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また会う時は、桜の樹の下で  作者: 八神 漣
1/2

桜、散る

この世は二つの世界に分かれている。地上にある下界と

天にある天界。そして、この話はまず天界から始まる。

ここ、天界は下界と比べて時の流れが遅く、下界での1年は天界では

10数年に値と言われている。

そして、ここには天界一美しいと言われている姫君がいる。

しかし、その姫君というの少々変わっていると言われていた。

噂によると、その方は姫君らしくない姫君なのだとか。

人前では決して威張らず、皆が皆平等である、という貴族の中では

珍しい考えの持ち主だった。

その為、周囲からはとても好かれている。

その姫君な名前は、桜耶ひめという。

廷内でも彼女は、決して姫君らしい振る舞いをしない。

というよりは、どこか男勝りな部分がある。

口調も女性よりは硬い口調で、多少の武芸も身につけている為か

そこらの男性より男性らしい。

このような形を見ると、誰も彼女が桜耶姫だとは思いもしないだろう。



 疲れた。毎日、机に座り書類とにらめっこしているせいか身体が先程から軋む。

少しは休ませて欲しいものだ。

そう思いながら私は一冊の本を手にして、窓際へと向かった。

窓の縁へ腰かけ、片足も縁に乗せ体勢を整えてから本を読み始める。

この時間が、一番落ち着く。

読み始めてからしばらく経った、その時だった。


「桜耶ー」


 外から名前を呼ばれ、私は声のした方に顔を向けた。

すると、そこには見慣れた3人の人影が見えた。

私を呼んだであろう人が手を挙げている。

それに応えるように、私も開いていた本を閉じ小さく手を挙げた。


「よッ!」

「お前達、今戻ったのか。お疲れさん。どうだった、

現地視察は」

「えぇ。結構、情報が得られました」

「そうか」

「おい、桜耶。お前、一応周りから姫って呼ばれてんだからよ。

もうちょいお姫さんらしくしとけ」

「やかましいわ」


 今更、変われる訳がないだろう。何年、この状態でいると思っているんだ。


「月、説得力がまるで無いですよ。桜耶姫をお前呼ばわりす奴が言える

ことではないじゃないですか」

「まったくだ」

「うっせ!」


 この3人がいるとどこであろうと賑やかだな。

この3人は、私直属の部隊の者達で第一小隊と呼ばれている。

大将の月、副将の海。そして、参謀の風。

その大将である月は、軍の中で一二を争う手練れだ。

私も、それを聞いた時は驚いた。

だが、実際はそう見えない部下思いの優しい奴だ。

自分のことは何でも二の次という考えの男だ。


「月、これでも姫なのよ」

「青蘭、お前いつの間にいたんだ」

「今、来た所よ」

「青蘭、あなたも大概ですよ……」


 まったく、好き勝手言ってくれる奴らばかりだ。

まぁ、退屈はしないがな。青蘭は、私の侍女兼秘書だ。

そして、幼い時からの付き合いである。

それにしても、本当に賑やかだ。

私は、この何気ない会話をしている時間が好きだ。

毎日毎日、会議に書類確認の繰り返し。

これに、見合いなんて入ったら……、なんて思うと鬱になる。


「とりあえず、報告したからな」

「あぁ、ご苦労だった」


私は、月達に手を振って見送った。3人の後ろ姿を見ながら

私は小さく呟いた。


「あいつらは毎日楽しそうだな」


 そういう私に対して、青蘭は盛大なため息をついた。


「桜耶。一応、わかってて言うけど月達は軍人なのよ」


 青蘭が呆れながらそう言い放つ。私は、それを黙って聞いていた。


「……青蘭、何が言いたい」


 尋ね返した時に出た声が、いつもより低くて多少驚いた。


「あんたは姫で、月はぐんじん。この意味わかるでしょう?」


 ここにいる奴等は、どいつもこいつも勿体つけるのが好きだな。

まどろっこしい。


「……だから、何が言いたい。はっきり言え」

「……月を好きになるなって言ってるの。あんたと月じゃ身分が違うの」


 そんなことは言われずともわかっている。私と月では身分が天と地程の

差があると言うことは嫌でも理解している。

周りから言われずともわかっているのだ。

……それでも、それでもだ。月のことが気になるのだ。

それが、何と言う名の気持ちなのか私にはわからない。


「……なんなんだ、これは」


 胸に消化不良を残したまま夜を迎えた。午後に寄越された書類を

一通り確認し終わり、一息ついていた。

どうしてこうも毎日毎日書類ばかり増えるんだ。

私は毎日、こんな紙切れを見て過ごすのか。

これから先もずっと。今まで通り書類確認をして、その書類に判を押し、

出たくもない会議に出てしたくもない見合いをする。

そう考えるとうんざりだ。つまらん毎日になることは間違いない。


「……月、か」


 その毎日の一部に月がいれば……。ふと、そんなことを考えた。

そうなれば、少しは楽しいかもしれない。


「そうなれば、今よりはいくらかマシか」


 そんなことを考えていた時だった。コツン、と窓に何か当たった音がした。

私は窓を開け、辺りを見渡した。すると、すぐ下に5人の人影があった。


「よぉ、桜耶」

「お前達、どうした。翡翠までどうした」

「海副将に誘われたんです」

「これから夜桜見物と洒落込もうと思ってな」


 海が手に持っていた数本の酒瓶を見せながら言う。

夜桜か、いいな。というか。


「青蘭、よく許したな」

「どこかの誰かさんの息抜きの為なら目を瞑るわよ」

「そうかい」

「許しもあることだしよ、桜耶も来いよ」


 月がニッと笑うものだから、私もつられてふっと笑った。


「わかった。今降りる」

「え⁉︎降りるってあんた⁉︎」


 青蘭が騒ぐより先に私は窓から飛び降りる。

青蘭の悲鳴のようなものは聞こえぬふりをした。

私は音もなく着地し、平然と5人の前へと歩み寄った。


「さすがです、姉上!」

「桜耶!あんたって子はもう!」

「桜耶嬢、さすがの身のこなしだな」

「翡翠!海!」

「青蘭、落ち着きなさい」

「そうだぜ、青蘭。今更、桜耶のおてんばが治るわけないだろ」

「そんなことわかってるわよ!もう……」


 青蘭は呆れるしかなかったのか、項垂れていた。

私はそれを横目に歩き始めた。そこは、私のお気に入りの場所で

春の季節が一番美しい場所だ。そこは、樹齢100年をゆうに超えている

桜の樹がある。やはり今年もきれいだ。


「すげぇ」

「見事なもんだな」


 私達は、その桜の樹の下で花見を始めた。

私は、風達と少し離れた枝の上で、桜の花を近くで眺めながら

静かに酒を飲んでいた。ふと、私の上に陰りができた。


「お隣よろしいかな?」

「月か」


 私は少し横に移動し、月が座れるくらいの間を空けた。

そこに腰を下ろす月。


「桜耶、どうした?」


 月が私の杯に酒を注ぎながら尋ねてきた。

勘付いていたか。月は話すまで逃すものかという顔でいる。

私は、諦めて考えていたことを月に話すことにした。


「これからも変わらず、こうやってお前達と過ごしては行けないものかと

考えていたんだよ」

「ほぉ、なんでまた?」

「おそらくだが……。これから先、私には今以上の見合いの話が

持ち込まれてくるだろう」


 月の顔が一瞬引きつったが、すぐに表情を戻した。

私は、気にせず話を続けた。


「それならば、いっその事これから先も独り身でお前達と

このように過ごしている方が息がしやすいと思ってな」

「だろうな」

「……月」

「ん?」

「これから先も、私の傍にいてくれないか?」

「……は?」


 月が素っ頓狂な声を出すので、私はおもわず__


「……駄目、か?」


 そう言った。すると、月はガクッと項垂れた。私は、

何かまずいことでも言っただろうか。

顔を上げたと思ったら、月の顔は心なしか赤いように見える。


「月?」

「……ッ。お、前なぁ……ッ!」


 月が決まり悪そうに、頭をガシガシとかく。

どうしたというのだろうか。


「……桜耶。……その言い方だとまるで、求婚の台詞だぞ」

「……は?……あ、いや、そういうわけでは!」

「わかってるよ。お前がそういう意味で言ったわけじゃねぇってことくらい」


 それでも尚、顔を赤くしてる月。つられて私まで赤くなってしまう。

いまだほんのりと赤い顔のまま、考え込む月。そして、何かを決意したのか

背筋を伸ばした。それから、月は私の方へと向き直り、真剣な面持ちで話し始めた。


「桜耶。今の俺じゃあ、まだ頼りねぇし、お前の力になれるとは到底思えねぇ。

それでも、俺は初めてお前と会ったあの日から今も昔もお前の助けになりてぇと

いつも考えてた。だから、これから先俺はお前の右腕だと自信を持って言える男に

なるように努力する。だから、お前もそう信じて待っていてほしい」

「……ありがとう。わかった、私も信じよう」


 そうひ一言、私は月に返した。すると、月は満足そうな優しい笑顔で

こちらを見てうなずいた。


「……桜耶に先に言われたら男としての面目が立たねぇよ」

「何か言ったか?」

「いーや?」


 私は不思議に思いながら、そのまま月と静かに酒を飲み続けた。

下の様子を見ながら、時折言葉を交わしながら。

そして、何も変わらないで続いていくだろうこの関係のことを考えながら。

……しかし、世の中そううまくはいかないらしい。



 花見から数日経ったある日。私は、相変わらず徹夜で書類に判を押していた。

その時、廊下がなんだか騒がしいことに気づいた。そして、だんだん音が近づいてきたな

と思った瞬間部屋の戸が勢い良く開いた。


「桜耶‼︎」

「姉上‼︎」

「なんだ、騒々しい」


 こっちは二徹で急ぎの書類の確認と判を押しているんだぞ。

正直言って、今お前達に構っている暇など私にはない。

下手したら三徹するかしないかの瀬戸際なんだ。


「話を聞いて‼︎」

「姉上‼︎」


 駄目だ、2人で一斉に話しているから聞こうにもさっぱり聞き取れない。


「わかった、話聞いてやるから落ち着け」

「これが落ち着いていられるわけないでしょ!」

「だから、青蘭。ゆっくり話せ!」

「月さん達が下界に追放されるって‼︎」

「……は?」


 今、翡翠は何て言った?誰がどこにどうされるって?

鼓動がだんだん早くなっていくのがわかる。


「……翡翠、今なんて言った?」

「月さん達が、下界に追放されるって……」


 ……月達が追放だと?しかも下界に?なぜ、そんなことになった。

私はその瞬間、一気に頭が真っ白になった。


「……誰が言っていた」

「琥珀様達……」

「琥珀のババア共だと……?」


 まさか、発信源が私の叔母達だとは予想もしていなかった。

私は、手に持っていた書類を机に叩きつけて窓を飛び降りた。

青蘭が私を呼んだと思ったが、その声を無視して地面に着地したと同時に走り出す。

向かう先は叔父と叔母がいるであろう本殿。門番の制止を無視して突っ込む。


「邪魔するぞ‼︎」


 そう言いながら屈強な扉を開け放った。中には叔父と叔母。

それと、いとこの氷雨もいた。


「桜耶、どうかしたか?」

「どうもこうもあるか!月達のことだ!」


 すると、3人はあぁ、そのことか。そのような表情をした。

ということは、青蘭と翡翠が言っていたことは間違いではないということ。


「月達を下界へ追いやる理由は何だ。あいつらの部隊が何か問題でも

起こしたか?起こしていないだろう!逆に役に立っているじゃないか!

下界に追いやる程のことをあいつらがしたか?していないだろ!」

「理由というか原因はお前だよ、桜耶」


 ……なんだって?月達が下界に追放される原因が私だと?

どういうことだそれは。


「……氷雨、それはどういうことだ」


 ……すると、氷雨は目を伏せて静かに言い放った。


「……月がお前を愛してしまったからだよ」


 氷雨の言葉に私は驚いて目を見開いた。

あいつ、そのような素振りなどひとつも見せなかったじゃないか。


「……何だよ、それ」


 もう訳がわからない。なんだってこうなるんだ。


「……月が」

「身分の差をわきまえろ、そうも言われていたよ」


 言葉をなくした。追放の理由が、私に恋情を抱いてしまっただけというもの。

恋情を持つのも軍人には許されないのか。相手を想うだけでこのような仕打ちを

受けないといけないのか。そんなもの……。


「……腐っている」

「何?」

「ここは腐っている!身分の差がなんだ!好きになってしまったものは

仕方のないことだろう!報われないとわかっていても、相手を思うくらい許せる

ことであろうが!なぜ、追放などしなければならない!想うのも許されぬのなら

ほとんどの者が追放されてしまうわ‼︎」


 ありったけの思いを全て吐き出した気分だ。こんな不条理が許されてたまるものか。

氷雨も叔父と叔母の方を見やっている。私の言うことにも一理あると。

だが、いつまでもここにいるわけにはいかない。


「……くそッ!」

「桜耶!待ちなさい!

「うるさい‼︎待ってなどられるか‼︎」


 私は周りの制止の声を振り切り、本殿を飛び出した。急いで月達を探す。

一言、あいつらに言ってやらなければ気が済まない。


「桜耶!待って!」

「姉上!」


 待っている暇など、今の私にはないのだ。その時、桜の樹の下で見慣れた

軍服の3人を見つけた。


「月‼︎」


 私がそう叫ぶと、振り向いた月はひどく驚いていた。なんで、ここにいると

言っているようだ。勢い余って、私はおもわず月に飛びかかった。


「あっぶねぇだろうが!」

「桜耶姫、お怪我は?」

「風!俺の心配もしろよ!」

「お前より桜耶嬢の方が大事だろ」

「ひでぇ……」


 私は、月に抱え込まれた身体を起こしありったけの力で月の頬を引っ叩いた。

その場に乾いた音が響く。風達も呆気にとられ固まっていた。


「ってぇ……、何すんだ!」

「馬鹿者‼︎」

「さ、くや……?」

「月、貴様、馬鹿だとは思っていたがここまで大馬鹿者だとは思わなかったぞ‼︎」

「な……ッ⁉︎」

「桜耶!少し落ち着きなさい!」


 いつの間にか追いついていた青蘭にそう言われ、私は呼吸を整えた。

落ち着いてから、月を見上げる。



「桜耶……?」


 私を見下ろす月。今までに見たことがないくらい情けない顔をしている。

私は、息をついてから月の胸へ額をつけた。


「桜耶……」

「……一人背負うな、馬鹿者」

「……」

「……主の許しもなく、勝手に私の前からいなくなるのは許さん。

残される私や、青蘭、翡翠のことも考えろ」


 月は黙って私の話を聞いている。いつもじゃ、ありえないくらい真剣に。


「……前に言っただろう。毎日がつまらないと。だが、お前達がいれば

少しは違うのかと」

「……悪い」

「……馬鹿者、私からただでさえ乏しい感情を取るのか。

それこそ、その名の通り人形だ」

「……」

「……信じて待てと言ったのはお前だぞ。私の右腕だと言い張れるように」

「あぁ」


 私は、言いながら俯いた。私は人より感情が乏しい。だが、

月は私をいつも笑わせようとした。そのおかげで、少しずつ感情を表に

出せるようになってきたと言うのに。このままでは戻ってしまう。

その時、月が私の背に手を回し抱きしめた。まるで、壊れ物を扱うかのように優しく。


「泣くな、桜耶。綺麗な顔が台無しだ」

「……誰のせいだ」

「俺だな」


 そいってケラケラと笑う月。人の気も知らないで。あいかわらず、

人を振り回すのが得意な奴だ。今回ばかりは、そうも言ってられないと言うのに。


「桜耶」

「なんだ」

「もし、桜耶が生まれ変わって下界に来たら……」

「来たら、なんだ?」

「また、会おうぜ」

「……ッ」


 月はずるい。私が嫌と言わないことを知っていて、そう聞いてくる。

本当にずるい奴だ。


「嫌か……?」

「何を今更、当たり前のこと……。私が生まれ変わり転生した時。

その時は、向こうの桜の樹の下で、あの日のように皆でまた花見をしようじゃないか」


 私は泣くまいと涙を必死にこらえ、引きつっているであろう笑顔で

そう告げた。そうでもしないと、今にもこの顔が崩れてしまいそうだからだ。


「あぁ、そうだな!」

「青蘭も桜耶姫を頼みますよ」

「……風もね」

「はい」

「翡翠、桜耶嬢をしっかり守れよ?」

「はい、海副将」


 各々が別れを告げ、私も覚悟を決めなければそう思った時だった。


「桜耶」

「なん……ッ」


 名を呼ばれ顔を上げると、月に口を塞がれた。これが最初で最後の口付けだ。

静かに、それでいて名残惜しそうにゆっくりと月の顔が離れていく。



「じゃあ、向こうの桜の樹の下でまた会おうぜ」

「あぁ」


 そういうと、月は立ち上がり私の手を引いた。私もそのまま立ち上がると、

その勢いで再び抱き寄せられた。そして、ゆっくりと離れた。離れ際に

頭を撫でられた。そのまま、月は風達と共に桜の樹の下の方へと向かって歩いていく。

桜に近づくにつれ3人の身体はだんだん光り出した。

より一層強く光り始めた時だった。月がくるりと後ろを振り返り、

月からは想像もつかない優しい笑顔で一言呟いた。

私は、月が発した言葉を読み取ったと同時に走った。

あの馬鹿者、それをなぜこのような時に言うんだ。


「桜耶‼︎」

「姉上‼︎」


 私には、2人の声は聞こえていない。

ただ、月の元へと必死に走るだけだった。

間に合え……ッ。


「月ッ‼︎」


 私は月へと手を伸ばしたが、その手は空を切った。

3人は無数の光の粒となり、私たちの前から姿を消した。


「……お前という奴はッ!どこまでも、どこまでも……ッ!」


 私は、3人が消えた桜の樹の下で膝をついた。

そこで、自分の無能さを嘆いた。

私は大切な者一人とて守れないのかと。


「……何が”愛してる“だ。言い逃げはズルいだろうが、馬鹿者……」


 その言葉と同時に、私の目から雫が1つ2つと落ちた。


「……私も、愛しているよ。……月」


 私はその場で泣き崩れた。

この涙が枯れるまで、この声が枯れるまで泣き続けた。

それから数日後、私はいつもの変わらぬ生活に戻った。


「桜耶姫、お疲れ様です」

「あぁ、お疲れ」

「桜耶姫様ー!お花どうぞ!」

「綺麗な花だ、ありがとう」


 月がいなくなってから1年経っても、いつもと変わらない生活だ。

いつも通り、書類の確認をして判を押す。ただ、それだけだ。


「桜耶姫様」

「なんだ」

「今年も綺麗に桜が咲きましたよ」

「……そうか」


 唯一、変わったことといえば。


「……桜耶姫様?」

「ん?どうした?」

「……泣いていらっしゃるのですか?」


 私は、知らず知らずに涙を流していた。

……またか。


「……桜耶姫様、笑わなくなりましたね」

「えぇ。月殿達がいなくなってから1年経った今でも一度も笑っておりません」

「桜を見ては、あぁ涙を流して」


 私は、いつのまにか笑わなくなっていた。

それどころか、大好きな花である桜を見るたびに涙を流すようにまでなってしまった。

3人のいない… …。いや、月のいないこの世は私にとって実につまらないものでしか

なくなった。

そして、私は見合いはすれども誰とも契りを交わすことはしなかった。

この長い生涯を独り身で過ごした。

それから、数百年経った頃。

私は、下界へと転生した。

だが、運命というものは残酷だった。

転生した私の記憶の中に、天界で過ごしていた時の月達の記憶が

何一つとしてなかったのだ。

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