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第02話 運命の再会


 姫乃は、ヒールのあるサンダルでトトトッと駆けてくると、俺の目の前で立ち止まった。


「うわあっ! LINEとかでは時々連絡してたけど、リアルで会うのは久し振りだね!」

「あー、そういえばそうか?」

「そうだよもぉー。元気してた?」

「……まあまあだな」


 とっさにそう答えてしまったが、もしかして、ここは元気な振りをすべきだったのだろうか? いかんな。俺もまだまだ子供だ……。


「お前はどうなんだ、姫乃」

「私ー? 私はまあ元気だけど……ちょっと緊張してるかな」

「緊張? これから何かあるのか?」

「実は……」


 と、姫乃は持っている大きめのバッグに視線を走らせながら、こう言った。


「これから、漫画の持ち込みに行くところなの」

「へえ! すごいじゃないか! ついに商業デビューするのか!」


 戦力外を言い渡されたばかりの俺だったが、これは素直にすごいと思った。


 五月姫乃は、そのゆるふわ系の見た目とは裏腹に、美麗な神作画でかなりエロい同人誌を描く、売れっ子同人作家だ。


 コミケではいわゆる「壁サー」の部類に入り、ここ数年は同人誌の収入だけで生活しているという。


 そんな姫乃が、ついに商業デビュー。


 俺と姫乃は大学で……まあそういう系の……同じサークルに所属していたのだが、その時から姫乃の作画力はずば抜けていた。漫画家になるのが夢だと、当時から語っていた。


 だから、いつかこうなると分かっていたとはいえ……実際にそうなってみると、実に感慨深い。


 え? 嫉妬?

 いや、そんな気持ちは、全然起こらない。

 むしろ、自分のことのように嬉しいぐらいだ。


 俺の分まで頑張ってくれ……なんて言ったら、勝手にもほどがあるから言わないが、でも気持ちとしてはそういう気持ちである。


 だから俺は、姫乃の肩に手を置いて、力強くこう言った。


「大丈夫! お前なら絶対に即連載だ! 自信持ってけ!」


「ダイちゃん……うん! ありがとう! 私、頑張ってくるよ! ……あ、これから時間ある? せっかくだから、持ち込み終わったら、どっかで話さない?」


「おお、いいぞ。喫茶店で待ってる」

「よ、よかったら、そのあと飲みに行ったり……」

「おおー、いいな! 大学時代を思い出すな!」

「だ、だよねえっ!」


 姫乃は顔を赤くしながら笑っていた。ははは。商業デビューが目の前に控えているからって、興奮しすぎだぞ?


「うん! おかげでメッチャ元気出たよ!」

「そりゃ良かった」

「ああっ、もう時間だ! それでは五月姫乃、いっきまーす!」

「おう、行ってこい!」


 そう言ってノリノリで敬礼をかましながら、姫乃は出撃していった。

 ……そして、あっという間に撃墜された。





「ダメだったよー、ダイちゃーーーーーーん!」

「へ!? もうっ!?」


 喫茶店に入った俺が、運ばれてきたブレンドコーヒーに口をつけるよりも早く、姫乃はやってきた。まるで「燃え上がれガン○ム」って感じだ。本編が始まる前にオープニングで撃墜されてるじゃん、みたいな。


「な、なんでだよ!? お前の画力なら、即連載は言い過ぎでも、担当ぐらいつくだろ!」

「いやー、それが……」


 俺の向かいの席に腰掛けながら、姫乃は言った。


「ウチではセックスは禁止です、って言われちゃって……」


「……」


「あ、勘違いしないでね? 枕営業しようとしたわけじゃないよ?」


「誰もそんな勘違いはしてない……は? なんだお前、成人向けじゃない雑誌に、エロマンガを持ち込んだのか?」


「さ、最初はちゃんとストーリー漫画を描くつもりだったんだよ? でも……気がついたら、主人公とヒロインがセックスしてて……」


「なんだよその『火を使う料理が全部ダークマターになる』みたいな特技は……」


「ど、どうしよう!?」


 姫乃は頭を抱えて苦しみだした。信じられないことだが、本気で悩んでいるらしい。


「十年間! 十年間ずっとエロマンガを描き続けてきたから、エロマンガしか描けない身体になっちゃったんだよ!」


「……もういいんじゃねえの? そのままエロマンガ描き続ければ。けっこう稼いでるんだろ?」


「まあ、お金っていう点では、イラストの仕事とかも併せて受けていけば、問題ないと思うけど……でもさあ、小さい頃からの夢だったんだよお、漫画家になるっていうのが。エロマンガ家じゃなくて、もっとメジャーなやつに……」


「……」


 ……そうだよな。

 少なくとも、この年になるまで夢を追いかけ続けた俺には、他人に「夢を諦めろ」なんて、言う資格はない。


「……まあ、ちょっと見せてみろよ、その原稿」

「うん……」


 で、俺は姫乃の原稿を拝見した。


 作画は、文句なしに最高だった。


 キャラだけでなく、背景や小道具もしっかり描けている。画風は今風だし、コマ割り、構図の取り方などといった部分もこなれている。


 あまり経験がないはずのバトルシーンも、迫力とスピード感があり、それでいて、何が起こっているのかはわかりやすく、かなり良く描けていた。


 バトルの後で、主人公とヒロインがセックス(すごくエロい……)を始めるのは置いておくとして、少なくとも作画に関しては、相当な出来映えだ。


 しかし。


「……話がダメだなあ」


 セックスの件を差し引いても、姫乃の話作りには、ちょっと問題があった。


 要するに、異能の能力者である主人公とヒロインは、トラブルシューティング的な役割を担う国の組織に所属していて、困っている女の子を助けるために敵とバトルをする、と。


 ありがちな設定だが、それだけで悪いというわけではない。ありがちな設定は、裏を返せば王道と言えるからだ。


 しかし、姫乃のこれは……あまりにも、ありがち過ぎる。

 そして、何よりも問題なのは……


「セリフが陳腐ちんぷだ」


 俺はそう言った。


「どこかで聞いたことがあるようなセリフのオンパレード……この作者ならでは、と思わせるような、深みや厚みが全くない」


「あう……」


「お前が薄っぺらい人生を歩んできた、とは言わない。お前だって、それなりに山あり谷ありの人生を送ってきたはずだ……けど、それを登場人物のセリフという形で表現する技術が、いまのお前には足りてない、ってことだ」


「うう……現役ラノベ作家の言葉は、刺さるよお……」


「あ、いや、俺は……」


「ん?」


「……」


 ためらったが、ここまで言っておいて隠すのはフェアではないと思って、俺は白状した。


 ついさっき、戦力外を言い渡されたこと。そして、他の出版社に伝手もない俺は、ラノベ作家としての生命を絶たれたことも、合わせて伝えた。


「え?」


 ところが、それを聞いた姫乃は、失望することも怒ることもせず、代わりにこう言ってきた。


「じゃあ、いまダイちゃんって……フリーなの?」


「フリー? まあ、バイトしかやることがないから、フリーと言えば、フリーなのかな?」


 んん? なんか話の方向が読めないぞ?

 そう思った俺に対して、姫乃は……ぱあっと顔を輝かせて、こう言った。


「だったらダイちゃん……私とコンビを組んで、漫画家になってよ!」


 ……助けて、ほむらちゃん。


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