なっちゃん
最近、投稿忘れがち……気をつけよー
会社帰りの居酒屋にて。
「~ということがあったんだが、まあ、もうこの話はいいよな。それよりも佐藤、この前の合コンどうだった──」
「いやいや、待てぇいっ!」
ガシャンッ!
佐藤は、ビールジョッキをテーブルへ力強く置いた。
「店員さん、おかわり!」
あいよっー!
「おい佐藤、もうやめとけよ。もう何杯目だ、それ」
「飲まなきゃやってられるかよ……ちくしょう……」
「なーに泣いてんだよ、『大人帝国の逆襲』でも思い出したか?」
「あぁ、ひろしの回想シーンが泣けるよなぁ……って、そうじゃなくて! 五代、テメェこらぁ! 楽しそうだなぁ、おいっ!」
「俺は普通のサラリーマンしてるだけだぞ」
「あのなぁ五代、普通のサラリーマンは幽霊とギャルといちゃつかねぇからな」
「いちゃついてねーから。あっ、店員さん! 俺も生一つ!」
あいよーっ!
「で、そのあとっ!」
「そのあと?」
「だから、なっちゃんの姿がそのギャルに見えたあと、どうなったかを聞いてんだよ」
「佐藤さー」
「あんだよ」
「いやさ、しれっと『なっちゃん』とか呼ぶのやめろよ」
「だめ?」
「だめ。てかお前、会ったこともないくせに馴れ馴れし過ぎんだろ」
「なにムキになってんだ?」
「は? なってねーし」
おまたせしやしたー!
ビールが運ばれてきた。
グイッと喉へ流し込む。
うまっ!
やっぱり生はアサヒスーパードライ一択だぜ。
………
……
…
話は遡ること、昨日の日曜日ことだ。
俺たちは普段からご迷惑をおかけしているギャル、姫野萌香こと萌香の部屋まで謝罪に伺っていたのだが──
「へぇ、夏子さんが幽霊ね~」
タジタジな夏子を一瞥した萌香は、次に俺へと視線を移して言った。
「まさか雄介さん、夏子さんをつかって新興宗教の布教活動でも行ってるわけじゃないよね?」
「んなわけねーだろ!」
「どうだか。夏子さん、本当のこと言っていいんだよ? 『この変態に脅されて、あんなことやこんなことを強要されています』ってさ」
「んなわけねーだろ──」
「実は……」
「な、夏子てめぇ!?」
「…なんてね。萌香ちゃん。違うの」
夏子はふっと笑みをこぼして、
「雄介のウチに勝手に転がり込んだのは、私の方なんだー」
俺を見つめながら言った。
「もう、一カ月になるのかー」
それから、夏子はここ一カ月間のことを、楽しそうに喋り出した。
はじまりは、夏子が俺の家に入り浸ってから。
幽霊である夏子は、人の家を渡り歩きながら転々と暮らしていた。
そこで、冴えないサラリーマンを見つけたのだと語る。
って、
「誰が冴えないサラリーマンだ」
「うそうそ。冗談」
優しそうに見えた──
夏子の瞳には、どうも俺のことが良いやつに映ったそうな。
実際、その予想は正しかったみたいだ。
「いつもだったらね、一日以上いると、私のことが見えない人でも『誰かいる!?』『ポルターガイストだっ!』って騒ぎだすんだけどー」
「当たり前だよなぁ!?」
「でも仕方ないじゃん! なりたくてこうなったわけじゃないしさ、どうやったら成仏できるか分からないし、こんな体なのにお腹は空くし」
その話は、初めて聞いた気がした。
「だからね……雄介のウチは、すごく居心地が良かったの」
「そりゃあな」
「でも私だって、さすがにこれ以上は迷惑かけられないから、出て行こうとしてたんだよ?」
「ほんとかよ」
「本当だし!? でも、雄介がさー、」
「なに、俺のせいなわけ?」
「そうじゃなくて、あれ。給湯器の温度設定」
「きゅうとうき?」
はて、なんだったろうか──って、あ。
そういえば以前、こんなやり取りがあったんだよな……
一カ月前──
『あのさぁ、』
『……』
『風呂上がったらでいいから、給湯器の温度あげといてくれるか?』
『……』
『おーい、聞いてんのか? そこの女!』
『!? …えっと、私?』
『お前以外ここに誰がいるんだよ! 給湯器! 温度!』
『は、はぁ…』
『あとな、せめてズボンくらい履け! 毎日毎日、パンツのままウロウロしやがって! 誘ってんのかコラ』
『あ、あのー』
『なんだよ!』
『…………私のこと、見えるんですか?』
そう、あのときだ。
実俺と夏子の関係は、実質あのときからはじまったのだ。
でも、そうだったのか。
「じゃあお前、あのとき俺が話しかけなかったら、そのまま出てくつもりだったのか?」
「そう。最後のビールを飲んで、『さー行くか!』って感じだったよ」
「最後のビールが余計だなぁ!?」
「いいでしょー、最後のつもりだったんだし」
「ほんとかね……」
「ほんとだし! でね、あのときは雄介が帰ってくるの待ってたの。最後に『お世話になりました』って言うつもりだったの」
「……」
「だったんだけどね」
「……」
「今、みたいな感じ? ははは、なんか改めて考えたら、超へんな話だねー」
「全くな」
でも、そうだよな。
よくよく考えてみれば、夏子は無理やり俺の家に住み着いているわけではない。
なんだかんだ言っておきながらも──
『じゃあ、とりあえず次の引っ越し先が見つかるまでってことで、ウチにいたらいい』
俺だ。
俺が、夏子と過ごす日常を選んだのだ。
なぜ、どうして?
さぁ、どうだったかな。
ただなんとなく、思ってしまったんだよな。
家に帰ったら「おかえり」って言ってくれて、晩酌に付き合ってくれる女がいる日常も、悪くないって──
「でも、そうだね。そろそろ潮時かもね」
──は?
「むしろ長過ぎたくらいだしなー」
「……」
「ま、慣れっこだからいいんだけどね、ははは」
「いや意味分かんねーから」
「え?」
「だから、お前は、どうなんだよ」
「ん? えーと……なにが?」
「だから……夏子。お前はどうしたいんだって、そういう話!」
俺は夏子へ詰め寄った。
「いたいのか、いたくないのか、どうなのか。はっきりしろ」
「いや、でも、」
「でもなんだよ」
「……なんだろう? 自分でも、よく分かんない」
「はぁ? なんだよそれ」
「し、仕方ないでしょーっ!」
「そう、仕方ないんだよ。ない頭絞ってもなにもでないってことだ」
「な、なんだとこらっー!」
「いればいいだろ、ウチに」
「……へ?」
「いや、だから、どうせ行くとこないんだろうから、置いといてやるって、そう言ってんだよ」
「雄介……」
夏子が見つめてくる。
相変わらずアホみたいな面しやがって。
「ったく、今更しおらしいんだよ」
俺は夏子の頭をガシガシと乱暴に撫でつけた。
「ちゃんと次の移住地を見つけてからでいいから、らしくない心配すんじゃねーよ」
「……ありがと」
「おう」
と。
「ねぇ、もういい?」
萌香が肩をすくめて言った。
「アオハルかよ」
アオハル? アオとハル……青と春──!?
青春って意味か!?
「お熱いね、お二人さん」
「「いやいや、これはそういうことじゃなくてっ!」」
「ハモってるよ?」
「「……」」
「まー、もういいや。分かった分かった。サラリーマンと幽霊さんね。はいはい」
「信じてくれるのか、萌香?」
「信じるもなにも、」
と、萌香は目の縁を指先で引っ張りながら、「べー」と舌を見せてきた。
「うち、もともと幽霊見える人だし」
な、なにぃーっ!?
「それを早く言え!」
「聞かなかったのはそっち」
「……まあ、それはそうだが」
「それにさー」
「?」
「二人が幸せそうなら、幽霊がどうだとか関係なくない? 無粋な話でしょ、それ」
「萌香……」
「まあでも、あんまり夜中に『あんっあんっ』騒がれると、こっちも寝不足になるんで──」
「「わぁーわぁーわぁーわぁーっ!!」」
と、そんな感じで、なんとか萌香への謝罪とかいろいろなことは解決したのだった。
その帰り道──といっても、エレベーターを乗るだけだったが。
「夏子?」
「……」
「お前、なに泣いてんだよ」
夏子が、なんか泣いていた。
俺にバレない下を俯いているが、床にポロポロ涙が落ちていく。
「な、泣いてないし」
「は? 泣いてんだろ」
「だから、泣いてないしっ!」
「うわっ! 分かった分かった! 泣いてなかったことにしてやるから落ち着け! 泣いてるけど」
「うっせ死ねーっ!」
………
……
…
「と、いうことがあっただけだから。な? あんまり聞いても楽しくない話だろ?」
「ご、五代ぃ~……」
「なんだよ」
佐藤は肩を震わせながら、生をグイッと呷る。
叫んだ!
「俺になっちゃんくれっ!」
「すみませーん店員さん、この酔いどれに『なっちゃんオレンジ』ひとつ!」
あいよーっ!
「そっちのなっちゃんじゃなくて、てかあんのかよ!?」
やれやれ、騒がしいやつだ。
夏子をくれだと?
ふん、バカいうな。
そもそもあいつは誰のものでもないし、どこにいたいかなんて夏子自身が決めることだ。
でも、そうだな。
いつかそのときが来たら、夏子は俺の前からいなくなるのだろうか?
さて、どうなんだろうね?
「ごひゃいー、おみゃあってやつわぁ~」
「うわっ佐藤! お前いつの間にそんな酔ってんだよ!?」
やれやれ、一先ずは佐藤をタクシーに乗せないとな~って、もう10時過ぎじゃねーか。
さて、ウチのなっちゃんはまだ起きてるだろうか?




