かぐや姫
意識が宙に浮かび上がった。
今居る世界は、かぐや姫のようだ。
あの一寸法師も、魔王の仮の姿なのか?
だとしたら魔王の気持ちが、少しだけ分かった気がする。
童話には以外と不条理な要素が多く、また現実世界にもそれは存在する。
きっと魔王が絶望したのは、この不条理が原因なのだろう。
小さな女の子が、不条理に対応出来るような力なんか持ってるはずがない。
周りに居る大人たちがそれに気づき、助けてやるしかないと思う。
でも女の子は誰にも助けて貰えずに、それで生きるのに絶望して、校舎から飛び降りたのだ。
それならこの童話国からの解放は無理でも、僕にでも出来る事は少しだけある。
かぐや姫は、竹から生まれた女の子が、月へと帰る話だ。
昔、月の大きなクレータの中に月光帝国が存在しており、現帝王は長期の病気の為に衰弱して今にも死にそうな状態だった。
帝王には二人の息子と小さな娘が居た。
「後継ぎを決めねばならん。
兄弟二人で話合って決めるがよい」
「これからは技術を発展させて、もっと帝国の規模を大きく発展させる事で、この国を豊かにして行くべきだ」
「いや、軍隊を大きくして帝国を強国へと生まれ変わらせて、他国との交易を有利に結ぶ方が、多くの利益を帝国内にもたらせる事が出来る」
帝国内の『頭脳派』は後継ぎとして兄の方を押し、また『体力派』は後継ぎとして弟の方を押し、帝内は二分して、陰謀渦巻く政権争いへと発展する事と成ってしまう。
兄弟の下には歳の離れた小さな妹がいた為、兄弟の後継ぎ争いに巻き込まれないように話し合った結果、地球へと送られる事に決まった。
転送装置の上に小さな妹が眠る籠が置かれ、兄弟たちは妹の小さな手を取って、別れを告げていた。
地球に居る仲間が、妹を無事に受け取って、きっと大切に育てて呉れる。
転送装置が作動し始めた時、どこかの部屋で爆発がした。
「くそ、誰かが妹を地球へ送る邪魔をしようとしている」
「ナゼ、妹を狙う、まだ小さな子供だぞ」
「そんなの知るか、そいつには妹が邪魔なんだろ」
爆発の振動のせいで、転送する為の月光線波の角度が僅かにズレたまま、装置の上の籠が消えてしまった。
「まずい、地球への転送予定地がズレてしまった」
転送用の月光線波は、地球の竹林の中へと放射されていた。
「妹を見つけた誰かが困らないように、金も多く送っておくんだ」
「分かった、直ぐに用意して来よう」
お爺さんは竹を細工して籠や笊を作る為に、竹林に竹を切りに来ていました。
加工するのに良い竹はないかと、探して周る裡に辺りが少し明るいのに気づきました。
「竹林の奥の方がナゼか光っておるぞ。
何かおるのかいな?」
お爺さんが近づいて行くと、そこには光る竹があり、側には見た事もない材料で作られた籠が落ちていました。
お爺さんが光る竹を切って見ると、中には三寸(約9㎝)ほどの小さな女の子が眠っています。
落ちてた籠を拾い、眠る小さな女の子を入れると、お爺さんはお婆さんが待つ家へと急いで帰って行きました。
お婆さんは、小さな女の子を見て喜びました。
二人には子供が居なかったからです。
「お爺さん、『かぐや姫』と名づけましょうよ」
「そうだな、良い名だ」
その後、お爺さんが竹を切りに行くと、竹の中から金がよく出て来ます。
お金持ちになった夫婦の元で、小さな女の子はドンドンと成長し、やがて美しき娘と成りました。
「家の娘のかぐやは、それは美しくてね。
夜になると、月のように光って不思議な美しさに包まれるのよ」
お婆さんはかぐや姫を、自慢したくて堪りません。
人に会う度に娘自慢をして歩き周ります。
その為、かぐや姫の噂は直ぐに世間へと広がりました。
夜にはその美しき姿を一目でも見ようと、名も無い男どもが屋敷に忍び込もうと現れ、それを追い払い、かぐや姫に気に入られようとする男たちが、屋敷の周りを護衛するようになりました。
かぐや姫は毎夜月の光を浴びて、悲しそうにしていました。
月の光の中に混じる、月光線波が月光帝国の現在の情報を乗せて、かぐや姫に知らせて来るからです。
月光帝国は兄支持の『頭脳派』と弟支持の『体力派』が戦う内戦状態へと突入し、毎日大勢の人の血が流され続けていた。
「この状態が続けば、月光帝国は滅亡するかも知れん。
兄さん、この争いを止める事は出来ないのか?」
「もう無理だ。ここまで組織が動き出したのなら、個人でどうにか出来るレベルではない、決着が着くまでは決して終わらないだろう」
「つまり兄さんか、俺か、どちらかが死ぬまでか?」
「ああ、多分そう成るな」
二人の兄弟は黙ったまま、お互いの顔を見つめ合っていた。
かぐや姫に、五人の男たちから結婚の申し込みが来ていました。
相手は簡単には断れない身分の為に、かぐや姫はそれぞれに用意する宝物を持って来た者と結婚すると云いました
『仏の御石の鉢』『蓬莱の玉の枝』『火鼠の裘』『龍の首の珠』『燕の産んだ子安貝』。
どれもこの世に本当に存在するのか分からない物ばかりですが、男たちはかぐや姫と結婚しようと必死で世界中を探し周りました。
しばらくして、宝物を見つけたと持って現れる者たちがいましたが、かぐや姫に全てが偽物と直ぐにバレてしまいました。
ある日、月光帝国の混乱を知った別クレータの宇佐戯国が、大軍を引連れて帝国に攻め込んで来た。
それまで憎しみ合うように殺し合い、争っていた『頭脳派』と『体力派』が、急遽手を取り合って協力し合い、宇佐戯国の軍隊と帝国軍とが戦う戦争へと変わって行った。
帝国軍は今まで国内が二分されていた事がまるで嘘のように、一致団結して宇佐戯国軍をやっつけてゆく。
だが内戦で消耗していた帝国軍は、宇佐戯国軍を退けるのがやっとで、このまま戦いが長引けば敗北する恐れも十分に有った。
また宇佐戯国軍の方も、このまま戦いが続けば自国への影響が大きく成って困る状態だった。
そこで月光帝国と宇佐戯国は、話合いの結果『お互いが平和を乱さない』和平条約を結び、その証しとしてお互いの王族の娘を嫁に出す事を約束して別れる事と成った。
かぐや姫は毎夜、大粒の涙を流して泣いていました。
月光の中の月光線波の情報で、下の兄が宇佐戯国との戦争で亡くなったのを知ったからです。
そして自分も、宇佐戯国の王族へと嫁ぐ事が決まったからです。
その為の月からのお迎えが、もう直ぐここへとやって来るでしょう。
「お爺さん、お婆さん、満月の夜に私を迎えに月から使者がやって来ます。
その時、私は月に帰らねば成りません」
お爺さんとお婆さんはかぐや姫の話を聞いて驚き、求婚していた男たちに助けを求めに行きました。
満月の夜、かぐや姫が居る屋敷の周りを、大勢の武士たちが取り囲み、守っていました。
山の上に浮かぶ大きな満月から、金色に光輝く月舟が、屋敷に向かって飛んで来ました。
驚いた武士たちが、弓を空に向けて引きますが、矢は全て届かずそのまま落ちてしまいます。
月舟から金色の月光が照射され、武士たちはそのまま眠ってしまいました。
月舟から転送されて、かぐや姫の兄が地上へと降りて来ました。
「妹よ、迎えに来たよ」
「ふざけないで!
自分たちの都合で、勝手に私を地球へと送りつけておきながら、今度もまた自分たちの都合で、相手国の王族へと嫁がせる為に勝手に私を迎えに来るなんて、あまりにも自分勝手過ぎるでしょう。
私の人生を自分たちの好きなように弄ぶなんて、あんまりでしょう!」
+ - × ÷ = ¥
かぐや姫の悲痛な叫びで、僕はかぐや姫の兄に変身していた。
〈今回は簡単だと思う。このままかぐや姫を地球に残して、僕はこのまま月舟に乗って月へと帰ればいいのだ〉
「変身、竹姫かぐや、月の悪い奴をやっつけちゃうぞ」
〈ナゼここで、変身する展開になるの?〉
かぐや姫は羽衣のような衣装に突然包まれ、『竹姫かぐや』へと変身した。
竹槍が何本も空中に浮かび、僕目がけて飛んで来る。
僕はこのマンガ的展開に付いて行く事が出来ずに、飛んで来る竹槍を避けて、ただ逃げ回っている。
お爺さんとお婆さんも、目が点になり、口をポカーンと開けて呆然としている。
竹姫かぐやが両手の指を広げて、僕の方へと向けた。
10本の指からは、竹串のロケットが連続して勢い良く飛び出し、竹姫かぐやが両手を振り回すと、竹串ロケットが屋敷中にばら撒かれた。
「ぎゃー、お尻に刺さった」
屋敷の茂みに隠れ潜んで、かぐや姫を覗き見していた男たちが、竹串に刺されて逃げ出して行く。
〈まだこんなに覗く奴が、隠れて居たのか〉
僕にも大量の竹串ロケットが襲いかかったが、知らずに張られた月光バリヤーが竹串を弾き返して呉れた。
「ふぅー、これで少しはスッキリしたわ。
これで思い残す事もないでしょう」
元のかぐや姫に戻った妹が云った。
「では妹よ、ここに残らないのか?」
「ええ、私は月へと帰ります。
私が帰らなければ、さらに多くの血が、月に流れるかも知れませんから」
かぐや姫と兄は、月舟の上へと転送されて行った。
月舟は方向を満月へと変えて、そのまま夜空を静かに飛んで帰って行く。
かぐや姫は、翻弄される運命に立ち向かうようだ。
後を振り返らないのは、自分の未練を断ち切る為なのか?
或いは、育てて貰ったお爺さんとお婆さんの二人に、自分の事を早く忘れてもらう為なのか?
かぐや姫の目からは、大粒の涙が流れ落ちていた。
そして月舟は、夜空に浮かぶ満月の中へと消えて行った。