謝罪
そして、土曜日の朝がやってきた。
曇り空だ。
まるで、今の俺の心をあらわしているようだぜ。
「やっぱいきたくねぇな」
「ほら、雄介。はやく起きなよ」
「まて。腹が痛いんだ……」
「夏休み明けの子供かー」
「夏子、お前はなにも分かっていないからそんなことを、」
「あーはいはい、ギャルは恐ろしい生き物でしょ。わぁーたわぁーた。いいから起きろ~」
「ま、待てっ! 起きるから! あと5分っ…いや、ちゃんと昼くらいになったら起きるから!」
「えらいのびたねぇっ!?」
「いやな、よくよく考えたらギャルは夜型だと思ってな。昨晩はきっと街へ繰り出しパリピナイトで酔い明かしたはずだからな。俺の分析力なめんなよ」
「そのギャルと一緒のエレベーターに乗って帰ってきたのはどこのどいつだーっ!」
夏子にドヤされて、俺はしぶしぶベッドを這い出た。
その後は朝のルーティン。
朝シャンして、朝ごはんを食べて、歯を磨いて──
「よし、ちゃんとネクタイも締めたし、完璧だ」
「ねぇ、雄介」
「ん、なんだ」
「なんでスーツなの?」
「謝罪に行くんだから、スーツを着るのが当然だろうが。スーツに間違いはない。困ったときはとりあえずスーツ着とけって婆っちゃも言ってたし」
「ビビリなだけでしょー」
「うっせ」
そうして、昼前くらい。
数ヶ月前くらいに、実家の母ちゃんが「会社の皆さんへ~」と送ってくれた「博多通りもん」の菓子箱を手に、いざギャルの住む706号室へ向かった。
そして、扉前まで来た。
来たのだが、
「ほら、はやくいきなさいよ」
「俺さ、実を言うと、昔ギャルにいじめられたことあるんだよ」
「なに急に」
「あれは中一の頃だった……」
「なんか始まったしー」
「当時の俺は体も小さくてな、女子より小さかったんだがな」
「男子より女子の方が成長スピード早いからね」
「でな、幼なじみに『のぶこ』って女がいたんだがな、小学生の頃はポケモンの話とかしてたのに、中学生に上がった途端にギャル化してだな」
「中学デビューあるある」
「中学の入学式に木刀持ってきたりしてな」
「いやいや時代背景間違ってない!?」
「とにかく、ヤバイやつなんだよ」
「はぁ……で、なに。その子にいじめられたの?」
「ああ、そうなんだよ」
「なにされたの?」
「『こいつ、まだチン毛生えてないんだぜー!』ってクラスのみんなに暴露された」
「意外にジョボ過ぎた!」
「以来一カ月、俺は毛なしの雄介と呼ばれてな……」
「しょーもな……もう帰ろ」
「待て! 夏子! 待ってくれ! 一緒に来てくれよ!」
「は、離せばかーっ!」
「俺にはお前しかいないんだよっ! お前が必要なんだっ!」
「プロポーズみたいに言うなっー!」
と、その時だった。
「あのさぁ」
「「!?」」
「人ン家の前で勝手に夫婦漫才しないでくれる?」
こっちからお訪ねするまでもなく部屋から出てきたギャルが、肉食獣のごとき眼光を放ち俺たちを睨んでいた。
「とにかく中に入って」
「え?」
「近所迷惑だから」
と、ギャルは廊下を見渡して、頭をぺこりと下げた。
遅れてギャルの視線を追うと──7階の住民さん方が、「何事か?」とは言いたそうな面持ちで俺たちのことを見ていた。
「お騒がせさました」
ギャルはそう言って、もう一度頭を下げた。
「ほら、二人とも」
「「あ、さーせん」」
俺と夏子もその後に続いてお辞儀した。
ギャルって、意外と礼儀正しい。
その後、なぜかギャルの部屋へ。
間取りは俺の家と同じなのだが、別空間に見えるのはなぜだろうな。
部屋の香りも『THE・ギャル』で感じだ。
俺と夏子は、ギャルが普段そこで過ごしているのだろうリビングに通された。
ギャルは「ちょっとタバコ吸ってくる」と俺たちを置いて出て行ってしまった。
「ねぇねぇ雄介」
「なんだよ」
「あの子、意外に良い子っぽい気がするんだけど」
「俺もそんな気はするが、だが違うんだよ」
「なにが違うの?」
「いやな、ギャルっていう生き物はそもそも俺たちの中で『あー、きっと悪いやつなんだろうなぁ』って先入観があるから、できて当たり前のことしただけでも超良いやつに見える……これは、そんな一時的な現象に過ぎない──」
と、そのときだった。
ガチャッ──
「ごめん。待たせたね」
「いえいえ、とんでもございません」
威風堂々と帰ってきたギャルへ、深々と頭を下げる。
夏子は呆れていた。
俺はもう一度だけ、丁寧に、丁寧に頭を下げたあと、持参した菓子箱をギャルへ献上。
「ささっ、お納めください」
「いや、なんでそんなかしこまってんの。もっと楽にしていいよ」
「有り難き幸せ……」
「変わってねーし」
と、ギャルはソファにぼふんっと座って、指先で髪をいじりながら。
「それでさぁ、名前は?」
「五代雄介と、申しま──」
「だから、敬語はいいって」
「……うす」
「じゃあ、雄介さんって呼ばせてもらうわ。いい?」
「お、おう」
恐る恐る返事をすると、ギャルは白い歯を覗かせ笑った。
なんだろう、ギャルが自分に笑いかけてくれるだけで、嬉しい……。
なにこの気持ち、俺だけ?
「ウチは姫野萌香。萌香でいいよ」
「じゃあ、萌香ちゃん!」
「『ちゃん』付けはキモいから」
「……さーせん」
「で」
と、萌香は目線を移した。
俺の隣へ。
借りてきた猫みたく黙っている夏子へ。
「お姉さんは?」
「……」
「おーい、お姉さん」
「……え? 私?」
「そうそう。てか、他に誰がいんのよ」
萌香はやるせ無さそうにそう言った。
夏子は目を丸くさせて、見るからに驚いている。
俺も驚いていた。
「いやいや、萌香ちゃ…いや萌香、あのさぁ」
「ん、なに」
「見えてるのか、こいつのこと?」
「こいつ?」
「あ、夏子。これ」
と、俺は夏子の肩を叩いた。
見えない人からすれば、空気をタッチしているようにしか見えない。
はずなのだが──
「見えるに決まってんじゃん」
どうやら、ギャルには夏子には見えるらしい。
いや待て待て。
おかしいだろ。
「雄介さん雄介さん」
「『私は夢でも見てるのかしら?』って、そう言いたいんだろ?」
「いや、そうじゃなくて」
「?」
「ちょっと、尿意の方が」
「この状況でよく言えたなぁ!?」
「だ、だって仕方ないじゃない! 生理現象なんだしっ!」
「ぷ」
「「!?」」
俺たちのやり取りを眺めていた萌香が、くすっと笑った。
(……やっぱり、見えてる?)
姫野萌香──
お前は一体、何者なんだ?




