おっぱい幽霊
俺の名前は五代雄介。ふっつのーサラリーマンだ。
そんな俺は今、とある問題に直面している。
(お、女……?)
仕事から帰ると、知らない女が家のソファでくつろいでいた。
まだ若そうな、中肉中背の女だ。
ミルクティー色の顎くらいのショートボブ。
肌は白く、触るとモチモチしてそう。
服装はTシャツにジーパン生地のショートパンツ。
そして、愛嬌のありそうなたぬき顔。まあ可愛い。
あと、おっぱいが結構大きい。推定、Fカップくらいかな?
そんな謎の女さんが、俺が一人暮らししているマンション一室にいる。
しかも、えらく平然とくつろいでいらっしゃる。
片手に缶ビールを握りしめて、ソファに寝転がった状態でお笑い番組を見ていた。
冷蔵庫を確認してみる。
うん、それ俺のビールな?
「あはははは! なんでやねんっ!」
と、液晶向こうのお笑い芸人にツっこみを入れる謎の女さん。
いや、それは俺のセリフだ!
(なんでやねん……てか、こいつどこから入ってきたんだ?)
会社を出る前、鍵はしっかりと閉めたはずだ。
戸締りもしたし、なによりここ8階だぞ?
外から侵入する場合は、ミッションインポッシブルみたいなことをする必要がある。
では、隣部屋の住人がベランダ越しに?
いやいや、ないない。
大体、両隣とも空き室だしな。
って、ことは、もしかして……
(幽霊?)
○
昼休み、社内の食堂にて。
「は? 幽霊?」
謎の女さんが家に転がり込んできて一週間くらい過ぎた。
俺は、会社の同僚にそのことをついに相談していた。
名を佐藤又吉、同期だ。
俺は言った。
「そうなんだよ。多分、あいつ幽霊なんだ」
佐藤は肩をすくめた。
「酔っ払った勢いで、どっかから家出娘でも引っ張ってきたんじゃないか?」
「そこに気付けないほど俺もバカじゃない」
と、信じたいね。
「じゃあさ、もういっそのこと話しかけてみろよ。『何者なんだ?』ってさ」
「それができないから相談してるんだよ」
「なんでできないんだよ」
「逆上されて、祟られたりしたらどうするんだ」
「仮に幽霊であっても祟る系の幽霊には思えないけど!?」
「まだ分からんぞ。貞子を演じる伽耶子かもしれん」
「その違いを教えてくれ……」
「とにかく、触らぬ神に祟りなしってやつだ」
「もう勝手にしろ~」
「そうは言うが、いいのか佐藤?」
「は? なにがだよ」
「お前、おっぱい好きだろ」
「……どういうことだ」
「いやな。その幽霊、結構おっぱいデカいんだ」
「Dか?」
「倍プッシュ。Fはあるな」
「ほう。その話、詳しく──」
と、佐藤が身を乗り出し顔を近づけてきた。
そのときだった。
「最低……」
御膳にうどんを乗せた彼女が、俺たちの隣に座った。
彼女は一個下(23)の後輩、木下明菜だ。
切れ長目に、黒縁メガネ。
女教師のような出で立ちである。
木下は、佐藤へ侮蔑した瞳を向けた。
「いい大人が昼間から『おっぱい』がどうだでって。神経を疑います」
「俺じゃなくて、五代が言い出したことなんだけど」
「……そうなんですか、先輩?」
「まあ、否定はせん」
木下は、ジト目を佐藤に向けながら。
「でも、悪いのはどうせ佐藤先輩に決まりです」
「悪いのは家に知らないおっぱい女を連れ込んでる五代の方だろ。な、五代?」
「おっぱい女が余計だし、連れ込んでもいない。が、いるのは事実だ」
幽霊だけど──と、俺が言い繋げるよりも先に。
顔を真っ赤にさせた木下が、俺へと詰めよってくる。
なんなんだ、一体?
「先輩。おっぱい女を連れ込んだって、どういうことですか」
「いやだから、幽──」
「そのおっぱい女は、一体何者なんですか?」
(話聞いてねーし。てか顔近い、息荒い。あと、目がこえーよ…)
「はっきりと答えてください、先輩」
あーもう。めんどくせー。
その後、なんとかやり過ごすことには成功したが、
『五代が家におっぱいのデカい女を連れ込んだ!』
という噂が、社内に広まってしまった。
全く、相談なんかするんじゃなかったよ。
○
それから、また数週間くらいが過ぎた。
謎の女幽霊さんは、相変わらず家にいる。
しかもここ最近は、さらに遠慮なるものが失われてきた。
最初の頃は、まだコソコソと行動していた。
こっそりビール缶のプルタブを引いたり。
こっそり夜食のカップラーメンにお湯を注いだり。
こっそり「一番風呂、いただきまーす」と耳打ちしてきたりetc.……
とにかく、以前はまだ可愛げがあったものだ。
それがどうだろう。
最近は帰ってきたら「おかえりー!」と走って出迎えてくれるし。
寝る時なんか「ひと肌恋しいだろー、このヤロー」と俺の寝ているベッドに入ってくるし。
ちゃっかり俺のシャツ着て「彼氏のシャツ着てる彼女かよ!」って一人ツッコミしてるし。
なんだよお前、俺の嫁にでもなったつもりかよ!?
まあ、それでも、俺は話かけることはしなかった。
だって相手は幽霊で、どうも俺には姿が見えていないと思ってらっしゃるのだ。
バレバレだけどな?
それに、なんだかここまで堂々とされると、追い出すのも可哀想な気がしてきた。
そのくらい、謎の女幽霊さんは楽しそうだったのだ。
(ま、そのうち勝手にいなくなるだろ)
と、女幽霊さんのいる生活が日常と化していた。
ある日のことだった。
ついに、その日はおとずれた。
その日は、会社の飲み会だった。
自宅に着いたのは深夜0時過ぎ。
酔って気分がいくらか緩んでいたのだろう。
俺はスーツを脱いだあとにも、風呂の湯沸かしボタンを押そうとして──
(おいおい、あいつまた40度設定にしてるよ……)
俺は、いつも42度にしている。
別に風呂に入ってもらっても構わないが、そこはせめて戻しておいて欲しいものだ。
ふと、俺はソファでくつろいでいる女幽霊さんを見た。
相変わらず、俺のビールを飲んでいた。
にしても無防備だ。
俺のぶかぶかのシャツを着ているが、下は下着だけだ。
やれやれ……
「あのさぁ、」
「……」
「風呂上がったらでいいから、給湯器の温度あげといてくれるか?」
「……」
「おーい、聞いてんのか? そこの女!」
「!? …えっと、私?」
「お前以外ここに誰がいるんだよ! 給湯器! 温度!」
「は、はぁ…」
「あとな、せめてズボンくらい履け! 毎日毎日、パンツのままウロウロしやがって! 誘ってんのかコラ」
「あ、あのー」
「なんだよ!」
「…………私のこと、見えるんですか?」
「……」
「……」
俺は、女幽霊さんと、目があったまま固まっていた。
(あー、やべー)
全身から、冷や汗が溢れ出す。
なに普通に話しかけてるんだ、俺……。
(やっちまったぁああああああッ!)
「あのう……」
「あーいや……すまん。とりあえず、この話は後日改めてということで」
「はぁ、」
「じゃ、ごゆっくり!」
うっ──いきなり、吐き気が押し寄せてきた。
俺は急いでトイレへ、胃の内容物を吐き出した。
今日は、もう本当になにも考えられそうにない。
トイレを出て、女幽霊さんと目があった。
うん、あっちも困っている様子。
だよな……いきなり知らない男に話しかけられたら怖いよな、失敗した……
って、
(なぜ、家主の俺が気を遣わなきゃならなんだっ!?)
どうも、ただの泥水です。
アタマ空っぽにして書いたので、アタマ空っぽにして読んでいただければ幸いです。
ストックはまあまああるので、日々更新します!
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