010.スギウラ(実家)で不良修理をやっちゃいます
「指一本触れないから、お前からキスしてくれよ」
それ、結局触れているじゃない。ツッコむと余計喜びそうだから、黙っておいた。
「スギウラへ行って参ります」
褒美について無視して冷ややかに言うと、くあー、最高ー、紗那ラブー、とか社長がのたまわっていた。キモ。
悶絶する社長を無視して、私はスギウラ(実家)に向かった。不具合のあった商品は全て、先程会社からトラックで二千足の不良ブーツを運び出しているのを確認したから、もう既にスギウラへ到着している筈だ。
スギウラに到着するや否や、早速自分の工具を持って工場の中へ入った。
この工場独特の匂い、あぁ。好きだなぁー、この匂い。
工場内に出来上がった製品の検品をする為の部屋があるので、そちらの方に不備のある在庫が回っていた。
「おおー、紗那。待っていたぞ」早速父が検品室から出迎えてくれた。
「不具合ってどんな感じ?」
「不具合って言っても、調べたらアンクレットのジルコニア取れで、パーツ止めの不十分なものだから工具一本で直せるけれど、何せ小さい。時間がかかる。二千足のうち、検品をしながらパーツ補修して、全て直すとなると、一箱五分はかかる」
「五分!?」
人員が圧倒的に少ない上に、細かい作業に時間を取られる。一箱に五分も時間は掛けられない。最低三分にしたい。
「他に誰か手伝ってくれそうな人はいないの?」
「うん、それがこっち(スギウラ)も色々忙しくてな。俺とお前しか人員がいない。後からやっさんにも入って貰うけど、無理を言っての事なんだ」
私は頭の中で電卓を弾いた。一箱三分で、仮に二千足全てを補修するとなると、式は三分×二千足で、全部で六千分かかる計算だ。六千を六十分(一時間)で割ると、百時間。人員確保が出来た私、お父さん、やっさん――安田元也というベテラン職人――で割ることの三人=三十三余り一時間。三人で頑張っても三十三時間と少し。・・・・三分でも無理!
二分でやったらどうだろうか。先程と同じように式を立てて計算した。二分でやっても、二十二時間。・・・・これでも無理。
やっぱりフクシから人を回してもらおう。私達(スギウラの人間)だけじゃカバーできない。
しかし、私がフクシから人を呼ばなかったのには理由がある。
検品をそこまできっちり、私が納得できるまでやってくれる人間に空きがいない事だ。新人やら他、信頼のおけない人間を寄こされても、結局私が再検品する羽目になっては意味が無く、二度手間は避けたい。
その点、スギウラの人間は誰もが自分の仕事に誇りを持ち、クレームに繋がるような事は絶対にしないから、工場の人間は誰に任せても大丈夫だけれど、新商品のソール開発に加え、既存品のソール作りが繁忙期を迎え始めているスギウラにとって、余分な人間を検品や修理に回す事は出来ない。フクシから人が来ない以上、私を含めて三人でやると父が言っているのだ。恐らくやっさんも、ベテラン職人だから自分の仕事がいっぱいあるに違いないが、無理して時間を割いてくれたのだろう。
信頼のおける人間を誰でもいいから回してもらえるように、社長に頼んでみよう。何だか借りを作るみたいでシャクだけれど、もともとは社長の為というか会社の為に頑張っているのだから、私が引け目を感じる事は無い。気を取り直して社長に電話を掛けた。
『紗那っ。どうした? 正式に俺と付き合う気になってくれたか? 俺は何時でもオーケー・カモンベイビーだ』
スリーコール以内に電話に出た社長が、嬉々としている。何かの業務中か打ち合わせ中だと思うが、電話に出るのが超早い。暇なのだろうか。それとも、仕事サボっている?
「ご冗談を。そんな気には一ミリもなっておりませんが」
カモンベイビーって・・・・思わず鼻で笑ってしまった。すると、たまらんっ、と小さく社長の呟きが聞こえた。うわー、キモ。
「折り入ってお願いがございます。社長が信頼のおける人間を、できれば三、四人、無理なら最低二人、こちらへ回して頂けないでしょうか」
『解った。すぐ手配しよう。多分二人になると思うが、戦力になるだろう』
「ありがとうございます」
『この貸しは高くつくぞ』
「社長、これはあくまでも業務上のお願いであり、私個人的な頼み事ではございません。したがって、貸し借りは無しです。それでは」
有無を言わせず言いたいことだけを言って、返事も待たずに電話を切った。
こんなに塩対応しているのに、社長は一体私のどこがいいのだろう。謎な男だ。
口調俺様の割に、ドMの変態みたいだし。
あー、ヤダヤダ。変なのに目を付けられちゃった。
「紗那」
後ろからぬうっ、とお父さんが現れた。
「何?」
父親にも塩対応の娘、ここに在り。
「今、福士社長に電話していたよな?」
「そうだけど」
「秘書の分際で社長様に向かってあんな態度を取るヤツがあるかっ」
怒られた。何故?
「いいか紗那。社長だけでなく、フクシには先代の頃から世話になっているんだ。それを――」
「解ったから。もう、早くやらないと間に合わないし」
「紗那!」
「先代は先代だし、私は私よ。フクシへの恩は、毎日きっちり働いて返しているわ。それに、こういう冷徹な対応をする方が、社長は喜ぶのよ」
「そんな対応で喜ぶ男がいるか!」
実際にいるんだけど。今度社長が喜んでいる様子を録画して父に見せようかな。そうしたら社長がドMの変態だと信じて貰えるだろう。
「とにかく、もう少し福士社長への口の利き方、何とかしろっ」
「はいはーい」
「全く・・・・そんな調子だから、彼氏の一人も未だ家に連れて来れんのだ!」
「お父さん。次、それ以上言ったらどうなっても知らないよ?」
超絶ブリザードの笑顔で言うと、私が怒っていると感づいたのか、お父さんは押し黙った。
フン。大きなお世話よ。
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