寝坊
「五代ぃー! 社長出勤おつかれさまーす! ちっーす!」
会社に到着するなり、佐藤が大きな声でそう言ってきた。
すると、室内がドッと笑い声で包まれた。
不甲斐ない。
俺は「以後気を付けます」と皆さまへ謝罪の頭下げー、そのまま着席。
ブラックアウトしたパソコンと向き直る。江戸川コナンくんみたいなトリッキーな頭をした男が写っているって、俺だ。
やばいな、俺の寝癖。
「寝癖くらいなおしてこいよな?」
と、隣から佐藤。
──寝坊した。
「にしても、五代が寝坊とは珍しいな」
「俺自身、まだ夢の中にいるみたいだ」
「白昼夢ってやつ?」
「白昼夢ってなんだよ」
「さあ、意味までは知らない」
「じゃあ言うなっての」
「で、なんで寝坊? まさか五代、昨晩はお楽しみだったとかか~、なんてな? はっはっはっ~」
「よく分かったな」
「!?」
「はぁ、ったく。勘弁して欲しいぜ、全く」
「ごごご、五代……お前……」
「あ? なんだよ」
「いや、いやいやいやいや、待て! なんか、おかしくねーか!?」
「だから、なにがだよ?」
「いやだから、俺の言った『お楽しみ』ってのはだなっ!?」
「だから、エッチのことだろうが」
「!? お、おう……」
「いちいち言わせんなよ、中坊じゃあるまいし」
「す、すまん……で、したの?」
「したよ」
「ちなみに、相手は?」
「一人しかいないだろ」
「おっぱい幽霊?」
「YESおっぱい幽霊」
昨晩は、些か飲み過ぎた。
俺も夏子も、理性を失っていた。
で、なんとなくそういった雰囲気になった。
でも、頭では分かっていたのだ。
幽霊とエッチ?
なにそれ? 気持ちいいの?
全く想像がつかない。
想像はつかなかったが、流れで舌を絡ませてみて──
ひんやり。
と、経緯としてはそんな感じだった。
「朝目覚めると、俺の腕の中に夏子がいたって感じだよ」
「……」
「幽霊のくせにさぁ、やることはやるのかって感じだよな。まあ、身体の相性はいいみたいだ」
「……」
「しかもあいつ、どこでそんなもんを覚えたかは知らんが~って……すまん、これは内緒だった」
「……」
「ん、佐藤?」
佐藤は、顔面蒼白だった。
「どうした、体調わるいのか?」
「おま、お前……ついに禁忌に触れやがったな……」
「なんだよ禁忌って」
「で、どうだった!? 気持ちよかったのか!?」
「んー、なんか、冷たいこんにゃくに入れる感じって言えば分かるか?」
「こんにゃくぅううっ!?」
「ばか。声でけーよ」
「おっ、すまんすまん……じゃなくて、こ、このヤロぉぉっ!」
肩をぐらぐら揺さぶってくる佐藤。
なんだこいつ、なに怒ってんだ?
「遅刻早々、無駄話とは……ほんと、呆れます」
と、そう言って缶コーヒーを渡してくる木下だ。
「おー、悪いな」
「高くつけときますからね」
「おうおう、好きにつけといてくれ」
「では先輩、例の件なんですが」
「えーと、なんだっけ?」
「Eカップ。肩」
「あれ、まだ見つかってないのかよ」
「そろそろ脱臼しそうです」
「なら整骨院行けば?」
「そういうことではなくて、私の脱臼は気持ちの問題なんです。心の脱臼なんです」
「あー、はいはい。じゃあ俺で良ければ相手しますわ」
「言いましたね? 絶対ですからね?」
「そのうちなー」
と、佐藤の顔がいよいよ死に顔だ。
「お、お前……おっぱい幽霊では飽き足らず……木下っちまで」
「は? 佐藤、そういう意味じゃねーから。な、木下?」
「…………」
「えっと、木下?」
「約束しましたから」
「えっ、ちょ、待てって!」
「五代、てめぇ!」
その後、騒ぎ過ぎだと課長に怒られた。
さーせん。
○
昨日の今日だったので、少し家に帰りづらかったが、そこはどうしようもないので帰宅。
「お、おかえりー」
「お、おう……」
妙な空気感。
いつも思うんだが、初夜のあとってなぜかこう、妙に恥ずかしいんだよな。
じれったいというか、なんといいますか。
一線を超えた感が半端ない。
男女の関係ってやつ。
もしかして俺は、こいつと将来を、なんて考えてみたり。
ま、相手は幽霊なんですけれど。
「夏子。ビール飲む?」
「えっと、いや、今夜はいいかな」
「え!?」
「え!? な、なんでそんなに驚くの?」
「いや、なんつーかさ、意外っていうか、なんつーか」
「あのさ、人をビールしか飲まない生き物みたいに言わないでくれる?」
「ん、生き物?」
「そこに反応するなっ!」
と、夏子が俺をポカポカと叩いてくる。
俺は「やめろ!」なんて言いながら夏子の腕首を押さえつける。
ただの、そんなやり取り。
いつも通り。
なんだけれど。
「……」
「……」
「……えっと、離して?」
「……お、おう」
妙な距離感。
じれったい感じ。
いつも何気なくやっていたやりとりが、変にエロく感じてしまう。
ああ、やだやだ。やな感じ。
俺は空気を変えるため、冷蔵庫に直行。
中からビール2本を取り出し、1本を夏子へ渡した。
「乾杯しようぜ」
「いや、だから……」
「なんだよ。俺の酒が飲めないってのか?」
「なによその言い方」
「でも飲みたいくせに」
「今日は女の子の気分なのっ!」
と、夏子はため息を吐きながら、ビール缶のプルタブに指を絡ませて──プシュッ。
「あ」
小さな悲鳴を上げる夏子。
体がビールを飲むことに慣れているって、そういうことだな。
「アルちゅー」
「うっさいなー」
結局、その晩もビールを飲んだ。
ただ、ほどほどに。
嗜む程度にだ。
程よい感覚でとどめておけば、昨晩のような誤ちはおきない。
──と、そのはずだったんだが。
「…………チャンネル、変えるか?」
「待って。いま、いいとこだから」
タイミングが良いのか悪いのか、恋愛映画が放送されていた。
これが、まあ、キッカケとなった。
ひんやりとした。
翌朝、また寝坊しかけた。
ギリ間に合ったから良かったんだがな。
それにしても、2日連続は頑張り過ぎた。