久しぶりの日常
「久しぶりの学校だなイシュタル」
「はい。帰ってきましたね」
ああ、これで日常に戻れるとエリックは考えていた。
「おい。あれが黒獅子か?」
「ああ。劣勢だった我が国を勝利に導いた救国の英雄だ」
「あの人は英雄なのに、なんで上二人は屑なの?」
「エリザ王女と結婚したらしいよ。まあ、二人共強いしお似合いだよね」
「……噂されてるな」
「まあ、エリック様の活躍が凄かったですから……」
元に戻るには遠いようだとエリックはため息を吐いた。
教室に入ると皆が集まってきた。
「エリックお帰り。戦での活躍は聞いてる。それと結婚おめでとう」
「ただいま、アーサー。何とか帰って来れた」
そこからは質問攻めとなった。
「エリック。ヒュノスの魔法団を全滅させたんだって? どうやったか教えてくれよ!」
「私は白銀の戦乙女との一騎討ちの話を聞きたいです!」
「敵の騎士団の首を次々と刎ねたそうじゃねえか! 本当なのか?」
次々と来る質問にエリックは曖昧な笑みを浮かべて対応する。
エリックにとっては戦場は物語に出て来るような綺麗なものではないのだ。
クラスメート達にはそれが分からないのだろう。
(言っても仕方ないか)
実際に経験しないと分からないこともある。
エリックはそう思って適当に受け流した。
放課後の体育館では剣戟の音が響いていた。
ガッ!
「むっ!」
エリックはアーサーの木剣を受け止める。
(これは……)
エリックはアーサーの剣が重くなったのを感じた。
以前と違い、剣に思いが乗っている。
(剣を振るう理由を見つけたかアーサー……)
エリックは友の成長を嬉しく感じた。
「せいっ!」
アーサーが気合と共に左薙ぎを振るう。
「遅い」
エリックはアーサーに左逆袈裟をカウンターで見舞った。
「つうっ!?」
アーサーは片膝を着いて座り込んだ。
「……参りました」
アーサーが悔しそうに言う。
「アーサー。思いが乗ったいい剣だったぞ」
「そ、そうかな。ありがとうエリック」
アーサーは照れ笑いを浮かべる。
「後はひたすら剣を振ることだ。身体の一部と思える位にな」
「エリックはどんな練習をしてるんだい?」
「そうだな。朝夕に千回の素振りをしているな」
「そんなに!?」
「これでも少ない方だ。修行時代は気付いたら夜が明けていたなんてこともあったな」
エリックの言葉に引き攣った笑みを浮かべるアーサー。
「まあ、私のは参考にするな。適切と思えるトレーニングをこなせ」
「う、うん。わかった」
アーサーは素直に頷いた。
「次は私だな」
「……いいだろう、来い」
「やっ!」
ツバキは積極的に打ちかかってくる。
(ふむ。前回は直線的だったのが、フェイントを混ぜられるようになったか)
そう思いつつ防御するエリック。
「そこだ! 奥義『餓狼』!」
ツバキは強烈な刺突を繰り出した。
(距離、タイミング、角度、全て良し! 当たる!)
ツバキが勝利を確信した時、エリックが目の前から消えた。
「残念」
背後からエリックの声が聞こえ、右袈裟斬りが入った。
「くっ」
ツバキは無念という風に膝をつく。
「まさか縮地の2歩手前まで使わされるとは思わなかった」
「むー、勝ったと思ったのに」
「そう言うな。着実に腕は上がっている」
「そうか……なあエリック。人を斬るとはどんな感じなのだ?」
ツバキの質問にエリックは少し考えて告げる。
「アーサーもツバキも将来人を斬ることになるだろう。
だから言っておく。人を斬ることに慣れるな」
エリックの言葉にアーサーとツバキは不思議な顔をする。
「どういうことだエリック。慣れた方が……」
「人を斬ることに慣れたら後は修羅道一直線だ。
私達は人だ。修羅に堕ちる必要はない」
「エリック……」
「だからこそ剣を振るう理由が必要なのだ。
何も考えずに剣を振るえば即座に堕ちるぞ」
エリックは遠い目をした。
ああ、そうだ。先の戦争では祖国の為に剣を振るった。
剣を振るう理由がなければ戦場の狂気に飲まれただろう。
「エリック?」
アーサーの言葉にハッとなるエリック。
「……とにかく慣れるな。今日の授業は以上だ」
そう言ってエリックは体育館を後にした。