第01話 売れないラノベ作家、追放される
「もう来ないでください岡崎さん。古くさいラノベしか書けない作家は必要ありません。今風に言うと、あなたは追放です」
出版社近くのファミレスで、俺は担当編集者の追田颯太から戦力外通告を言い渡されていた。
……まあ、覚悟はできていたと言えば、できていた。
ここ三年で、三本の新作シリーズ(とも呼べないようなもの)を出版。
そのうち二本が一巻で打ち切り、一本は二巻で打ち切り。
一巻打ち切りを食らった二本に至っては、重版が一回もかからなかった。
はっきり言って、俺みたいな底辺作家は出版社にとって「赤字製造マシーン」でしかない。
切り捨てれば、それだけで会社の利益がアップする……そういう存在だ。
もちろん、いまは赤字の作家でも、ある時に才能を開花させて、出版社に莫大な利益をもたらしてくれることはある。だから、見込みのある若手作家なら、赤字でも書かせてもらえる。
そんな大勢の若手作家のうち、多くが赤字のまま消えていくとしても、その中のほんの一握りでも大成すれば、会社全体としてはトータルで利益が出る。それでいい。
ラノベ出版とは、そういうビジネスだ。
本当に、夢を見る若者にとって、残酷なビジネスモデルだった。
……まあ、俺の場合、もう若いとは言えないから、自業自得か。
俺、岡崎大悟は、今年で三十歳。
売れないラノベ作家で、二十二歳の時にデビューしてから、今年で八年目。
ラノベだけでは食べて行けず、バイトで生計を立てながらここまであがいてきた……そんな「ヒット作を生み出すために支出された損失」である。
「大体ですねー」
と、編集の追田は続ける。最初は年上ばかりだった編集者も、いつの間にか年下が増えてきた。この追田もその一人だ。
「岡崎さんの書くラノベは、古くさいんですよ。ゼロ年代のラノベブームを、未だに引きずってるっていうか。そんなに今の『なろう系』ラノベが嫌いなんですか?」
「そういうわけではないです」
俺は言った。
「『なろう系』の作品は、気軽に読むことができて、読者に夢を与えたり、忙しい日々の息抜きになるという点では、俺が好きなタイプのラノベよりも、遙かに優れていると思っています」
「だったら、なんで『なろう系』を書かなかったんです?」
「俺は……ラノベに対して、単なる息抜きや娯楽以上の何かになって欲しいという、夢を見ていました。その夢を叶えるために……その夢を、自分勝手な思い込みにしないために……持っている力を尽くしましたが、及びませんでした」
そして、俺は立ち上がって、追田に対して深々と頭を下げた。
……勘違いしないで欲しいのだが、俺は追田のことが大嫌いだ。こんな人を小馬鹿にしたようなヤツなんか、地獄に落ちろと、心の底では思っている。
しかし……これは、そういうことではないのだ。
社会人としての、当然の礼儀……もちろん、それもある。
でも、それよりもっと大きいのは……
「俺が好きなタイプのラノベ」の主人公だったら……こういう時、こうすると思ったから。
だから、俺は頭を下げてこう言った。
「こんな俺が、自分の夢に挑戦するチャンスを与えてくれた御社には、感謝の言葉もありません」
「本当に、これまでありがとうございました」
「御社の期待に応えられず……本当に、申し訳ありませんでした」
だが追田は、俺が顔を上げてみると、
「はいはい~、どうしたしまして~~~」
と言いながら、スマホをいじってLINEをチェックしていた。
そんな追田に、俺は言う……爪が手のひらに食い込むほどに強く、拳を握りしめながら。
「……よろしければ、編集長にも、これまでお世話になったお礼を言いたいのですが」
「は? んなもんダメに決まってるでしょ。編集長は忙しいんです。ってかあんたはもう、編集部には出入り禁止です」
「……そうですか」
「どうしてもっていうんなら、新人賞からやり直してください。あ、なろうに投稿して10万ポイント取れたなら、持ってきてくれてもいいですよ。ま、あんたには無理でしょうけどね~」
「……」
礼儀は十分に尽くした。これ以上は不要だろう。
「では、失礼します」
ぶっきらぼうにそう言って、俺は席を後にした。
追田はスマホをいじったまま、一言も言わなかった。
「……」
その足で、俺は出版社のビルの前までやってきた。
見上げれば、そこにそびえ立つのは、美しくも立派な、出版社の自社ビルだ。
これで見納めかもしれない、と思うと、万感の思いがこみ上げてくる。
このビルを建てるために、一体、どれだけの若者が犠牲になったのだろう……?
「……負け犬のひがみ、だな」
俺は自分のモノローグに自分で酷評を与えながら、そのビルに背を向けた。
……その時だった。
「……ダイちゃん?」
「ん?」
学生時代のあだ名を唐突に呼ばれた俺は、眉をひそめながら、うつむき加減だった視線を上げる。
そこに立っていたのは……若い女だった。
明るい色のワンピースにカーディガンを合わせた、ゆるふわ系のファッション。
ウェーブのかかった黒い髪。クリッとした丸い目。
道を歩けば、大抵の男が振り返るような……そんな、可愛い系の美人。
俺はピンときて、その女性の名前を呼んだ。
「お前……姫乃か?」
「ああっ! やっぱりダイちゃんだあっ!」
大学時代の同級生、五月姫乃は、俺のあだ名を叫びながら、笑顔を弾けさせた。