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第08話 男女ペア主人公

「そ、そんな……男女ペア主人公が流行トレンドだなんて、聞いたことないけど……」


 そう言って戸惑う姫乃を前に、俺は腰を据えて語り始める。


「よく考えてみろよ……まず『鬼滅の刃』。炭治郎と禰豆子の二人組だ。それから『SPY×FAMILY』。間に子供が入ってはいるが、主人公とヒロインが偽装夫婦というだけあって、ヒロインの存在感はかなり強い」


「な、なるほど……?」


「さらに、漫画じゃないけど、2010年代のラノベ界を代表する二大巨頭『ソードアート・オンライン』と『魔法科高校の劣等生』。これは二つとも男女ペアだ。後は『君の名は』と『天気の子』も、一応男女ペアだな。まあこれは恋愛ものだから、カウントするのはフェアじゃないかもしれないが……あと参考までに、過去のヒット作にも男女ペアものはけっこうある。『スレイヤーズ』『ロードス島戦記』『涼宮ハルヒの憂鬱』なんかだ」


「す、すごい……みんな男女ペアじゃん! しかも、覇権級や社会現象級の、メガヒット作品ばっかり!」


 驚きに目を見開いた姫乃を落ち着かせるように、俺は言った。


「まあ、ここまで言っといてなんだが、各作品の細かい内容まで見ていくと、男女ペア主人公というのは、さすがに言い過ぎかもしれない。『男性主人公だが、ヒロインの存在感が従来作に比べて格段に強い』ぐらいに言い直すべきかもしれん。『スレイヤーズ』は巨大な例外だけどな……」


「あれはあらゆる観点から見て規格外だからね……勘弁してって感じだね……」


「あと予防線を張らせてもらうと『恋愛要素を少しでも入れようと思ったら、メインが男女ペアになるのは当たり前だろ。ヒットの法則でも何でもないだろ』と言われると弱い。けど、昔のジャンプみたいに、ヒロインがたまーにしか出てこない作品は、ここ最近は伸び悩むことが多いのも、事実だと思うんだよな」


「お、おう……」


「あと特筆すべきは、バトルものの場合、ヒロインが頻繁にバトルに参加して、しかもかなり強い、という点が共通してることだ。そういう意味で言うと『進撃の巨人』も入れていいかもしれない。ミカサの強さは、尋常じゃないからな」


「す、すごいなあ、ダイちゃん……そんな風に分析できるなんて」


 ため息をついて、マグカップのミルクティーをすすりつつ、姫乃は続けて聞いてきた。


「でも、どうしてそんなに、男女ペアが人気なのかな?」


「別に、推測するのはそんなに難しいことじゃない……女性キャラクターが活躍した方が、女性も楽しめるからだよ」


「ああー……確かに私も、女の子が強い漫画が好きかも……」


「たとえば『鬼滅の刃』なんか、禰豆子に自分を投影してる女子小学生とか、いたと思うんだよな。『強くなって戦いたい』とかはもちろん、『炭治郎みたいな、優しくて強いお兄ちゃんが欲しい』とか」


「あー、それは分かる気がする。炭治郎って、理想のお兄ちゃんだよねー……」


 うなずきつつ、俺は続けた。



「重要なのは、男性だけじゃなく女性も対象にすれば、それだけで潜在的な読者マーケットは二倍になる、ってことだ」


「作品が想定する読者……マーケティング業界では『ターゲット・セグメント』って言うのかな……これは『できるだけ細かく絞り込むべきだ』って言われることが多い。でもそれだと『確実性は高いが、小さいヒット』しか生まれない。覇権級のメガヒットを狙うんだったら、むしろ想定読者は広く取るべきだと、俺は思う」



「うわあ……逆張りの大穴狙い? ハイリスクハイリターン? ……でも、嫌いじゃないよ、そういうの」


 ノってくる姫乃に対して、俺は最後に一つ付け加えた。


「あとはもう一つ、市場側じゃなくて、供給側の事情もあるかもな」


「供給側の事情?」


「男性主人公と女性主人公、両方を魅力的に描くことは、プロの作家でも難しい。だから、常に需要に対して供給が少ない状態になっている、と考えられる。けど、たまに『男女ペア主人公の両方を、魅力的に描くこと』を成し遂げた作品が現われると……」


「そういう作品に飢えていた人たちが、一斉に飛びつく、ってことかー……なるほどー」


「……ま、いま言ったのはあくまで理論であって……売れてない俺が言っても、どれだけ意味があるのかは、わからないけどな」


 理論というのは、観察の奴隷だ。

 どんなに良くできた理論も、現実の世界で実証されることで、初めて説得力を持つ。


 だから、実証されていない理論というのは、それこそ宗教のようなもので、信じるか信じないかは、その人次第だ。


 俺としても、ここで語ったことを、誰かに押しつけるつもりはない。


 ただ……実証されてない理論が無意味だとまでは、俺は思わない。


 理論を支柱にすることで、方針を立てやすくなるし……それに、そもそもまず最初に理論がなければ、それを実証することもできないからだ。


 理論……仮説、と言った方がいいかもしれない……がまず先にあって、それを信じた人たちが、その理論を実証しようとして努力する。その結果として、その理論が正しいか間違っているかが判明する。


 これを繰り返していくことによって、進歩は成し遂げられるのだ。


 とはいえ……ここで重要なのは、どうやら姫乃は、俺の理論を信じてくれたらしい、ということだった。

 姫乃は手にしている原稿を握りしめて、こう言った。。


「つ、つまりこの原作は……覇権級の、メガヒットを狙った原作なんだね……!」


「ああ。最初だから、どうせならでっかい魚を狙おうと思ってな……もしそれが受けなかったら、今度は基本に立ち返って、小さいセグメントを確実に狙いに行くよ……それじゃ不満か?」


「不満? 全然そんなことないよ!」


 すると姫乃は、興奮のあまり座っていられなくなったという様子で、原稿を持ったまま立ち上がって言った。


「作ろうよ、メガヒット! 取ろうよ、覇権! どうせ目指すなら、テッペンだよ!」


「……頼もしいな」


 俺はそんな姫乃を微笑ましく見ながら、ふとこう思っていた。


 こいつが最初に出してきた原稿……男女ペアのバトルもの、だったんだよな。

 ひょっとしてこいつ……完全な天然で、いまのトレンドを掴んできたのか……?

 だとすると……意外とセンスがある、ということに……


「フフフ……グフフフフフ……」


 なんて考えていたら、急に姫乃が微妙に気持ち悪い笑い方を始めたので、俺は身を引きつつ言った。


「な、なんだ? どうした?」


「フフ……そういえば、私とダイちゃんも『男女ペア主人公』だな、って……」


「……残念だが、それはないな」


「ええっ!? なんで!?」


 驚き、慌て、身を乗り出してくる姫乃に対して、俺は言った。


「男主人公が三十歳のおっさんというのはギリギリ許されるだろうが、メインヒロインが三十歳というのは絶対に許されなぐえええええええっ!?」


 姫乃は目にも留まらぬ早業で俺の首を絞めながら、こう言ってきた。


「……もう一度その話をしたら、ダイちゃんが女性差別発言をしたってTwitterに投稿して、今度こそダイちゃんの作家生命を終わらせるからね!!!! 壁サーのフォロワー数、ナメないでよ!?」


「やめて……それだけは……やめて……!!!!」


 そんな感じで、俺の作家生命と人間生命が同時に絶たれようとしていた、その時だった。


 ピンポーンッ!


 ……と、玄関のインターホンが鳴った。

 続いて、ドア越しに何やら聞き覚えのある声が聞こえてくる。


「岡崎先生ーっ! 俺です! 編集の追田です! ここを開けてくださーいっ!」


「……あれ? 編集さんだって。どうしたんだろ?」


「……姫乃」


「え?」


「何か、武器になるものを持ってないか? 護身用のスプレーとか」


「ええっ!? ダイちゃん! いくらひどい編集さんでも、暴力はダメだよ!」


「そうじゃないんだ……」


「え……?」


 俺は、緊張した面持ちで言った。


「追田は俺のことを、決して『先生』とは呼ばない……あれは偽者だ。強盗かもしれん。警察に通報しなくては!」


「……」


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