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002.株式会社フクシ

 株式会社フクシ――私が勤めるこの会社は東京都台東区浅草にあり、墨田川がすぐ近くを流れる場所に自社ビルを持つ中堅のシューズメーカー。

 特に浅草は、大小様々なシューズメーカーが軒を連ねる。浅草は草履・履物屋だけでなく靴の問屋街もある、所謂いわゆる靴の街だ。いや、靴だけでなく様々な問屋が多い。以前は人形や玩具を取り扱う問屋が多かったのだが、時代の流れで昨今は手芸屋ビーズ・アクセサリーだったり、生地屋だったりが増えた。文房具店も多い。



 そしてそんな浅草で商売をする私の父――杉浦良蔵すぎうらりょうぞうは、フクシを始め、大小様々なシューズメーカーと取引をする下請けのゴム工場・有限会社スギウラ工業の工場長だ。

 昔からよく見る、ナントカ工業・工場等と名を上げ、いかにも年季入ってそうな類の、小さな工場とさして変わりない。


 ゴム工場と言っても、輪ゴムを作る会社じゃない。普通の人はまずピンと来ないだろう。


 父の工場は、ヒールの底やブーツ・スニーカーの底、様々な靴の下地ゴムを生産するゴム工場なのだ。戦後間もない頃から開業し、小さいながらも腕のいい職人揃いで、取引先との信頼も厚く、父が二代目を継いだスギウラ工業。数年前から不況の煽りを受け、取引先をひとつ、またひとつと失い、それでも何とか耐え忍んでやってきた。しかし一年前、遂に大手スーパーやデパートまでもが完全自社生産に切り替え、全ての生産をヒール底も含めて一括で安く中国やベトナム等を主に海外生産にシフトチェンジした為、薄利多売でもまとまった注文があったからこそ耐え凌げていたというのに、本当に取引先が無くなってしまった。


 不況で苦しい上に取引先の殆どを失い、下請けの仕事を貰えなくなってしまったスギウラ工業はリストラを余儀なくされ、腕のいい職人を失い、赤字が膨らんで借金のみが残された。工場を売っても赤字、いよいよ一家で首でもくくるかと言っていた父に、救いの手を差し伸べてくれたのが、このフクシだ。


 株式会社フクシはスニーカー部門で様々な特許を取り、自社の商品開発に力を入れつつ、海外の既製品や、それを模範させたオリジナルの靴を入荷・販売している中堅のシューズメーカー。そんなフクシの特許を取ったスニーカーの靴底を作っていたのが、父の工場。

 フクシは工場ごとスギウラを買収して経営権を取得してくれたため、彼等会社の子会社として運営を継続が可能となった。スギウラは、フクシのお陰で再建できたのだ。


 経営権はフクシにあるが、スギウラ工業という名前のまま会社(というか工場)は存続、離職した職人を出来る限り呼び戻し、元通りの工場ラインで生産も出来ている。私はもともとスギウラの経理を担当していたから仕事があぶれたが、社長秘書に丁度空きが出た為、この位置に滑り込んだという訳。これが、一年前の話。


 

 しかしフクシとて、ただスギウラを買収した訳ではない事は承知している。


 というのも、ライバル会社の神原カンバラという会社がフクシを悩ませている。神原は、斬新なアイディアと若者のファッション離れを危惧した上で、新しい商品を次々と打ち出して来て、並行輸入も成功させたりする、なかなかのやり手企業だ。同じ浅草界隈では知らない者はいないという位の、老舗メーカー。特許を取ったスニーカーを年齢問わず幅広く売り出し、成功させた中堅のフクシを何かとライバル視している。

 そんな訳だから、神原はフクシを良く思っていないのだ。あからさまに、『フクシさんの商品を卸すなら、神原との取引は考えさせてくれ――』みたいな事を取引先に吹聴しているらしく、フクシの取引先に差別される事がある。それで実際、取引を断られる事もあるのだ。



 それよりも、実はスギウラの持っているゴム工場の技術は相当高いもので、リストラの影響で何人かあちらの会社に流れてしまった。神原から、スギウラを丸ごと抱える形となる吸収合併をしたいという話が当初は持ち上がったのだが、父が断ったのだ。



 フクシに世話になった身だから、それはできない、と。



 そんな事をすれば大事な技術だけでなく、特許を取ったフクシの模範品の靴底をスギウラに生産させ、一気にフクシを叩き潰すつもりなのだということは、私達家族は誰もが感じていた。しかし、恩や義理人情だけでは生きていけない。こちらも生活がかかっているのだ。

 私は父を説得して、神原の傘下に入る事を家族会議で打診した事もある。



 それが現社長の耳に入った事で、工場ごと神原の言い値よりも高い値段――父の工場が潰れない為と職人を呼び戻す為の潤沢な資金も付けた上で、スギウラを『吸収合併』ではなく『買収』してくれたのだ。吸収合併になれば、完全にフクシの生産ラインになるが、スギウラとしてはやっていけない。あくまでも経営権を買い取るという形で子会社化ができる買収の方を選んでくれたのだ。中堅のフクシにとってはこの出資は資金繰りに堪えたと思うが、そのデメリットを差し引いたとしても、互いにとって良い取引であったのは間違いない。



 スギウラは助かるし、フクシも大切な特許を取得している靴底がもう作れないとなれば問題になるし、何せよライバルの神原にスギウラの技術の流出を食い止められたのだ。



 しかし神原は、色々諦めていない。卑怯なやり口でこちらの社員をヘッドハントしたりするので手を焼いている。浅草界隈で幅を利かせ続ける為にも、スニーカー部門に関しては独り勝ち状態のフクシをやり込めたい、という意識でいるのだろう。

数ある作品の中から、この作品を見つけ、お読み下さりありがとうございます。


評価・ブックマーク等で応援頂けると幸いですm(__)m


次の更新は、8/22 12時です。

毎日0時・12時・18時更新を必ず行います! よろしくお願いいたします。

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