デブ
「や、やばい……」
後日、俺も体重が気になった。
で、体重計に乗って絶句した。
『60』
その数字が、俺に現実を突きつけてくる。
生まれて始めて、60の大台に乗ってしまった……
ということは、つまりですよ?
俺のデブ化が、ついに始まったということだ!
昔は「いくら食っても太らねぇんだわ」と、ぽいぽい飲み食いしていた俺に、ついにこんな日が訪れるとはな……
非常に、まずい。
「雄介、アイスー」
でた。デブの元だ。
最近は、浴室から出るとこうして夏子がパピコの一本を手渡してくる。
二人で一緒に食えるからと、シェアできるアパピコを買っているのだ。
あとは雪見大福とか、ピノとか、そんなものばかり。
でも、よくよく考えたら、俺、夏子が来るまでアイスとか食ってなかったよな。
こういうのだよ。
こういう細かい積み重ねが、よくないんだよ!
「雄介、どったの。食べないの?」
「……やるよ」
「え、いいの? いつもは怒るくせに」
「だから、いらねーって」
「ラッキー」
ぱくっ。夏子が美味そうにパピコへかぶりつく。
「はむはむ……変な雄介ー」
「夏子よ」
「ん?」
「お前いいのか、そんなんで」
「へ、なにが?」
「だから、体重」
「たいじゅー?」
「自覚なしか」
「なによ? はっきり言いなされ」
「だから、太るぞ?」
「!?」
「いや、太ってるのか、すでに」
「……ま、まあ、そのうちダイエットするし?」
「そのうちっていつ?」
「えーと、明日とか?」
「明日やろうは馬鹿やろうという言葉を知っているか?」
「なによ! じゃあ、明後日する!」
「だったらまずそのパピコを置くとこから始めるんだよ!」
「そんなこと言って、どうせ食べたくなっただけでしょ!? そうはいかないんだからね!」
と、パピコを隠す動作を見せる夏子。
あーあ、なんだこうなる……
俺はただ、善意で言ってやってるだけなのにな?
「そう言えば夏子」
「パピコは渡さないからね~」
「顔も少し丸くなったぞ」
「!?」
「足も、太くなった気がしないでもない」
「き、気のせいでしょー」
「デブ、」
「!」
「に、ならないよう気を付けろよ」
「わ、分かってるから」
「ほーん、ならよかった。ほいじゃあ、俺はもう寝るわ。さーて、明日の朝からランニングでもはじめっかな~」
ま、そんなつもりはないがな?
だが、さすがにここまで言っておけば、お灸程度にはなっただろう。
夏子は、
「……ふん、なによ」
ちょっと不貞腐れていた。
そして、翌朝だ。
いつもは7時くらいに起きるのだが、6時くらいに目が覚めた。
違和感からだ。
「あれ?」
いつもなら「ぐーすか」寝息を立てている夏子が、隣にいなかった。
お花でも積みにいってるのかな?
と、別段気にすることもなく二度寝しようとして。
「雄介、はやく起きろー」
いきなり、布団を剥がされた。
その勢いのままベッドから転げ落ちた。
後頭部を強打。
超いてぇ……
「なにしやがんだ! まさかお前、俺をそっちの世界に引きずり込むつもりじゃないだろうな!?」
「失礼な! いいから、さっさと起きて」
「なんでだよ」
「ランニング」
「は?」
「『は?』じゃなくて、ランニング! 今日から始めるんでしょ?」
そう言った夏子を見ると……ぶかぶかのジャージ姿であった。
それ、俺のジャージ。
って、そんなことはどうでもいい。
ランニング、だと?
「おいおい、まさかこれから走るとか言うんじゃないだろうな」
「言い出したのは祐介でしょ」
「え? まあ、それは、そうだけど……」
まさか、今朝から始めるなんて聞いていない……いや、言ったのか?
明日やろう馬鹿やろうとか、偉そうに言ってしまったのか。
俺が。
で、夏子は早速やる気になったと……いやいや、素直過ぎかよ!?
「ほら、さっさと顔を洗ってきて。あと寝癖」
「なぁ、夏子。マジでやんのか?」
「今更なによ」
「いやさぁ、確か俺の予想では、今朝は大雨が降りそうな気が~」
「めちゃ晴れですケド?」
「……だな」
「あのさぁ、まさかとは思うけど、」
「……」
「昨日、私にあそこまで言っておきながら、ただの冗談でした~で済ますつもりじゃないでしょうね?」
「い、いやぁ~、まさかね? 走るよ。むっちゃ走るよ?」
「ほんとか~」
「ほんとだ。いやぁ、マジで今日は良い天気だなぁー! ランニング日和だ!」
「うそくせー」
「よし、夏子! ダイエットだ! ランニングだ!」
少々嘘くさいやる気を見せる俺へ、ジト目を向けてくる夏子。
ったく、なんでこうなるんだよ……って、俺が悪いのか。
うん、分かってるよ。
身から出たサビ。
そういうものなのだろう。
やれやれ、仕方ねぇ……
やるか、ダイエット!




