014. 社長にキスしたら、何かがおかしくなった模様(全力で否定)
「えー、残念。俺、紗那さん狙いだったのに」
悪い男の顔でさらっと爽やかに言う大滝君。・・・・マジか。
多分ニヤニヤした顔からして、冗談のつもりだろう。げんなりした。
「あー、だめだめ。もう紗那は俺のもの。誰にもあげないよー」
すっぽりと社長に包み込まれた。指一本触れない約束は、どうなっているのだろうか。後で鉄拳+追及してやろう。
「領収書切っていいから、大滝ひとりで好きなものを食べに行っていいぞ。今日の礼だ」
「ひとりですか」
「取引先と会食にするなら、尚いい。何人でも呼んでくれて構わないぞ」
「・・・・考えておきます」
「おう。じゃあな、また明日」
「はい。お疲れ様でした」
爽やかな笑顔を残し、大滝君は帰って行った。
「社長もお疲れ様でした。私は直帰ですので、これにて失礼致します」
社長から離れると、ちょっと待て、と制止された。
「まだ御用があるのでしょうか」
「何を言っている。俺が今日ひとりで頑張ったら、褒美をくれる約束だろう。早くくれ」
「は? そんな約束はしておりませんが」
「しかもお前の手伝いまでしてやったのだ。感謝しろ」
だから何故、ドMの癖に上から目線?
「そもそもこれは、ずさんな管理体制だったフクシに原因があり、私は一切関係ありませんが」
「管理義務を怠ったのは秘書の責任ではないのか」
ニヤニヤと笑っている。恐らくヤツは、私を言い負かせたいのだろう。
「お言葉ですが、在庫管理は私の管轄外でございます。専用の部署もあるのに、どうして社長秘書の私が出しゃばってまで在庫管理をしなくてはならないのですか」
負けるもんか!
「それもやり遂げてこそ、完璧な秘書だと思うのだが」
「無茶言わないでください。ただでさえ変態社長の面倒で精いっぱいでございます」
「ふっ・・・・紗那もまだまだだな」
どうとでも言え。
「お話はそれだけですか?」
「だから、キスをしたら赦してやろう。ほら」
「で・き・ま・せ・ん」(笑顔)
「や・る・ん・だ」(笑顔)
二人笑顔で睨み合った。
「それよりも、指一本でも触れたら即刻退社するとお伝えしたのをお忘れですか? 先程の抱擁はどういうおつもりで?」
「好きだから抱いた、それだけだ」
「語弊のある言い方はやめて下さい。まるで貴方のものになったみたいな言い方じゃないですか」
「いけないか? 仮にも偽装の恋人関係の契約をしたのだ。問題あるまい」
この男も一応社長だから弁が立つ。言い負かせられない所が困るな。
「紗那。つべこべ言わずに、俺にキスをしろ」
「つべこべ言います。嫌です」
「なんでっ」
「そういう行為は、好きな男としたいからです。社長の事は、好きではありません」
「くうーっ」
何かを噛みしめるように、ぎゅっと目を瞑って社長が胸を押さえた。「今日はお前がキスしてくれると思ったから、それはそれは色々頑張ったのにっ。占いの言う通りだ。今日の運勢は残念ドン底。思い通りにならない事が多い一日。ラッキーランチの親子丼を食べて一日を乗り切りましょう、最愛の人に笑顔を向ければハッピーになれる、ラッキーナンバーは11。今、十一時だろう?」
だから何だ。
「せめて最後、ハッピーになれるようにしてくれないか? 明日からまた胃が痛くなるような会食祭が俺を待っているんだ。紗那がキスしてくれたら、明日から頑張れる。でもしてくれなかったら、多分・・・・無理。もうここで力尽きる」
社長が端正な顔を歪め、眉根を潜めた。
ああ、綺麗な顔だな。喋らなかったら変態ぶりが解らないから完璧なのに。
「恋人関係を解消されたら、困るのはお互い様だろう? だから、頼むよ。淋しい独り身なんだ。枕を涙で濡らして明日の業務に差し障るとお前も困るだろう? こんな事は、恋人契約を結んでいる紗那にしか頼めない」
はあー。もう。
思わず特大のため息を吐いた。
「じゃあ、目を瞑って」
「えーっ。見たい。紗那が俺にキスする所」
「お・す・き・に・ど・う・ぞ」(笑顔)
面倒なのでネクタイを乱暴に引っ掴んで、彼の頬にぷちゅっ、とキスしてやった。
「お終いです」
「えっ。唇じゃないの?」
「唇だなんて一言もおっしゃっておりませんでしたが、何か?」
「ぷっ。あっははは。紗那らしいな。一本取られた。でも、めちゃくちゃ嬉しい」
彼は笑った。私が一年間傍で見て来て、一度も見た事が無い顔。
彼は顔面をくしゃくしゃにして、満面の笑みを私に向けたのだ。
ドキン
うそっ。
やだっ。
社長の笑顔に、不覚にもトキめいてしまった。おかしい。何てこと――
「今日は沢山無理をさせてすまなかった。また明日も頼む。やっぱり紗那がいないと、元気が出ない」
「さ、左様でございますか。そ、それではお疲れになられたと思いますので、早くお帰り下さい。お休みなさいませ」
動揺を悟られないように、早口でまくし立てた。
「ああ。良蔵さんに用があるから、声を掛けてから帰るな。また明日、社で。紗那もゆっくり休め」
ふわっと大きな手が頭の上に置かれた。優しい眼差しで私を見つめた社長は、そのまま微笑みながら頭を撫でてくれた。「今日は本当に助かった。ありがとう」
再びドキリ、と心臓の音が大きく動く音をはっきりと聞いた。
おかしい。
どうして。
こんな変態社長に私がときめくなんて、あり得ない――
数ある作品の中から、この作品を見つけ、お読み下さりありがとうございます。
評価・ブックマーク等で応援頂けると幸いですm(__)m
次の更新は、8/26 12時です。
毎日0時・12時・18時更新を必ず行います! よろしくお願いいたします。