体重
昨日、すっかり更新しているつもりで更新忘れてました! たった一人の読書さまに対してですが、申し訳なく思う泥水です。堪忍なぁ。
その夜、いきなりだった。
「きゃああああああっ!」
浴室から、夏子の叫び声が鳴った。
その叫びからして、ただごとではないと直感的に悟った俺は、浴室へと駆け込んだ。
「どうした、夏子!?」
「ど、どうしよう……雄介ぇぇ……」
体にバスタオルを巻いた夏子が、へなへなと足元から崩れ落ちた。
俺は慌てて夏子の体を起こしてやる。
夏子は、顔面蒼白だった。
これは……
「夏子、お前……」
「雄介ぇぇ、私、もう無理かも……」
「ど、どういうことだよ!?」
まさか、これはあれか、消える兆候というやつなのか?
分からん。
でも幽霊だから、いつ消えてもおかしくはない──と、俺は真剣に悩んでいたのにだ。
「雄介、どうしよう……体重が増えた……」
「……」
「もう無理ぃ……死のぉ……」
「ふんっ」
「あいてっ! どうしてぶつのぉ!?」
「どうしたもこうしたもあるか! 変な声あげやがって……心配して損したぜ。ったく、このばか!」
「なによ! 私にとっては切実な問題なんですケドっ!?」
と、夏子は体重計に乗って、
「ほら、見て! 55キロになってる!」
「はぁ~、なんで幽霊のくせに体重増えてんだよ……」
「こっちが聞きたいよ!?」
「てか、幽霊が体重なんか気にすんなよ」
「ただの幽霊じゃない! JUだし!」
「知るか!」
──その夜。
ベッドに入り寝る前となっても、夏子はずっと体重のことを気にしていた。
「祐介。私のお腹、やっぱり出てきたかな?」
「どれどれ」
「肉つまむな!」
「ちょっと、でてきたかな?」
「く、くそ……」
「でも」
「なによ~」
「いやな、俺的にはこれくらい肉づきがいい方が抱き心地が良くて好きだぞ」
「祐介の性癖とか聞いてないっ」
「もっちもち~」
「って、もう、ちょっと!」
「いいじゃん、ご無沙汰だし?」
「おとといした!」
「よいではないかよいではないか~」
「んもー!」
………
……
…
○
「てなことが昨晩あってだな佐藤」
「部長、すみませーん! 助けてくださーい! 五代が仕事中にノロケ話してきて困ってまーす!」
佐藤が叫ぶと、社内がクスクスと笑い声が。
部長が「なこうどは任せろよー」とか言うから、さらに笑いが伝染した。
佐藤てめぇ、この野郎!
──と。
「佐藤先輩、そういう冗談はいいから死んでくれませんか?」
眉根を寄せた木下がやってきた。
なぜか怒ってるのだが?
「佐藤、謝れよ」
「は? 俺はなにもしてないだろ」
「でも木下が怒ってるし」
「俺に? 木下っち、俺なんか気に触ることした?」
「はい、存在が気に障ります」
「酷くない!?」
「話すのも嫌はので、佐藤先輩、先にお昼行ったらどうです? 私は少し、五代先輩と話があるのです」
「いやいや、じゃあ一緒に──」
「佐藤先輩」
木下が、ずいっと佐藤へ顔を近づけた。
「お昼、行ってくれますよね?」
「……はい」
もはやこれは脅迫だ。
そうして、木下の圧力に佐藤は負けた。
「昼、いってきまーす」と力なく言って、とぼとぼ出ていく。
「では先輩、我々もいきましょう」
「あのさぁ木下、さすがに今のは酷いと思うぞ」
「酷いのはどっちですか。人の気持ちも知らないで」
「なんの話だよ」
「それを私に言わせないで。いいからほら、行きますよ」
「え? どこに」
「だから、お昼ですよ」
「ああ、昼ね」
それならそうと言えばいいものの。
まるで処刑にでも行くみたいにさ。
そのままオフィスを後に、エレベーターに乗った。
扉が閉じた。
直後だった。
だんっ!
「先輩。彼女とうまく言っているようでなによりです」
──壁ドンされた。
顔がちけぇ……。
「いやだから、彼女じゃなくてー」
「毎日イチャコラセックスは楽しいですか?」
「いや、だから誤解っ!」
「あー、そうでしょうね? 楽しいでしょうなぁ!?」
「いやいや、なにキレてんだよ!?」
「キレてません」
「キレてるだろ!」
チンッ──エレベーターが一階に到着。
扉が開くと、木下は何事もなかったように俺から離れて、すれ違った社員さんへにこやかな笑顔の会釈をした。
な、なんなんだこいつは……
その後も、ピリピリした雰囲気は続き、近場の喫茶店へと入った。
この喫茶店は、昼によく訪れる馴染みの喫茶店だ。
ここのナポリタンが絶品なんだよな~って、今日はそんな雰囲気でもないようだがな。
「先輩。先に言っておきますけどね」
「は、はぁ」
「先輩、その女に騙されてますよ」
「えっと、俺が?」
「はい、間違いなく」
「なんでそう思うんだ?」
「……」
「……」
「……騙されてるから、騙されてるんですよ」
(いや理由ないんかーい!)
「いいから、私に口答えはしないでください。私が騙されていると言えば、騙されているんです」
(お前の物は俺の物的なジャイアニズムかな?)
木下はズズズゥ…とコーヒーを啜って、眼鏡をくいっと持ち上げながら睨みを効かせた。
「だからですね、別れてください」
「いや付き合ってないからな!?」
「なんですか、そんなに好きなんですか?」
「あのなぁ、人の話を少しは聞けって」
「言い訳は聞きたくありません」
「なんだよお前なぁ。これじゃあまるで、浮気した夫と妻みたいじゃねーか」
「……」
「……えっと、木下?」
「先輩。そういうとこですよ」
「は? なにがだよ」
「私、諦めませんから」
「いやだから、ちょい」
「諦めませんからー!」
と、木下は顔を真っ赤にして喫茶店を飛び出していった。
店内が「なんだなんだ、痴話喧嘩か?」と騒然としている。
お騒がしてさーせん。ペコペコ。
本当になんだったんだろうか。
「やれやれ……すみませーん、ナポリタン一つ!」
食って忘れちまえ!




