ホラーの達人
私はイベントプロデューサーである。
様々な催し物を企画立案し、クライアントの要望に的確に答えていくのが仕事だ。
ある夏の日。
恒例の「真夏のホラー夜話」の企画を請け負った。
私はすぐに怪談話では第一人者である有栖川由貴輝氏に講演を依頼した。
旧知の仲である有栖川氏は快く受諾してくれ、すぐに日程も決まった。
何度かの打ち合わせののち、本番の日が訪れた。
1000人は入るイベントホール。
満員の客席。
臨場感タップリの演出。
大道具も凝っており、電飾も張り込んだ。
しかし、肝心の有栖川氏の姿が見えない。
時間には厳しい氏の性格を知っている私は、何かあったのではないかと心配した。
事務所に連絡を入れた。
有栖川氏は会場に間違いなく向かっている。
ホッとして舞台袖で氏の到着を待った。
会場は、すでに開演時間を過ぎているにも関わらず、それも演出と思っているのか、騒ぐ客もおらず、まさに静まり返って、有栖川氏の登場を待っていた。
しかし、氏は現れない。
とうとう居ても立ってもいられなくなった私は会場から飛び出し、ホールの正面玄関に走った。
「!」
すると、玄関の回転ドアを通り、有栖川氏が姿を見せた。
「遅れてすまなかったね。お客様は怒っていないか?」
氏は私の姿を認めると、そう尋ねた。私は、
「大丈夫ですよ。どなたも騒いでいないです」
「そうか。それは良かった。安心したよ」
氏は微かに微笑むと、舞台袖へと向かった。
大成功だった。
ホールは有栖川氏の話に凍りつき、終焉と同時に万雷の拍手が沸き起こった。
氏は深々とお辞儀をして、舞台から降りた。
私は感動のあまり、有栖川氏にお礼を言おうと思い、楽屋を訪れた。
しかし、氏はすでに帰られたようで、そこには誰もいなかった。
私はまた後で礼を言おうと考え、楽屋を出た。
その時、携帯が鳴った。
開いてみると、有栖川氏からだった。
「ありがとうございました、先生」
私は開口一番そう告げた。すると、驚いた事に通話相手は有栖川夫人だった。
「奥様でしたか、失礼致しました。ご主人はお隣にいらっしゃるのですか?」
私の言葉に夫人は一瞬沈黙した。
私にはその沈黙の意味が理解できず、
「どうしました?」
夫人の言葉は衝撃的だった。
「主人はたった今、息を引き取りました。そちらに向かう途中、交通事故に遭ったのです」
「えっ?」
私は呆然とした。
いや、さっきまで有栖川氏はここで怪談話をしていたのだ。
そんなはずはない。
「主人はずっとうわ言で怪談話をしていました。きっと魂だけはそちらに着いていたのですね」
夫人の言葉に私は号泣した。
まさしく、有栖川由貴輝氏は「ホラーの達人」だった。