姥捨て山
僕の意識が宙を漂っていた。
あのかぐや姫も、魔王の仮の姿だろうか?
僕はテッキリ地球に残るもんだと思っていたのに、予想の反応とは違っていた。
魔王に何かの変化が、起こっているのだろうか?
今居る世界は姥捨て山のようだ。
お腹が減らないのは良い事だが、何だか忙しない気分に成っている。
それに姥捨て山の話は、中学生の僕には重い話かも知れない。
僕には童話の姥捨て山の記憶はない。
僕の記憶に有るのは、多分昔話の姥捨て山の方だと思う。
老人を山に捨てる、子供を殺す、売る。
そんな話は世界中でゴロゴロしている。
食べる物が全くない時、生き残る為に生物がする事は、弱者を切り捨てる事だ。
それが例え不条理であっても、不合理とは成らないからだ。
魔王がいくら怒っても、この法則は決して変わらない。
ナゼならこれが生命が持つ、種の保存法則だからだ。
昔、山の麓にお婆さんが独りで住んでいました。
ある日、山に柴を刈りに来て見ると、どこかで赤子の泣き声が聞こえてきました。
お婆さんがあちこち探し回ると、草むらに隠れて男の赤子が捨てられていました。
「まあ、こんな山奥に捨てられて可哀想に。
私が一緒に連れて帰ってあげましょう」
お婆さんは早くにお爺さんと死に別れ、子供も居らず、独り寂しく家で暮らしていたのです。
お婆さんは泣く赤子を抱いて、自分の家へと連れて帰って行きました。
月日が経ち、赤子はドンドンと大きく成長し、今ではお婆さんと息子の二人で、毎日家の畑を耕して暮らしていました。
この国には若い殿様が居り、働けない年寄りを見つけて『これは要らない人間ではないのか?』と考え、国中にこんなお触れを出しました。
『六十を過ぎたる者、不要成る故に、山に捨てるべし』
喜んだのは、食う物にも困る貧乏な百姓さんたちでした。
少しも働けず、でも文句ばかり言う年寄りは、貧乏百姓の家では邪魔なだけです。
今までは、山に年寄りを捨てれば、世間から悪評が立ち、そのまま暮らし続けて行くのが難しく成りました。
でもこの殿様のお触れに逆らえば、処罰の対象に成ってしまいます。
大義名分が有れば、誰にも文句は言えません。
お触れが出たその日から、年寄りを背負った貧乏百姓たちが、山に登って年寄りを捨てて行くように成りました。
夜の山からは、大勢の年寄りたちが上げる念仏の声が、風に乗って麓の村まで届いて来ました。
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」
冬が近い夜の山は凄く冷えます。
やがて念仏を唱えるシワガレた声も、数日の裡に全く聞こえなく成ってゆきました。
拾われた息子も、働きが悪くなって来たお婆さんを山へ捨てようと考えていましたが、お婆さんはまだ五十九です。
そこで息子はお婆さんの事を『六十のお母さん』と毎日呼ぶように成りました。
お婆さんはやがて自分が六十だと思うように成って行きました。
ある日、息子がお婆さんを背負って山へと登り始めました。
「殿様のお触れで、六十を過ぎたら山へ捨てに行く決まりなんだ。
御免よ、お母さん。
そうしないと俺が処罰されるんだ」
息子は悲しそうな顔をして言いますが、その目が全然悲しそうで有りません。
むしろ嬉しさが込み上げて来るのを、必死で押さえて隠している雰囲気です。
息子はお婆さんを山に捨てると、サッサと山を下りて行きました。
残されたお婆さんは、いつも芝刈りに来ていた時に、偶然見つけた洞窟へとやって来ました。
この洞窟は入口が狭く、草の蔦で覆われている為、見た目だけでは発見する事ができませんし、奥行きも結構有って日光も射して割と中を見渡す事も出来ます。
ここには湧水も、鍋や包丁も、粟や稗の貯蔵も少し有りますし、寒い冬に備えて藁や厚着なども用意しておきました。
隣国が戦争の準備をしていて、もう直ぐこの国へ攻めて来る、と云う噂を聞いたお婆さんが、イザと云う時に息子と二人で逃げ込む為に準備していた隠れ家なのです。
「でも息子は、六十前で私をこの山へ捨てて行った」
そうです、お婆さんはワザと騙された振りをしていたのです。
「どうせ後1年の違いじゃないか」
お婆さんは自分にそう言い聞かせて、山で貯蔵の効く木の実や、食べられそうな草やキノコなどを探して歩き周りました。
実は既に隣国は殿様に対して『灰縄千束』の難題を出していて、『これが出来ぬと戦争だ』と脅されていたのです。
殿様はその難題が解けずに立て札を出しました。
『灰縄の作り方を教えた者に、褒美小判10両を与える』
息子は立て札を見て、褒美の小判10両に目が眩みました。
〈お婆さんなら知っているに違いない〉
山を登って必死にお婆さんを探し周り、柴を刈っているお婆さんを見つけました。
「お母さん、灰縄の作り方を教えてください。
この国の殿様に頼まれたのです」
「そうなのかい?
藁縄の輪を作って塩水の中に入れ、乾燃させてから燃やせば灰縄が出来るよ」
息子は礼も言わずに帰って行き、殿様に灰縄の作り方を教えると、小判10両を手に持って喜んで家へと帰りました。
勿論褒美の小判は独り占めです。
殿様は『灰縄千束』を隣国へ持って行き、何とか戦争を回避する事が出来たと思いましたが、また『打たぬ太鼓の鳴る太鼓』の難題を出されてしまいます。
『打たぬ太鼓の鳴る太鼓の作り方を教えた者に、褒美小判10両を与える』
息子は立て札を見て、また褒美の小判10両に目が眩みました。
〈これもお婆さんなら知っているに違いない〉
山をまた登って柴刈りをするお婆さんを見つけ聞きました。
「お母さん『打たぬ太鼓の鳴る太鼓』の作り方を教えてください。
この国の殿様にまた頼まれたのです」
「またなのかい?
蜂を数匹ほど捕まえて、太鼓の皮を緩めて蜂を中へ入れるんだよ。
そして皮を締めたら太鼓が勝手に鳴るよ」
息子はまた礼も言わずに帰って行き、殿様に『打たぬ太鼓の鳴る太鼓』の作り方を教えると、小判10両を手に持って喜んで家へと帰って行きました。
勿論褒美の小判はまた独り占めです。
殿様は『打たぬ太鼓の鳴る太鼓』を隣国へ持って行き、今度こそ戦争を回避する事が出来たと思いましたが、また『七曲りの竹に糸を通す』の難題を出されました。
今度は立て札が立ちません。
息子は殿様の家来に捕まって『七曲りの竹に糸を通す』方法を教えなければ、首を撥ねると脅されました。
息子は青い顔で山へと走って行きました。
柴を刈るお婆さんを見つけると、ホッと一息吐いて尋ねました。
「お母さん今度は『七曲りの竹に糸を通す』のやり方を教えてください」
「私は知らないよ」
「えー、何とか考えてくださいよー。
そうしないと俺の首が飛びますよ」
「いい加減にしなさい!
赤子のお前を山で拾って育てて上げたのに、歳を偽って六十前に捨てたり、私が教えた事で得た褒美の小判を独り占めしたり、何の礼も言わず、感謝の心もない。
恩を仇で返すなんて、人として最低であんまりでないかい」
+ - × ÷ = ¥
お婆さんの怒りの叫びで、僕は息子に変身していた。
あれ、何かおかしいぞ?
まだ話の途中だと思うのだが、ナゼここで入れ替わるのだろう?
童話的話の展開なら、年寄りには知恵が有って不要な人間ではない、って方向へ進み、ハッピーエンドを迎えると思うのだが、まだ年寄りの知恵が出切っていないぞ。
〈僕は魔王に何か試されているような気がして来た〉
なら僕の考え方を魔王に示しておこう。
僕は感情的な人間だが、普段は割と冷めて客観的に世の中を見ている。
姨捨て山は、食う為に生きるか、死ぬかの時代の話だ。
豊かな時代を過ごした僕の価値観で、これを判断する事自体が間違っていると思う。
だから僕自身は判断を下さない。
「分かりましたお母さん、今度は自分自身で考えて見ます」
山を下りて僕は『七曲りの竹に糸を通す』のやり方を考えた。
話本来のやり方は知らないが、要するに曲がりくねった竹に糸を通せば良いだけだ。
小さな石に糸を結びつけて竹の中に入れ、振ればその内、石は出て来るし、またこれが駄目でも小さな木の実に糸を通し、竹の中へこれを入れて、水につけて浮力を利用すれば糸は簡単に通るだろう。
僕は殿様に『七曲りの竹に糸を通す』やり方を教え、殺されずに済んだ。
殿様も『七曲りの竹に糸を通す』のやり方を隣国で見せて、今度こそ本当に戦争を回避する事に成功したようだ。
僕は殿様に『お年寄りの知恵でした』とか、全然言っていない。
僕自身は判断を下さず、傍観するつもりだ。
褒美の小判10両と、前回の20両を持ってお婆さんが居る山へと登って行った。
柴を刈っていたお婆さんを見つけ、声をかけようとした時に、山姥がお婆さんの後に現れた。
長い髪を振り乱し、白肌に眼を光らせ、大きく裂けた口が耳まで見える。
おそらく最初に捨てられた、老女の変わり果てた姿なのだろう。
きっと捕まれば、お婆さんは食われてしまう。
「お婆さん、後ろに山姥がいます、逃げてください!」
お婆さんは走って直ぐに逃げ出したが、山姥の足の方が速く、あっさりと捕まって転んでしまう。
僕は追いつくと、お婆さんの足に食らいつこうとする山姥の裂けた口の中に、持っていた小判を放り込んで食われるのを何とか防いだ。
山姥は口の中に有るのが小判だと分かると、そのまま口を押さえて山の奥の方へと急いで逃げて行った。
僕は草地に横たわるお婆さんを優しく抱き起こし、背負ってゆっくりと歩き出す。
「お婆さん、折角頂いた褒美の小判を全て失くしてしまいましたが、山で捨てられた者同士で、これから山の中で一緒に暮らして見ませんか?」
お婆さんは何も言わず、ただウンウンと息子の背中で静かに泣きながら頷いていた。