015.一万足の受注キャンセル!?(ふざけんな)
「一万足の受注をキャンセルしたい!?」
取次電話で要件を聞き、社長室でかなり大きい声を上げてしまった。何時も冷静な私でも、この案件は驚きだ。
「どうした、紗那。代われ」
一万足の突然の受注キャンセルなんて、どういうつもりだ!
この事案は社長が矢面に立って進めていた一万足の受注で、キッズ用を主にしたダンスシューズの特注だと思う。
一万足の受注なんてそうそう無いから、すぐにピンときた。しかもこの話、少し前に社長が接待会食でほぼフクシに決まり、材料の手配を頼みたいと相手側が言ってきた案件だというのに――
一万足の受注キャンセルを申し出てきた不届きな相手会社は、関東・関西・東海中心にダンススクール・スタジオを展開する、有名なスズキノプロダクション。取締役の鈴木野 倫子さんは、女性でありながら素晴らしい経営手腕で、スズキノプロダクションをお父様の社長と共に大きくされた経緯がある。
この話が出たのが、鈴木野さんが展開するスズキノプロダクションのダンススクール生徒がフクシのスニーカーをよく利用するのを見かけ、スズキノ専用のダンス専用シューズの生産依頼を持ち掛けられ、それをフクシが手掛ける事になったのだ。サンプルも相手の希望を聞いた上で試行錯誤して作ったものを何種類か渡している。
実は他の会社にも相見積もりを取り、どこに依頼するか迷っていると聞いていた。しかし前回の会食でほぼフクシで決めたいからと、材料の手配まで頼んで来たので既にこちらも動き始めていた所だ。
「お電話代わりました。福士です」
社長の顔が見る間に険しくなっていく。暫く問答が続いている。
どうやら、受注キャンセルというのは本当らしい。一体どういう事――
「もう少し詳しくお話させて頂けませんか。こちらとしても、鈴木野様の為に準備を進めておりますので、はいそうですか、と簡単に承諾できる話ではございません。すぐに伺います。鈴木野様、本日はどちらに?」
また問答が続いた。
「はい、では今からすぐ御社様に伺います。よろしくお願いいたします」
電話を切った後、社長が深いため息を吐いた。私は彼の電話中に早速彼のスケジュール調整を行い、これから入っていた打ち合わせを中止にし、スズキノプロダクションの本部がある墨田区へ急行できる手配をした。
フクシの自社ビルがある浅草から、墨田区はそう遠く無い。紗那も一緒に来てくれと頼まれたので、準備を整え早速社長と一緒にスズキノプロダクションを目指した。
総武本線の錦糸町駅から、北の路地入ってすぐの一角がスズキノプロダクションの本部だ。七階建てで全面ピカピカのガラス張りの大きなビル。一階は入り口を除いて全てが来客用の駐車場となっている。運転していた社用車を止め、早速二人で入口へ向かった。
受付で社名・氏名・鈴木野取締役とアポイントがある事を告げ、待つ事数分。受付の女性社員に応接室へ通された。
「ごきげんよう、福士社長」
広い応接室の豪華な革張りソファーに腰を落として待っていると、鈴木野社長が現れた。
派手な赤いスーツに、黒の巻き髪。こういう女性を見ると、まるで銀座のママみたいだと何時も思う。派手な女性=高級クラブのママみたいに思う私は、ボキャブラリーの少ない世界でしか生きてこなかったからだろう。現にシャネルっぽいきつい香水の匂いが、離れているこちらにも漂ってくる。やっぱりクラブのママだ、と再度思った。
「この度はどうも。早速ですが鈴木野さん。突然の受注キャンセルとは、一体どういう事なのです? 納得のいく理由をご説明頂けませんでしょうか。先日の会食では、ほぼフクシに生産依頼をしたいと、そうおっしゃったでは無いですか! 材料の手配もお願いしたいと伺いましたので、こちらも既に動いております。キャンセルは困ります」
社長が珍しく語気を強めている。普段はあまり感情を表に出さず淡々としている彼が珍しい。まあ、一万足の受注がパーになる局面でぼんやりしていたら、社長は務まらないが。
このところ売り上げ低迷に加え、一万足受注オーダーキャンセルなんて痛すぎる。ここは何とか、考え直してもらわなきゃ!
「だって福士社長、ご結婚なさるのでしょう?」
「はあっ? 私の結婚と、受注のキャンセルにどんな関係が?」
流石の社長も、こめかみ辺りをピクピクさせながら怒りを堪えて言った。
ふざけるなよ、と目の奥がそう言っていた。
「手付男に興味はないの」悪びれもせず、にっこり笑って彼女が続けた。「神原さんとフクシさんで悩んでいたんだけどねぇー。まあ、あちらは独身だし。しかも御社よりも安い値で生産して頂けるとのことですから。福士社長には御社でほぼ決めたいとお伝えはしましたが、別に契約を交わした訳ではないでしょう?」
あ・・・・きれた!
受注キャンセルの理由が、社長に結婚を前提にした恋人(偽装だけど!)がいるって・・・・ただそれだけぇ!?
成程。だから私について来いって言ったのね。
私は偽装の恋人。それを違うって鈴木野さんに説明する為に!
数ある作品の中から、この作品を見つけ、お読み下さりありがとうございます。
評価・ブックマーク等で応援頂けると幸いですm(__)m
次の更新は、8/26 18時です。
毎日0時・12時・18時更新を必ず行います! よろしくお願いいたします。