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第一話

 某月某日 友人が消えた。

 先日一回だけリアルで会った、友人だった。リアルでもオンラインと同じのりで、凄く楽しいヤツだった。

 また近いうちに会うことを約束して別れ、その後はそれまで以上に親しくしていた。


 なのに――SNSのアカウント自体は残っているけれど、DMをしても@を付けて話しかけても音沙汰がない。

 そんなこと、出会ってからはじめてで。動揺しながらも、もしかしたらスマホが壊れたのかもしれない、明日になればきっと返信が来るのだと信じて待った。


 三日待った。


 学校から真っ直ぐ帰り、共働きの両親も、部活で忙しい弟も帰ってきていない家のソファで、スマホの画面を睨む。

 文字ではいくらでも気軽に会話できるのに、電話するのはどうしてこんなにハードルが高いんだろう。


SNSの通話機能を開き、深呼吸を三つ繰り返してから通話ボタンをタップした。

 制服で参列した葬儀のあと。

 多分、葬儀場の近くの公園のベンチで、どうやって、ここまで来たのか覚えてない。

 

 チリンチリンと鈴が小気味よく鳴ったことで、ぼんやりしていた意識が足下に向かう。


「ぅわっ!」


 黒い小柄な猫が僕の足の間を八の字に歩いていて、驚いて足を引き上げた。


「猫は嫌いか?」


 いつの間にか隣に背を丸めて座っていた男が、彼の脛に頭を擦り付けている猫のおでこを指の背で撫でながら、ぼそりと言った。


 足を地面に下ろしてぼんやりその様子を見ていた僕は、話しかけられていることに気付かなかったけれど、彼が僕をじっと見たことで、ああ、僕に聞いているんだとわかった。


 頭が、うまく回らない。


「猫……触ったことない……」


 だけど、別に嫌いではないかな……。


 猫から目を離して、ゆらゆらと地面に視線を落とす。その視界に猫が入ってきて、僕の脛を擦りだした。

 黒猫、尻尾が複雑に折れ曲がって短く見える、そして右手の先だけ毛が白い。


「あんた、魂が抜けかけてるぞ」


 そう言われて、ゆっくりと首を巡らせて横にいる男を見たけれど、男は足下の猫を見ていて僕を見てはいなかった。


 タマシイがぬけかけてる。そう、かもしれない。


「ともだちが……、友達が死んで」


 だから、それから、なんだか、心がひとつどっかいったみたいに、ふわふわしている。


「変な、死にかたで……だから」


 あいつはそんな死にかたするような人間じゃなかった。明るくて、前向きで、馬鹿話が好きな、イイヤツだったんだ。

 言葉がぐるぐると喉の奥に留まって出てこないまま、消えてゆく。


「カワモクタカユキ」


 川目貴雪 葬儀場で見たその名を彼が呟いた。


 なぜ、ここでその名が出るのかという不思議よりも、彼もあいつの事を知ってるってことに心が揺れた。


「キセツ――って呼んでた」

 アカウント名を、本名をもじってつけるのは割と普通だから。僕も、そうだし。


 彼はキセツとはどんな関係だったのだろう?


 男の横顔をぼんやりと見る。

 目の下の濃いクマとボサボサの髪の毛をどうにかしたらイイ男になるかもしれない顔だが、体が大きすぎて、ブランドものだとわかる洒落た服が似合わない。


「キセツか、悪くないな」

 男は上着のポケットからスマホを取り出すと、僕に渡してきた。

 見覚えがある特徴的なスマホに、受け取った手が震える。


「これ……キセツのじゃ」


「ああ、そうだな」

 頷いた彼から四桁の数字が告げられ、恐る恐るスマホを起動して、ロック解除画面に入力する。

 ホーム画面は、あいつの好きなゲームのキャラだった。


「SNS開いて、DMの履歴を見ろ」


 言われるままに画面を開き、画面をスクロールする指が止まらなくなった。


「な……んだこれ」


 DM、非道い、なんてもんじゃなくて、なんだこれ、なんだこれ、なんだこれっ!

 驚いて画面から顔を上げる。


「こ、これって、い、い、いじめ?」


「なんで『いじめ』なんだよ。そんな緩い言葉使ってどうすんだよ、これはな、『自殺教唆』っていうんだ」


 馬鹿にした顔で見下ろされ、あっという間に髪をわしづかみにされ、仰向かされる。


「お、ま、え、が、そんな生ぬるい言葉使ってどうするんだ、ダチだろうが」


 憎々しげに、言われた言葉に心臓がドキドキする。


「それに。お前は、キセツがこんなことで死ぬと思ってるのか?」


 彼の言葉に心臓がバクバク動き出す。

 そうだ、ずっと心に引っかかってたんだ。

 あいつが、なんで、突然、こんな終わりかた、するはずないだろうって。


 キセツ、キセツがこんなDMで、死ぬだろうか? こんなDMで? こんなDMでっ!!


「死ぬわけないっ! あいつが! こんなことで! 死ぬわけがないっ!」


 確信を叫んで、彼の手を振り払い立ち上がる。


 髪の毛がブチブチと抜けたけど、そんなのは痛くなかった。

 上から睨み付ける僕に、男は口元を引き攣るように震わせた。


 笑っているのか? 僕を? それとも、キセツを?


 ぐらっと煮えた腹の奥から、もっとなにか言ってやりたいという熱が口から飛び出しかけたその時、僕の手の中でスマホが震えた。


 ハッとして、スマホを見つめる。


「見てみろよ」


 低い声に言われて、スマホの画面を開いた。

 案の定、DMにまた新しい悪意メッセージが入っていた。

 他のアカウントからのDMは、キセツの死後には来なくなっていたのに、そのアカウントからは今もなお、悪意のあるメッセージが送られている……履歴を遡ると、一年と少し前から始まっていた。


「な……んだ、こいつ。クラスメイト、とかじゃねぇのかよ」


 話の流れがそんな感じだし、キセツもこいつが誰だかわかってるような返しを何度かしている。

 なのに、なんで今更こんなDMを送ってくるんだ。キセツの葬式だって終わってんだから、同級生なら知らないわけないだろう。


「懺悔することもなく、なんで、こんなこと……あっ」


 手の中からスマホを取り上げられた。

 彼は冷めた目でスマホの画面を眺め、目を細める。


「こいつの中では、まだ終わってないんだろう。……完遂していないことに恐怖している。輪が切れたのか、自業自得だろう。往々にして、しゅは行く道を無くせば返るものだからな」


 意味の分からない言葉なのに、妙に説得力がある。

 スマホの画面を瞬きもせずに見ながら、口の端が引き攣るように痙攣している顔が、怖い。


 その顔が、フッと斜め上を見上げてギュッと眉根を寄せた。――まるでそこになにか見えるように、無言で。

 それから横移動した視線が僕に定まり、無言でジッと見つめてから、手にしていたスマホを僕に差し出した。


「お前が、そいつと連絡を取れ。大丈夫だ、すぐに釣れる」


「ぼ、僕が? な、なんでっ」


 急に怖くなった僕の手に、強引にスマホを握らせた男は、口元を引き攣らせる。


「いいか、大丈夫だ、そいつと連絡を取れ。俺には無理だが、お前なら釣れる。キセツの仇討かたきうちしたいだろ?」


「仇討ち……」


 物騒な、だけど、魅力的な言葉に心が揺れる。

 握らされたスマホの真っ暗な画面を見つめ、正体の分からないこの男の言う通りにすべきか、つかの間悩む。


「にゃーん」


 いつの間にか隣に座っていた黒猫が励ますように声を上げ、その鳴き声に背を押されるように、意を決してスマホを起動して四桁の数字をタップした。




《つづく》

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