013.ドM社長のお手並み拝見
「指一本触れない約束でしたが?」
「えっ。これもダメなの?」
「・・・・まあ、今のはセクハラの意思は無いと思いますので、許容範囲です。でもそれ以上は止めて下さい」
「厳しいなぁ。でもそこが・・・・」
「早く行きましょう」
話を切り上げさせ、私は社長を引き連れて再度スギウラ工場内にある検品室へ行った。室内には大滝君一人だけだった。
「お疲れ。大滝、よく頑張っているな」
「あ、社長。お疲れ様です」
大滝君が頭を下げた。父の姿が見当たらなかったので彼に聞くと、検品済の段ボールがかなり溜まったため、裏の方へ出しに行ってくれたらしい。スギウラの検品部屋は、そんなに広くないから定期的に出来上がった商品を外へ出さなければいけないのだ。
「よし、やるか」
社長が大滝君の向かいに工具を持って立った。ボリュームのある髪を綺麗にオールバックにしている社長に被せたビニールキャップ姿に笑いを堪えていると、アンクレットをあっという間に補修してしまった。しかも適当に補修したのではないから驚きだ。時間にして二分もかかっていない。私でも二分はかかるのに。彼は相当手先が器用なようだ。
「社長、なかなかやりますね」
大滝君も負けじと補修に力を入れる。スピード勝負でもするつもりかしら。
「まだまだ若手には負けんよ」
社長はニヤッと不敵に笑って、あっという間にアンクレット補修をやっていく。出来上がったものを横からひとつ見たけれど、綺麗にパーツ補修がされていた。凄い。
「一体何処でそんな技を?」
大滝君が不思議そうに尋ねた。
「フクシに入社した時、色々学んだからな。商品は丁寧に愛情を持って製作し、修理も自分で出来なければならないと、父に教わった」
現フクシの社長、福士成彰――今、目の前にいる社長――は、若くして二代目を任された凄腕の男だ。というのも先代はご病気で急逝され、二年前に彼が今のフクシを継いだ。一年前に私達杉浦一家を救ってくれたのは、紛れもなく彼なのだ。
彼の経営手腕は取引先企業にとって、相当ありがたいものだ。フクシだけが儲かればいいという独裁的な儲け主義ではなく、どちらかと言えばウィンウィンな関係を好む。取引先にせよ、下請け工場にせよ、同じだ。彼は平等に取引をしてくれる。先代もそうだった。きっと、お父様の教えが素晴らしかったのだろう。
顧客に丁寧な商品を販売する事をモットーに、無理な値下げや値引きは取引先に要求せず、できるかぎりお互いの希望価格での取引、日本製の品質へのこだわり、他にもいい所は色々ある。
今回残念なのは、海外の取引に社長の手が及んでいなかった事だ。先代が急逝したのは、海外での事業拡張やら製品入荷の際にコストを下げるたらで、丁度フクシ内部がモメていた時期でもある。社内に派閥が出来しまい、そこの立て直しにも時間がかかったから、海外事業は一年前、私が就任するまでおざなりになっていた。というより、社長の手が回らなかったというのが正解。
彼が目を配っていれば、こんな事にはならなかった。以前の海外担当はかなりずさんで、私が就任してから一気にテコ入れをした。いいかげんなツケが、今になって回って来たのだ。しかし、社員の不手際は社長の不手際に通ずる。私も気をつけなくては。
相当数残っていた不良のアンクレットは、社長の出現によって見る間に補修され、なくなっていった。自分では無駄な動きは無いと思っていたけれど、彼の仕事はそれ以上に丁寧で早い。やっぱり社長となる男は、他の人より勤勉で努力家、その結果人の上に立つことができる器を手に入れるのだろう。素直に素晴らしいと思った。
完徹は覚悟していたのに、父も含めて四人で頑張ったから、午後十一時には全ての作業が終了した。
補修、再検品、箱詰め、出荷前までの段取り、全てだ。
しかも出荷できるように、段ボールのケースを外の積み込みスペースへ置くまでやってのけた。
父は台車を片付けに行くといい、その場から去って行った。
「二人とも、遅くまでありがとう」
社長が私と大滝君に頭を下げてくれた。
「礼には及びません。当然の事をしたまでです」
フクシには、借りがあるからね。一生身を捧げるくらいの気持ちで働いているから。そうでなくても、社のピンチには全力で挑むのが私のモットーよ。他の人はどうか知らないけれど、スギウラはそうだから。全員が手を抜かずに立ち向かう。何時でも、どんな時でも。
「そうですよ、社長。この借りは、焼肉食べ放題で手を打ちましょう」
爽やかに笑う大滝君。ああ。明日の店舗売り上げも、きっと昨対(昨年対比の略を表すビジネス用語のこと。昨年(昨年度)の数字に対して今年(今年度)の数字がどれだけかを表す数字のこと)を上回る数字を上げてくれるに違いない。いい新人が入った。販売部門、今シーズンは安泰ね。
「ああ。今日はもう遅いから、明日にでも食いに行くか?」
「社長、明日は夕方、取引先との会食が入っております」
頭の中のスケジュール表を確認しながら伝えた。
「ふう。会食祭だな。新商品の売り込みや打ち合わせが込み入っているから、この時期は仕方ないか。あ、大滝と紗那で食事へ行っておいてくれ、とは言わないぞ。もうそのうち社で噂になると思うから先に言っておくが、紗那と俺は付き合っている。大滝、手を出すなよ?」
えっ。今言う?
ぎょっとした顔で社長を見ると、彼はニヤニヤしている。・・・・腹立つわぁ。
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