』!」
エリックの奥義が放たれた。
パリン!
「きゃっ!」
その頃エリックの家ではエリザがエリックのコップを片づけていた。
そのエリックのコップが割れたのである。
「エリック……」
エリザは不安な気持ちになった。
「がっ……はっ……」
エリックの奥義は確かに波旬の右腕を断ち切った。
しかし、波旬は左腕を剣に変え、エリックの右わき腹を貫いていた。
口から血を吐くエリック。
「エリック様!」
イシュタルの絶叫が響く。
「ふむ。我が右腕を切り落とすとは見事。だが、ここまでのようだな」
「ああああああああああ!」
イシュタルが突撃する。
「小太刀二刀流奥義『鏡花水月』!」
「ふっ」
波旬は笑うと鏡花水月を受け止めようとする。
しかし、イシュタルの小太刀は波旬の剣をすり抜けた。
「何!?」
「ああああああああああ!」
そのままイシュタルの小太刀は波旬の胴体に傷をつけた。
「ナイスだイシュタル」
エリックは再度奥義の態勢に入る。
(これが最後の一撃になる。……勝負!)
「『轟雷一閃』!」
全力で放たれた奥義は波旬の首を飛ばした。
「か……勝ちましたよエリック様!」
「ああ。でも私も限界だ……」
そう言ってエリックは倒れた。
「エリック様! しっかりして下さい!」
エリックの意識は闇に飲まれた。
エリックが目を覚ますとベッドで寝ていた。
どうやら病院らしい。
手のぬくもりに目をやると、エリザがエリックの手を握って寝ていた。
「ん……」
エリザが目を覚ました。
「おはよう。エリザ」
「あなた!」
エリザがエリックに抱きつく。
「心配をかけてすまない。私はどの位寝ていた?」
「3日です。ずっと起きないんじゃないかと……」
「そんなに経っていたのか……」
「ちょうど起きたようだね」
「これは殿下……」
「そのままでいいよ」
「エリック様。無事で何よりです」
「イシュタル。心配をかけてすまない」
「さて、今回の件だがエリックはどう思う?」
「自然発生か召喚されたかですか?」
「その通りだ。自然発生なら天災と言える。だが、召喚となれば話は別だ」
「波旬を召喚するなら大掛かりな術式が必要です。それと術者も」
「そうだ。それこそ国家規模の組織が関わっている可能性がある」
「……一番可能性が高いのは凛帝国ですね」
「そうだ。覇権主義のかの国が関わっている可能性は大いにある」
「今は国境を接していないとはいえ、我が国単独では対抗は不可能です」
「そうだ。だから私は多国間同盟を結成したいと思う」
「多国間同盟ですか?」
「ああ。フォーラム王国に凛帝国と国境を接しているヒュノス王国、ハウンズ王国、
リオン王国で同盟を結び、多国籍軍を編成。共同で凛帝国に立ち向かう構想だ」
「国同士の利害が一致するかどうか……」
「そこは凛帝国の脅威を訴えていくつもりだ。その時はエリック。君も参戦してくれ」
「承知しました」
厄介なことになったとエリックは感じた。
凛帝国と戦争となれば、先のヒュノス王国との戦よりも激しいものとなるだろう。
そもそもゲームではそんなシナリオはなかった。
戦雲の予感に戦慄するエリックだった。