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童話国物語  作者: 馬論
3/26

カチカチ山

童話国入口の門を通ると、僕のカラダはどこかへ消えてしまった。

今は意識だけが、俯瞰ふかんするように宙に浮かび、僕がカチカチ山の世界に居る事がナゼだか分かった。


確かカチカチ山は、悪戯いたずらタヌキがお婆さんのかたきつウサギに、ひどい目にわせられる話だ。




昔、のんびりした山のふもと田舎いなかに、おじいさんとおばあさんが二人で住んでいる家がありました。

この夫婦には子供がいなかったので、二人はいつもさびしい思いをして、毎日を暮らしていました。


今日も二人は朝早くから自分たちの畑で、せっせとくわを振って土を堀起ほりおこし、たがやしておりました。

歳をとるとアチコチの関節かんせついたみ出します。

特にお爺さんは腰痛持ちでした。


「あいたたた、腰が……」

お爺さんは腰が痛くて、畑にうずくまってしまいました。

「まあ、お爺さんが大変だわ」

お婆さんは肩を貸して、お爺さんをお家まで運び、布団で寝かせてやりました。


その後もお婆さんは、ひとりで畑を耕し続けていました。

その様子を草むらの奥で、最初からずっと見ていたのはのぞき屋のウサギでした。

「お爺さんもお婆さんも、大変だなぁ」

そう言ってどこかへ行ってしまいました。


実はウサギ以外にも、別の場所で二人を見ていた物がおりました。

それが悪戯タヌキです。


タヌキは二人が寂しそうにするのを見て、農具を隠したり、飼っているにわとりを小屋から逃がしたりする悪戯をよくしていました。


タヌキは自分が二人の子供に成ったつもりで、よく親に世話をかける子供をマネして、二人の寂しさをまぎらわせようと考えて悪戯をしていたのです。

だから二人が気づかぬうちに隠した農具も後で戻しますし、逃がした鶏も自分でちゃんと捕まえて元の小屋へと戻します。


けれどお爺さんとお婆さんには、そんなタヌキの優しさが理解できませんでした。

ただの悪戯タヌキだと思っています。


次の日、二人が朝起きて畑を見ると、畑が何者かに滅茶苦茶めちゃくちゃに荒らされていました。

これは腰を痛めたお爺さんの代わりに、タヌキが畑を耕したからです。


タヌキには、土を耕す目的も意味も分かっていませんでした。

だから鍬を持ち二人のマネをして、あたりかまわずひたすら土を堀起こしたのです。

覗き屋のウサギはそれを遠くから黙って見ていただけです。


いた種が無駄むだに成り、せっかく育っていた野菜も千切ちぎれて全部土に埋まっています。

これには、お爺さんとお婆さんも流石さすが堪忍袋かんにんぶくろが切れました。


お爺さんとお婆さんは棒を持って、悪戯タヌキを追い回しました。

タヌキは親切でしたつもりなのに、二人がナゼ怖い顔をして自分を追いかけて来るのか、それが全然理解できません。


タヌキが畑に逃げ込むと、そこには罠が仕掛けてありました。

片足を罠にはさまれ、激痛がタヌキを襲い、そのまま倒れてしまいました。


「婆さん、今夜は狸汁たぬきじるじゃ」

これを聞いてタヌキは震え上がりました。

〈ナゼ自分は殺されるのだ?〉


 狸寝入たぬきねいりを続け、お婆さんが包丁を取りに行ったすきをついて逃げ出しました。

その時、慌てたお婆さんが自分で転んで怪我けがをしました。


「ぎゃー」

お婆さんの悲鳴を聞き、駆けつけたお爺さんはタヌキが怪我をさせたと勘違いしましたが、お婆さんは寝込んでしまって、それが分かりません。 




 家で寝込むお婆さんや、畑で耕し直しているお爺さんを見ていた覗き屋のウサギがちかいました。

「私が二人のかたきを取ってやろう」 


 タヌキは二人の家を逃げ出した後、ずっと裏山に隠れていました。


次の日、ウサギがタヌキのいる裏山にやって来ました。

「タヌキ君、私と二人で柴刈しばかりに行かないかい?」

「柴を刈って、どうするんだい?」

「お爺さんとお婆さんの家に、持って行くんだよ」

「でもボクは捕まったら、狸汁にされてしまうんだよ」

大丈夫だいじょうぶ、近くまで運んでれたら、後は私が家まで運ぶから」

「それならボクもやるよ」


ウサギとタヌキは裏山を歩き回って沢山の柴を刈って集めました。

「よし、これだけあれば大丈夫だよ。

タヌキ君、背負って」


ウサギは少しの柴しか背負っていませんが、タヌキが背負う分には沢山の柴が積まれています。

それでもタヌキは文句も言わずに背負いました。

すると自分の背中から『カチカチ』と云う音が聞こえて来ます。


「ウサギさん、なんか変な音が聞こえない?」

「別に変な音は聞こえないよ」

ウサギはタヌキが背負う柴に、火打石ひうちいしで火を着けようとしていました。


「おかしいな、ボクには『カチカチ』と聞こえるんだけど」

直ぐにカチカチ音は聞こえなく成りましたが、今度は背中が何だか熱くなって来ました。


「ウサギさん、ボクの背中がすごく熱いんだ。

背負う柴を外すのを手伝って」

ウサギはタヌキが柴を背負う時に、落とさないようにと肩紐かたひも同士も結びつけていたのです。


「外せないよー」

タヌキは必死で外そうと努力しますが、結びが固くてほどけません。

そのうち熱くてたまらず走り出してしまい、地面を転がるように成りました。


柴の火が裏山の草木にも燃え移り、黒い煙が辺りをおおい、自分の身に危険を感じたウサギはひとりで先に逃げ出して行きました。


タヌキが必死で地面を転がったので、背中の燃えた柴が全部取れて、タヌキはやっと命の危険からのがれる事ができましたが、今度は裏山の草木が燃え広がっています。


タヌキは葉のついた枝で火を叩き、土砂をかけて必死で消火作業に務めました。

その甲斐かいあって裏山は山火事に成る事もなく、無事に火も消えましたが、タヌキはそのまま力つきて倒れてしまいました。

背中には火傷やけどで出来た火膨ひぶくれが沢山ありました。




タヌキが裏山の穴で寝込んでいると、ウサギがやって来ました。


「タヌキ君、とんだ災難に遭ったね。

私が火傷に良く効く塗り薬を、持って来たから塗ってあげよう」

「ありがとうウサギさん」

ウサギは唐辛子とうがらし入りの薬を、タヌキの背中にり込みます。


「ぎゃー、痛い。痛い」

タヌキは涙を流して痛がっていますが、それを見てウサギは笑っています。


「良く効く薬は、凄く痛い物なんだよ。

タヌキ君もこれで良くなるよ」

やがて痛がるタヌキのカラダがブルブルと震え出し、痙攣けいれんを起こしてタヌキは白眼しろめいて口から泡を吹き出します。

 ウサギは怖くなり、タヌキの世話もせずに、穴から逃げ出して帰ってしまいました。




ようやくタヌキの火傷はなおりましたが、背中には大きな火傷のあとが残りました。

無理にカラダを動かすと、時々背中が張って痛んだりします。


そこへウサギが釣り竿ざおを持って、またやって来ました。

「タヌキ君、また元気になって良かったね。

今日は怪我が治ったお祝いに、川へ魚釣りへ行こうよ」

「うん、いいよ」

タヌキはずっと穴の中で寝ていたので、退屈たいくつで仕方がなかったのです。


川に着くと木製のふねがありました。

「これだと一緒いっしょに乗るとしずんでしまうよね。

タヌキ君は泥で自分の舟を作れば良いよ」


ウサギは自分だけ木舟に乗って、サッサと川の中で釣りを始めます。

 タヌキは川べりで泥をかき集めて、一生懸命いっしょうけんめいに舟を作り始めました。


やがて泥舟が完成すると、水が直ぐにみ込まないように、舟の外側を太陽の光を当ててしばらく乾燥かんそうさせます。

タヌキはつかれていたので、知らない間に眠ってしまいました。


 しばらくしてウサギが戻って来て、タヌキの泥舟の底に小さな穴を開けました。 

そしてタヌキを無理矢理むりやりに起こします。


「タヌキ君、寝てたら駄目だめだよ。早く釣りを始めないと、これはタヌキ君のお祝いなんだから」

「うん、分かった」

タヌキは眠い目をこすりながら泥舟を川に浮かべます。

「タヌキ君、もっとこっちに来ないと魚が釣れないよ」

ウサギはタヌキを、川の深い場所へと誘導ゆうどうしました。


 しばらくすると泥舟の底に、水がまり始めました。

「あれっ、なんでだろう?

しっかりと乾燥させたはずのに」


泥舟の外側はしっかり乾燥させて固まっていましたが、内側はまだ完全かんぜんには固まっていませんでした。

そのせいで水にかった泥舟はくずれて、川の中に沈み込み始めました。


タヌキは泳ぎがあまり上手うまくありません。

アップアップしながらウサギの方を見て、必死で助けを求めています。


ウサギはその様子を見て、助けようともせずに笑っています。

「バカなタヌキ君だな、まだ気づかないのかい?

柴に火を着けたのも、タヌキ君の火傷に唐辛子をり込んだのも、泥舟の底に穴を開けたのも全部私なんだよ。

これはお爺さんとお婆さんに悪戯して困らせた君へのばつなんだよ。

畑をあんなふうに耕したら駄目なんだよ。

知らなかったのかい?

罰する私が、君を助ける訳ないだろう」


タヌキは必死にもがいて、なんとか自分の力で川のふちまでたどり着きました。

口から大量に飲んだ水を吐き出し、ハアハアと息を荒げて泣いています。




「これじゃ、あんまりじゃないか。

ボクは全部親切のつもりでやっていたのに、それが間違っていると知っていたのなら、ウサギさんはナゼそれをボクに教えて呉れないんだ。


しかも報道気どりで正義面せいぎづらしてボクを罰する?

ウサギさんはただ覗いていただけで、ボクたちには全然関係がない、まったくくの他人じゃないか!

そんな資格しかくが、どうしてウサギさんにあるんだよ。


それにボクがお爺さんとお婆さんにした事は、ボクが殺されても仕方がないような事なのか?

包丁で狸汁にされかけ、火を着け燃やされ、唐辛子で死にかけ、またおぼれて死にそうに成って……。


本当に悪いのは、覗き屋で正義面するウサギさんの方だろう!

ボクを殺そうとするなんて、あんまりだ」

 


 +  -  ×  ÷  =  ¥


 

タヌキが泥舟に乗って、怖い顔で僕をにらんでいた。

さっきまで宙に浮かんでいたはずなのに、気づくと僕は知らぬ間に木舟に乗っている。

両手を頭の方へと伸ばすと、そこには長いウサギの耳が生えていた。

ナゼなのか、僕はウサギに変身して木製の舟に乗っていた。


ウサギにひどい目に遭わされ泣いていたタヌキが、僕に反撃を開始した。

〈ひぇー、これが勇者の排除のやり方か、これは完全に冤罪えんざいだな、全く童話国の魔王は容赦しないな〉


タヌキは刈った柴を背負っており、両手を後ろに回して柴を取り出すと、その薪が勢いよく燃え上がる。


僕が乗る舟に、燃える柴が次々に飛んで来ては落ちる。

僕は急いで燃える柴を両手で拾うと、川の水につけて直ぐに消火した。


それから飛んで来る燃えた柴を、二刀流で川の中へと叩き落とし、足下あしもとで燃える柴を外へとり出し、舟が燃え出した箇所かしょを足でみ消して行った。


 タヌキは舟を燃やすのをあきらめると、今度は泥舟の泥をつかんで投げ出した。

 〈そんな事をしたら、また直ぐに泥舟が沈むぞ〉


 だが泥舟が沈む事はなく、大量の泥玉が僕を目がけて飛んで来ていた。

泥玉を柴で叩き落としても、衝撃で飛び散った泥が僕の顔に当たり、それがビチビチと痛い。


両手で盾のように防いでも、やはり泥はねて僕の顔が痛い。

顔にコビリついた泥で目が見えないその隙をついて、また燃える柴が飛んで来て、僕が乗る舟を燃やし、その炎が徐々に大きくなって僕のカラダを襲い出す。




バランスを崩したウサギが、ついに燃える舟から川の中へと落ちたが、全然浮かび上がって来ない。

『死んだの?』と心配になったタヌキが川の中をのぞき込んでいると、泥舟の底に大きな穴が開いて、そこから大量の水があふれ出て来て、一緒にウサギの姿が現れた。

「やはり、泥舟は沈まないのか」


ウサギはそう云うと抵抗ていこうするタヌキの足を掴んで、無理矢理に川の中へと引きり込んだ。

「うわー、今度こそ殺される」

タヌキは水の中で溺れ苦しんだが、それも直ぐに終わり、川べりの上にウサギと一緒に息を荒くしながら寝転ねころんでいる。


「タヌキさん、信じられないと思うけど、僕は君を酷い目に遭わせたウサギとは中身が違うんだ」

「違うって、どう云う事?」

「この世界とは違う、別の世界から来たんだ。

そこには『カチカチ山』って云う、悪戯タヌキがウサギに酷い目に遭わせられる話があるんだ」

「えー、ボクと同じような目に遭うタヌキの話なの?

そのタヌキは殺されるような、悪いタヌキなの?」

「いや、ただの悪戯タヌキだよ。

殺されるような事はしていないよ」


そうなのだ。

僕も初めてこの『カチカチ山』って話を知った時には、なんて酷い話なんだ、と思ったのだ。

 おそらく童話国の魔王も、全然笑えなかったに違いない。(元話では殺人狸らしい)


僕は嫌がるタヌキを連れて、お爺さんとお婆さんの家へと向かった。

タヌキを外に隠れさせて、タヌキがお爺さんとお婆さんに行った悪戯の意味や、畑を駄目にした理由なども話して聞かせた。


タヌキの気持ちを知っても駄目なら、諦めるしかないが、二人はタヌキを許して受け入れて呉れた。

僕はタヌキを呼び、自分の気持ちを相手にちゃんと伝えるように言った。


それからお爺さんとお婆さんとタヌキは仲良く一緒にいる事が多くなった。


そしてウサギの僕は、ナゼだか姿が消えてしまった。




童話のタヌキが悪い奴で、被害に遭ったお爺さんが仕返しをするならまだ話は分かるが、ウサギが出て来て仕返しをするのは、僕には到底とうてい納得出来ない。



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