JU
俺たちはリビングのソファに並んで座る。
テーブルにおつまみをセット。
準備は全て整った。
そして、
「「乾杯」」
プシュッ!
ごくごくごくごくっ!
ぷっはぁっ!
「う、うまっ……いで、ごさいまする」
「さっきからなんだその口調は」
「少しは反省の色を出そうかなと」
「見え透いた反省なんだが?」
もっと上手に反省してほしいものだ。
「いつも通りでいい」
「いつも通り?」
「だから、野球観戦しながら『ジャイアンツ滅びろっ!』とビールを飲んでる時くらいの自然さでいいって話だ」
「は、はぁああっ!? その頃から見えてたの!?」
「残念だが、そういうことになる」
「じゃあ、あんなことやこんなことまで……」
「もうそりゃあ色々とな」
「……ヘンタイ……」
「いや勝手に来たのお前だろうが!」
「でも、見えてるなら見えるって言ってくれてもよかったと思う! そういうとこ、デリカシーに欠けてると思います!」
「デリカシーのカケラもないやつがよく言えたなぁっ!?」
やれやれ、なんつう女だ……まあ、今更なのだが。
気にしたら負けだろう。
「でさ、お前はやっぱり幽霊なのか?」
「うん。実を言うとね」
「幽霊ってビール飲めるのな」
「そりゃあね。飲まなきゃ幽霊なんてやってらんないっての。幽霊もつらいのよ」
「なんだその『男はつらいよ』的な言い方は……」
「あ、まさか生きてるって思ってた?」
「いいや、生きてたら普通に不法侵入罪で警察呼んでるから」
「うわっ、酷……人をまるで不審者扱いして……」
「結構な不審者だからなっ!?」
「ふーんだ! でも、じゃあなんで追い出さなかったの?」
「え?」
「いやだから、嫌だとか思わなかったのって話。私、いろいろと好き勝手やってたしさ」
「ああ、散々やり尽くしてたよ? そりゃあね、家に帰ったら明かりはついてるし? テレビはついてるし? 冷蔵庫の中身は2、3日ですっからかんだし?」
「でしょ? 普通そんなだったら嫌でしょ。私だったら普通に追い出すけどね?」
「今お前の話してるのちゃんと理解してる!?」
「分かってるよー」
「どうだかな……」
「で、なんで話しかけてこなかったの?」
「んー、祟られたくなかったから」
「祟る? って、誰が?」
「え、お前」
「私!? そんなことするわけないじゃん!? 私、こう見えてもふっつーのJUなんですケド!?」
「J、JU?」
「あ、『女子幽霊』の略ね。私が考えた」
「JKみたいに言うな!」
「JKみたいなものだからいいでしょ!」
「人のビールをしこたま飲みまくるJKなんていてたまるかよっ!」
そう言及すれば、女幽霊さんは途端に、バツの悪そうな顔を作った。
「だ、だって、バレてないと、思ったんだもん……」
「いや、バレるだろ普通。毎日冷蔵庫からビールが減ってくんだぞ。軽くホラーだって」
「で、でも! 私、1日1本って決めてたし!」
「最近は2本に増えてたけどな!?」
「なによなによっ! だって最近、あなたがビールたくさん買ってくるからバレないと思ったからだし!」
「お前がたくさん飲むから気を遣ってたくさん買ってきたの!」
俺がそう言えば、女幽霊は「あー……そうだったんだ」と、途端に神妙な面持ちとなった。俯き、黙りこくる。
なんだよ突然、開き直ったり、落ち込んだり。
それから、しんみりムードに突入した。
しみじみと静かにビールを飲む。
そして、1本目を飲み終わった女幽霊さんに「ほらよ」と2本目を差し出したとき。
「……やっぱり、出てかなきゃダメだよね?」
ビールを受け取ることなく、女幽霊さんは恐る恐る言ってきた。
「まあ、昨日の今日で、アレだったし……そりゃあそうだよね」
「アレってのは、朝ビールのことか?」
「そう。さすがに、アレはないよね」
「ないけど」
「自分でも『お前はアル中か!』って感じで、ひいてるもん」
(な、なんだろう……逆に今朝のアレさえなかったら、まだいられると思っていたのだろうか)
「でも、はぁ~」
「なんだよ、その重たいため息は」
「いやね、こんなこと、私も初めてで、ちょっと、ワケ分かんなくて……」
「? どういう意味だ」
尋ね返すと、女幽霊さんは殺風景な室内を見回しながら言った。
「私、幽霊でしょ? だから、こういう生活は久しぶりなんだ」
「こういう生活ってのは、ここでのことか?」
「うん。ゆっくりテレビ見たり、お酒飲んだり、お風呂入ったり、お布団で寝たり……それに、」
「?」
「……人こうして話したのは、久しぶりなの」
「…………」
「楽しかったなーってさ」
俺は、言葉を失っていた。
かける言葉すら思い浮かばない。
そもそも、幽霊が普通に生活していること自体おかしなことなのだ。
こいつがリモコンを押せば、普通にテレビの電源はつく。
こいつが冷蔵庫からビールを取り出し飲めば、普通になくなる。
もはや、普通の人間と生活しているようなものだ。
今だって、普通に会話をしている。
でも相手は幽霊。自称JUの、ビール好きの女子幽霊さんだ。
なんだか、変な感覚だ。
「お前さぁ」
「ん、なに?」
「名前は?」
「えーと……確か、夏子?」
「確かってなんだよ」
「冗談冗談、夏子だよ! 森川夏子! 享年24歳!」
「自分の年齢を享年で語るやつは初めてだよ」
「でも事実だし?」
「まあ、そうなんだろうが」
俺たちは顔を見合わせて笑っていた。
なんだろう、すごくバカバカしい。
だがそのバカバカしさが、妙に心地よかった。
まぁでも、こんな感じでいいのかもな。
幽霊に気を遣うってのも、幽霊に気を遣われるってのも、なんだか変な感じがするし。
とりあえず。
「ほら、ビール。飲めよ」
「え! で、でも……」
「でも、なんだよ。好きなんだろ」
「好きだけどさ。いいの、私、このままいても?」
「よくない」
「えぇ……」
「まあでも」
「?」
「今すぐってわけじゃなくてもいい」
「……いいの?」
「ああ。ペットと暮らし始めたと思えば~」
「ペットじゃないっ!」
「分かってる。まあそれに、そのうち成仏すんだろ?」
「成仏の仕方が分かんないから、こうなってるんですケド……」
「お、おう。じゃあ、とりあえず次の引っ越し先が見つかるまでってことで、ウチにいたらいい」
「次の引っ越し先って?」
「それは自分で考えろ」
「難易度高いなぁ……」
「まあ、細かいことはおいおいでいいだろ」
とりあえず──俺はプルタブを引いた缶ビールを、自称JUの森川夏子へ渡した。
「改めて乾杯だ」