乾杯
「ってな感じでな、とりあえず一緒に暮らすことになった」
昨日のことを佐藤に話すと、思っていた通りいろいろと言ってきた。
昼休み。
今日は会社近くの公園ベンチにて、仲良くカップラーメンである。
佐藤は言った。
「俺、もう分からなくてなってきたぜ。五代、それ本当に幽霊なのか?」
「そこだけは自信を持って言える。あいつはガチもんの幽霊、JUなんだとよ」
「どうしてそう言い切れるんだ」
「えっとな、昨晩の話なんだが」
「おう」
「夏子がな」
「夏子ちゃんっていうのね」
「『おっぱい触ってみる?』って、そう聞いてきたんだけどさ」
「!?」
「ま、酔った勢いってやつだろうな。俺も大概酔ってたから『おっ、いいのかー』なんつってな」
「……」
「……どうした佐藤? 顔。引きつってんぞ」
「は、はぁ? 別に、嫉妬なんかしてないんですが? 羨ましくないんだが!?」
「羨ましいのか?」
「うっせ! で、どうなんだったんだよ!? どうせアレだろ、幽霊だから触れませんでした~、的なオチだろ!?」
「いや触れたが」
「触れたんかーいって、あっつぅうッ!?」
テンション高まり過ぎたせいか、佐藤はカップラーメン膝にひっくり返した。
「く、くそったれ……ノロケ話を聞かされるわラーメン溢すわ。とことんついてねぇ」
「ノロケてはねーだろ、幽霊のおっぱいだぞ? 水風船みたいな感じだ」
「お前はもう黙ってろ……ちくしょう、おにぎりでも買ってくる」
と、カップラーメンを回収してトボトボ去っていく佐藤。
その背中の哀愁たるや、否や。
ご愁傷様だ、佐藤。
と、次の瞬間だった。
ガサガサッ!
ベンチ後ろの茂みから、なんか飛び出してきた。
「聞きましたよ、五代先輩」
「うわっ、木下!?」
後輩のインテリ女、木下明菜があらわれた!
って、神出鬼没過ぎかよ!?
「お前はスイクンか」
「もしもし先輩。軽々しく私にポケモンの話をすると本気で潰しますが、知識の貯蔵は充分ですか?」
忘れていた。確かこの木下明菜、ポケモンガチ勢である。
そういやこの前の飲み会でも酔って「いや個体値がね、厳選がね、レートがね」とか言い出して、みんなにひかれていたよな。
「それで先輩、そのおっぱい女とはどこまで進んだんですか」
「進んだもなにも、別にそんな関係じゃないからな」
「でもおっぱいは揉んだんですよね?」
「聞いてたのかよっ!?」
「いいから答えて下さい。白状しなさい」
「だ、だから触っただけ」
「柔らかった?」
「……不思議な感触だった」
「ほう」
「水風船みたいな」
「先輩」
「え?」
「そう言えば私、実際問題Eカップなんですよ」
「そ、そうなのか?」
いきなりなんの話だ?
でも確かに、木下の胸は社内の男連中も話題する程デカい。
ぶっきらぼうな眼鏡顔だが、よく見ると結構整ってるから、狙ってる独身連中も多いんだよな。
「そうなんです。最近、肩が凝って仕方がありません」
そうらしい。
木下は肩を回しながら「んんーっ!」体を後ろにのけぞらせた。
すると、こりゃあすごい。
今までなんの関心もなかった木下のEカップとやらが、「我ココニ在リ!」と自己主張していらっしゃる。
「どこかに、私の肩を揉んでくれる殿方はいないもんですかね」
「探せば腐るほどいると思うけど」
「今夜とか、暇なんですけれど」
「噂によると、マッチングアプリってのがいいらしい」
「半径5メートル圏内くらいにいたらいいんですけど」
「いるといいな。じゃ、悪い木下。俺、そろそろ戻るから」
「……ちっ!」
「え、いま舌打ちした?」
「は? してませんが? 早く行ったらどうですか?」
なんだろう……木下が眉根を吊り上げ睨みつけてくる。
相変わらず無愛想なやつだぜ、全く。
○
「ただいまー」
「おかえりー」
オウム返しのように聞こえる夏子の声。
いつか結婚したらこんな風なのかなって、
「雄介ー。ビールは?」
「もちろん買ってきたぞ」
「さんきゅー」
旦那さまが帰ってきたことよりも、まず第一にビールをせびるお嫁さまはなんか嫌だがな?
とかなんとか女々しいことを思いながらも、結局「ほらよ」とビール缶を投げ渡す俺とは一体。
(毒された気分だぜ……)
「雄介」
夏子が手招きをしてくる。
「乾杯」
「え?」
「いやだから、乾杯。雄介も一緒に飲むでしょ?」
「……」
「えっと、飲まないの?」
「いや、飲むけど」
「じゃあ、早くきてきて!」
夏子はなんだか楽しそうだ。
なんだろう、マジでなんだろうこの感じ。
胸が妙にあったかい。
「じゃあ、乾杯」
「おう」
プシュッ! ゴチンッ! ゴクゴク……。
「……ぷはぁ! うまっ!」
「夏子さぁ」
「なにー」
「いやさ、ビールのCM出れそうなくらいうまそうに飲むなって」
「それ、褒めてる? けなしてる?」
「んーと、両方だ」
「なによそれ。こいつぅ~」
と、腕を俺の首に回してくる夏子。
を、必死に抵抗する俺。
彼女以外の女とここまで密着したスキンシップを取るのは、実に久しぶりだった。
それに、おっぱいだ。
無邪気そうにいじってくる夏子の胸が、俺の顔に当たっていた。
男の夢だ。
可愛い女子とのスキンシップ。
ラッキースケベ。
そういうもの、なんだろうが……。
「あのさぁー、夏子。お前、ほんとに幽霊なんだな」
「え? だからそう言ってるじゃん」
夏子はあっけらかんと答えた。
「死んだのは一年前。だから実際は、雄介と同い年なんですけどね」
「てかさぁ、お前なんで死んだの?」
「え? 普通に交通事故だけど。しかも私の不注意」
「堂々と言うな」
「事実ですから。山道を車で走っててね、急いでたの。で、スマホが鳴って~」
「まさか、でたんじゃないだろうな」
「でましたケド?」
「なるほどな。で、そのまま崖へダイブしたと」
「すごいじゃん雄介、大正解。もしかしてエスパー?」
んなわけあるか。予想だよ、予想。
「でもよ、夏子の今の状態ってなんて言うんだ? 地縛霊?」
「分かんないけど、地縛霊はいやかも」
「じゃあ悪霊?」
「いや! もっと可愛いのがいい!」
「じゃあ、あれか」
「ん?」
「JU」
「そう、それよそれ!」
夏子はケラケラと笑った。
笑った顔はすこぶる可愛いと思う。
と、
「JUで、夏子だよ」
夏子が上目遣いで見つめてくる。
「だからほら、『夏子』って呼んでみて」
「なんで?」
「いいからいいから」
「…………」
「はやくぅ」
「あーはいはい。夏子夏子、これでいいか?」
「んー、なんかその適当な感じきらい」
「わがままだな」
「もっと感情込めて」
「なーつこ」
「それはマジでいや!」
「もう、めんどくせぇな! 夏子ッ! これでいいか?」
「! も、もう一回っ!」
「夏子ッ!」
「もうひと声!」
「夏子ぉおおおッ!」
「あははははは」
なにやってんだ、俺。
こんな大声出してたら、マンション住民から苦情がくるぞ──って。
ピンポーン……
インターホンが鳴った。
(まさか……?)
全身から血の気がひいていく。
「雄介。はやく怒られてきな?」
こ憎たらしいニヤケ面の夏子。
こ、こいつ……まさか、さっきのはこの為か?
俺を落とし入れようって、そういう魂胆かよ!
「お、覚えてろよ……」
ピンポーン!
分かった分かった! すぐ行きますよ!