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〈西洋残酷史〉落日の千年王国 〜最後のフランス王・ルイ16世の遺言〜

NOVEL DAYS「2000字文学賞(歴史・時代小説)」向けに書き下ろした短編です。

 建国から1300年。永遠に続くかと思われた王国が滅亡した。

 王族最初の犠牲者は、フランス王国最後の王となったルイ十六世。

 王は処刑台にのぼると、集まった人々に向かって最後の演説をおこなった。


「私は無実の罪で死ぬ。だが私は、私を死に追いやった人たちを許そう。そして、これから流される私の血と引き換えに、この国がもう二度と血で染まらぬようにと神に祈ろう」


 王の声に耳を傾けたものはほとんどいなかった。

 ギロチンの刃が落ちて、王は絶命した。

 処刑人が血が滴る王の首を掲げると、人々の熱狂は最高潮に達した。

 王の血には特別な力が宿っていると信じられていたため、人々は高貴な血を浴びようと処刑台に殺到した。ある者はハンカチに血を浸し、ある者は小瓶に血を詰め、またある者は顔料と混ぜて「発色のいい貴重な画材」という触れ込みで商売をした。




 次の犠牲者は、平和のために旧敵国から嫁いできた王妃マリー・アントワネット。

 王妃は国中から敵視されていると知りながら、それでも尊厳を守り、気高くあろうと努力し、つらいときも優美な微笑みを浮かべていたが、処刑台に向かうときはもう笑っていなかった。


「ごめんなさいね。悪気があったわけじゃないの。本当よ」


 硬い表情の下では動揺を抑えきれなかったのか、王妃は処刑台にのぼるときに案内人の足を踏み、そのことを謝罪した。

 ギロチンの刃が落ちる寸前、王妃は我が子の名を呼び、幸福を願いながら絶命した。




 三番目の犠牲者は、祖国を愛するがゆえに他国に嫁がなかった王妹エリザベート。

 王妹は、同じ日に処刑される罪人の中に妊婦を見つけると「胎児に罪はないのだから」と情状酌量を求めた。罪人と呼ばれていてもその実態は、革命に異論を唱えたり王族を擁護したために断罪される者も多かった。妊婦は出産まで延命が認められた。

 罪人たちは王妹の慈悲心に感動し、敬愛と別れのあいさつを述べながら死んでいった。

 最後に、王妹が処刑台にのぼると肩を覆っていたショールが剥ぎ取られ、胸元があらわになった。


「これはあまりに非礼です。ショールを返して……!」


 言い終わる前にギロチンの刃が落ちて、王妹は絶命した。




 ***




 恐怖(テロル)と呼ばれた時代。

 自由と平等の名のもとに、欲望は解き放たれ、暴力と殺戮が肯定された。

 人々は王を断頭台に送り、聖職者を川底に沈めた。


「王も神もいらない!」

「女も子供も容赦しない!」

「目を背けるな、これが革命だ!!」


 人々は熱狂し、この世の理不尽をすべて王家のせいにして王族を殺し尽くすと、王制に関わりのある人間や名前、形のあるものも形のないものも何もかも壊そうとした。1300年間、広大な国の土台を支えていた法制度が失われると、国中が無法地帯と化して食料も物資も滞り、人々は互いに奪い合い、殺し合った。


 やがて、人々は秩序を取り戻すために強い指導者が必要だと悟り、外国出身の英雄を新たな王に祀り上げた。

 英雄ナポレオンは王ではなく皇帝を名乗った。

 人々の自尊心を満足させ、食料と物資を手に入れるために侵略を開始した。


 人々の心はうつろいやすい。

 皇帝はあと何代、いや、あと何年もつだろうか。




 敗北した皇帝が玉座から引きずり下ろされると、国王夫妻の遺児、マリー・テレーズ王女が亡命先から帰ってきた。

 人々は王国時代を懐かしみ、歓喜の声で出迎えた。

 しかし、王女は父王のように寛大ではなく、母妃のように笑わなかった。人々は「王女は両親にちっとも似ていない。性格が悪くて愛想も悪い」と不満を漏らした。


「父と母を処刑して喜んでいたのは一体どこの誰かしら。革命が始まって以来、笑顔も幸福もわたくしの前からなくなってしまった。あなたたちに笑顔を振りまくことはできない」


 人々は可愛げのない王女に失望し、再び国外に追放した。

 王女は亡命先で息を引き取り、その亡骸は、両親が眠る祖国の霊廟に戻ることはなかった。




 時は流れ、人々は正義も倫理もない残酷な革命を「偉業」と称えて祝福し、犠牲者は歴史の闇に葬られた。

 人の心はうつろいやすく、記憶は美化され、歴史は勝者に都合よく解釈される。

 流血をあと何度繰り返せば、私たちは過去から教訓を学ぶのだろうか。


「私は無実の罪で死ぬ。だが私は、私を死に追いやった人たちを許そう。そして、これから流される私の血と引き換えに、この国がもう二度と血で染まらぬようにと神に祈ろう」


 王の祈りが聞き届けられる日はまだ来ない。


いつもは、15世紀フランス・百年戦争を題材にした歴史小説を連載しています。今回の話よりラノベ寄り。ジャンヌ・ダルクの時代です。


「7番目のシャルル、狂った王国にうまれて 〜百年戦争に勝利したフランス王は少年時代を回顧する〜」

https://ncode.syosetu.com/n9199ey/

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― 新着の感想 ―
[気になる点] >人々は正義も倫理もない残酷な革命を「偉業」と称えて祝福し それは言い方がフェアじゃないかなぁ…いや、確かに実際残酷だし無駄に犠牲者が多すぎだし、テルール時代は特に狂っているけど。王…
[一言] 世間となると、いつの時代も残酷ですね
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