一寸法師
また意識が宙に浮かぶ。
今度は一寸法師の世界に居た。
あの鬼ヶ島の鬼も、魔王の仮の姿だろうか?
一寸法師は、一寸(約3㎝)のサイズで生まれた子が、鬼をやっつけ、大きく成る話だ。
昔、子供を授かりたいと神様にお祈りをする夫婦がいました。
毎朝、神社へと出かけ、熱心にお祈りを繰り返しています。
「どうか私たち夫婦に、子供を授けてください。
男の子でも、女の子でも、子供が授かればそれ以上の贅沢は言いませんので、よろしくお願い致します」
熱心な祈りが神様まで届き、夫婦は子供をようやく授かる事が出来ましたが、生まれて来た男の子は一寸ぐらいの大きさしかありません。
「これはどう云う事だ?」
「あなたが『何でもいい』って云うからよ」
「俺はそんな事言ってないだろう『贅沢は言わない』って言ったんだ」
それから夫婦は、毎日のように喧嘩をして暮らすように成りました。
子供は一寸法師と名付けられ何とか育てて貰えましたが、背は少しも伸びず、生まれた時から全然姿が変わりませんでした。
お父さんに、薪を割れ、水を汲んで来い、庭を掃除しろ、雑草を抜け、廊下を拭け、と云われましたが何ひとつ出来ません。
お母さんにも、野菜を洗え、皮を剥け、米を研げ、火を起こせ、洗濯しろ、と云われましたがこれも何ひとつ出来ませんでした。
家の中でネズミが走り回るように成りました。
「おい、一寸。
ネズミを退治して来い」
一寸法師は父に屋根裏へと放り込まれ、天井の扉は直ぐに閉められてしまいました。
屋根裏は真暗で埃っぽく、息をしていると咳が出て来ます。
目もなんだか痛くて涙が出て来ました。
その時、暗闇の中に光る2つの目が現れました。
ネズミが居ます。
でも一寸法師は何の武器も持たずに、屋根裏へと放り込まれました。
「キィー」
ネズミが威嚇の声を上げました。
ネズミはまだ用心していますが、もし一寸法師が何も出来ないと知ると、直ぐに襲いかかって食べてしまうでしょう。
一寸法師はネズミから目を逸らさずに、ゆっくりと後退して行きます。
やがて暗闇で光る2つの目が消えました。
安堵の溜息を吐くと、突然暗闇からネズミが現れ、一寸法師目がけて飛びかかって来ました。
とっさに放ったパンチがネズミの目に当たり、その隙に一寸法師は少し後退して逃げましたが、直ぐにネズミが大きな前歯を突き出すように噛みついて来ました。
『食われる』と思った瞬間、天板の節穴が抜けて、一寸法師はその穴から下へと落ちてしまいました。
落ちた所は押入れの中で、一寸法師は布団の上に落ちて、怪我ひとつなく無事でネズミから逃げる事が出来ました。
そこにお父さんとお母さんの話す声が聞こえて来ます。
「あんなに役に立たない子供なら、要らないわ。
産まなきゃ良かったわ。
まだ猫を飼っていた方がマシよ」
「そうだな、全然大きく成らないし、そろそろどこかに捨てて来ようか」
一寸法師はお父さんとお母さんの話を聞いて、毎日が辛くて涙を流して暮らしていました。
「この家には、もうボクの居場所はないんだ。
お父さんとお母さんの望む通りに、ボクはこの家を出て行こう」
一寸法師は藁に針を入れた刀を腰に付け、お椀を近くの川まで苦労して転がし、箸を櫂代わりにして、川に浮かべたお椀に乗り込みました。
「お父さん、お母さん、今まで大変お世話に成りました。
どうかこれからもお達者で、お過ごしくださいませ。
ボクは都へ行って武士を目指すつもりです」
一寸法師は今まで世話になった家に向かって深々と感謝のお辞儀をしていました。
やがて川をお椀に乗って下って行くと、川の中から魚が現れて一寸法師をカラカいます。
「変な虫がお椀に乗っているぞ」
「ボクは虫じゃなくて一寸法師って云う者で、これから都へ行って武士になるんだ」
「へえー、虫でも武士に成れるのか?
それとも『武士』って云う名の虫になるのか?」
魚がしつこく一寸法師に付きまとうので、持っている箸で水面を叩くと、魚は素早く潜って逃げ、また別の水面から顔を出してカラカい始めます。
「やーい、変な虫が寝ぼけて、変な夢を見ているぞ。
そんな小さな虫が刀を振れるのか?」
一寸法師が腰の刀を示します。
「なんだ、ただの針じゃないか。
それでは何も切れやしないよ。
悔しかったらその針で、魚の俺を切って見ろよ」
一寸法師が腰の刀を抜いて、魚を刺そうとしますが全然届きません。
仕方なく、また箸で追い払います。
魚はこの鬼ゴッコが楽しいのか、喜んでさらにしつこくカラカって来ました。
「なんだ、もう諦めたのか?
そんな弱虫の虫で、本当に武士に成れるのか?」
魚があまりにもしつこいので、一寸法師は無視する事に決めました。
無視された魚は、今度はお椀の舟に自分のカラダをブツけて揺らして来ます。
一寸法師はお椀から落ちないように、しっかりとお椀の縁を掴みました。
一寸法師がずっと黙って魚を無視していると、詰まらなくなったのか魚がいつの間にか姿を消していました。
そのまま川を下る旅を続けていると、川べりにいる虫たちが、不思議そうな顔で流れるお椀とそれに乗る一寸法師を眺めていました。
慌てんぼのトンボは、餌と間違えて襲って来ましたが、一寸法師は慌てずこれを箸で追い払います。
やがて一寸法師は大きな都がある川下へと流れ着きました。
お椀の舟を降り、都の中を目指して歩いていると、目の前に大きくて立派な屋敷が建っていました。
〈ここならボクでも武士に成れるかも知れない〉
大きな門の下を潜り抜け、屋敷の中へと入って行くと、黒い顎鬚をつけたこの屋敷の主人が居ました。
「すみませんが、ボクをこの屋敷で雇ってもらえませんか?」
主人は辺りをキョロキョロ見回していますが、誰の姿も見えません。
「下です。足下におります」
主人が下を向くと、履く草履の前に小さな一寸法師が立っていました。
「何じゃ、そんなに小さくては、なんの役にも立たんわい」
この大きな都でも、一寸法師の居場所は見つからないようです。
その時、主人の可愛い娘が通りかかりました。
父の足下にいる一寸法師を見つけると、履物も履かず走り出し、父を突き飛ばすと一寸法師の前で蹲ります。
「きゃー何これ、カワイイ。
お父さん、これ私が頂戴いたします」
娘は返事も聞かずに、一寸法師を連れて行ってしまいました。
それから一寸法師は、この屋敷の娘の守り役としていつも側にいます。
勿論、屋敷の陰では『役立たず』『娘の玩具』と悪口を叩かれていましたが、一寸法師は立派な武士に成る為に、針の剣を毎日振り続けて訓練し、夜遅くまで多くの本を読んで勉強をして暮らしていました。
ある日、屋敷の娘がお宮参りに出かける事に成りましたが、あいにく誰の手も空いておらず『中止にしよう』と云う話に成りました。 だが、娘は『一寸法師がいるから大丈夫』と云って聞きません。
一寸法師はこれを聞いて嬉しく成りました。
「お嬢さんは、ボクを信用して呉れているんだ」
主人の説得も効き目がなく、娘は一寸法師を連れてお宮参りへと出かけていきました。
道中何事も起こらず、無事にお宮まで到着する寸前で、娘の前に大きな鬼が現れました。
「がっはっはー、娘がひとりで道を歩いていたら怖い鬼が現れるぞー。
もう現れているがなー」
「ひとりではない!
ボクがお譲さんの護衛だ」
鬼が不思議そうな顔で娘を覗き込みます。
「なんだ、腹話術か?」
首を傾げる鬼の足の指が、さっきからチクチクしています。
よく見ると小さな虫が、足の指を突っついています。
「何よアナタ、全然役に立たないじゃない。
知ってたらお宮参りなんか絶対に来なかったわ」
娘の言葉を聞いて、一寸法師は愕然としました。
鬼が一寸法師を指で弾き、そのまま娘を捕まえました。
娘は恐怖で気を失ってしまいます。
「がっはっはー、小さな虫のクセに、大きな鬼の俺様に何か出来ると勘違いしている。
これは笑える、がっはっはー」
「これじゃ、あまりにも酷いじゃないか。
ボクが何をしたって云うんだ。
ボクだって好きで、この小さなカラダに生まれた訳じゃない!
それを『役立たず』とか『虫』とか、散々《さんざん》好き勝手に云って、文句があるのならこのカラダを与えた神様に言えよ。
こんな小さなカラダで、何か出来る方がおかしいだろう、違うか?
鬼のお前なら、この小さなカラダでも何か出来るのか?
人が持つ定めを嘲笑うなんて、あんまりじゃないか」
+ - × ÷ = ¥
一寸法師の悲痛な叫びが終わる頃、僕は大きな鬼に変身していた。
〈今回はどうすれば良いんだ?
黙って一寸法師を飲み込んで、やられろって事か?
娘は気絶しているから、一寸法師さえ何とかすれば行けるのか?〉
「がはは、こんな虫は食べてしまえ」
僕は怒れる一寸法師を指で摘まんで、飲み込むふりをしながら袋の中へと放り込んだ。
袋の中から針が何度も突き出て来る。
「あいたた、痛い、痛い、止めて呉れ。
君がこんなに強いなんて知らなかったんだ。
許しておくれよー、降参するよ」
僕がその場に倒れ込むと、袋から一寸法師が転がり出て来た。
娘が意識を取り戻し、僕が置いた『打ち出の小槌』に気がつく。
「あら打ち出の小槌があるわ」
「お嬢さん、それでボクを大きくしてください」
「嫌よ、大きく成ったら可愛くないわ」
「そんなー、お嬢さん酷いよー」
ガックリと膝まづく一寸法師のカラダが、段々と大きくなってゆく。
一寸法師が後ろを振り返ると、大きな鬼が『大きくなあれ』と言って打ち出の小槌を振っている。
普通の大人の大きさに成った一寸法師が、鬼に聞いた。
「どうして鬼がボクを助けて呉れるの?」
「君が言う通り、悪いのは全部、神様のせいだからさ」
大きく成った一寸法師と娘は、再びお宮参りへと出掛けて行った。
この後二人がどう成るのか僕は知らないし、興味もない。
僕が気づいたのは、僕に演技の才能がない事と、神様のせいにすれば丸く収まると云う事だ。