赤ずきんちゃん
僕の意識は、赤ずきんちゃんの世界に居る。
この童話は、赤ずきんがお婆さんの家にお使いに行き、狼が赤ずきんを食べようとする話だ。
昔、赤ずきんちゃんと云う女の子が居ました。
赤ずきんはお母さんから、森のお婆さんの家に、これから毎日食事を届けるように言われていました。
お婆さんは病気で寝込んでしまい、しばらくの間ベッドから出て来れないので、それで赤ずきんが毎日食事を届ける事に成ったのでした。
その話を赤ずきんが住む家の側の茂みの中で、狼が聞いていました。
「ほお、これからあの美味しそうな女の子は、毎日森のお婆さんの家へ行く道を通るのか。
よし、森の途中で待ち伏せして、あの子を食べてしまおう」
狼はホクソ笑み、口から涎が止まりません。
しばらく茂みで待っていると、赤ずきんがお婆さんの食事が入った手提げ籠を持って、家から出て来ました。
赤ずきんが森の方へ行ったのを見て、狼も急いで別の道を通って、森の道の途中の草むらに隠れて赤ずきんが通るのを待ち伏せします。
しかし、いくらココで待っていても、赤ずきんはやって来ません。
そのうち狼は眠ってしまいました。
「はっ、俺は寝ていたのか?
赤ずきんはどう成ったんだ?」
狼は森の中に有るお婆さんの家まで行き、窓から中を覗いて見ました。
するとお婆さんが寝るベッドの側に、既に食事入り手提げ籠が届けられていました。
「しまった、俺が寝ている間に、もう届けてしまったんだ」
狼は眠ってしまった事を、とても後悔しました。
翌日、また赤ずきんの家の側の茂みに隠れて、狼が赤ずきんが森へ向かうのを待ちます。
しばらくして赤ずきんが家から出て来ました。
赤ずきんが森の方へ行くのを見て、狼も昨日の森の道の草むらに隠れて、赤ずきんが通るのを待ちます。
「今日は絶対に眠らないぞ」
狼は眠いのをずっと我慢し続けましたが、赤ずきんはやって来ず、ただ陽が暮れただけでした。
「絶対におかしい、赤ずきんはもしかして、この道を通らないのか?」
狼は首を傾げてしまいました。
〈どうすれば赤ずきんに会えるのだ?
よし、明日はずっと後をつけて見よう〉
翌日、家の側の茂みに潜み、赤ずきんが森へ向かうのを待ちました。
やがて赤ずきんが家から出て来て森の方へ歩いて行きます。
今日は先周りはしません。
ずっと赤ずきんの後ろから、隠れて追跡して行きます。
赤ずきんは、ちゃんと森の道が有る所まで歩いて行きました。
その時、奇麗な蝶々《ちょうちょう》が森の中から飛んで来ました。
赤ずきんはその蝶々に見とれていて、その場を動こうとしません。
蝶々がお婆さんの家とは違う、別の方向へと飛んでいきました。
赤ずきんもナゼか、その蝶を追って行きました。
「お婆さんの家は、そっちじゃないよ」
狼も赤ずきんを見失わないように、後を追いかけて行きました。
蝶々が花に停まってしまい、全く動かなくなると、赤ずきんもやっと歩き出しました。
今度こそお婆さんの家の方向だと思えば、赤ずきんは奇麗な花を摘み出して、花の冠を作り出しました。
花の冠が完成すると、自分の頭に乗せて、また森を歩き出します。
「今度こそ、お婆さんの家へ向かってくれ」
狼はそう願いましたが、赤ずきんは道草ばかりして、全然お婆さんの家へ向かおうとしないのです。
これでは、いくら森の途中の道で待っていても、赤ずきんには会えないはずです。
ならばここで赤ずきんを襲って食べてしまうか、と一瞬考えた狼ですが、ここら辺は他の狼の縄張りです。
もしその事がバレてしまえば、狼もただでは済みません。
やはり自分の縄張りの、森の道を赤ずきんが通るのを、待つしか有りませんでした。
「本当に道草ばかりして、赤ずきんは悪い子だ。
赤ずきんのお母さんに言いつけてヤルぞ」
勿論そんな事は狼には出来ません。
ただの愚痴でした。
でも赤ずきんが森の道に来ない訳が、ようやく狼にも分かったのです。
「寄り道ばかりする赤ずきんにも、何か良い方法が有るはずだ」
翌日、また家の側の茂みで赤ずきんが家から出て、森へ歩いて向かうのを追跡しました。
今日も赤ずきんは、森の道の所まで歩いて来ました。
「あら、地面に何か書いて有るわ」
赤ずきんが地面を見てみると、そこには『この500メートル先に良い物が有るよ』と書いて有ります。
赤ずきんはその通りに、森の道を歩いて行きます。
狼はその様子を見て『これで赤ずきんも俺の縄張りを通る』と確信して、自分の縄張りが始まる森の道の途中の草むらに、隠れて赤ずきんが来るのを待ちました。
しかし、いくら待っていても、やはり赤ずきんはやって来ませんでした。
「おかしい、ナゼ来ないのだ?」
次の日は、『この500メートル先に美味しい物が有るよ』
また次の日は、『この500メートル先に宝物が有るよ』
と書いてみましたが、やはり赤ずきんはやって来ませんでした。
「まさか赤ずきんは、文字が読めないのか?」
狼はこの事実に驚いてしまいました。
赤ずきんは難しい事大嫌いな『勉強サボり魔』だったのです。
だから赤ずきんはヒラガナしか、読む事が出来ません。
これでは、狼がいくら待っていても、道草大好きな赤ずきんが来ない訳です。
それでも狼は諦めませんでした。
もう意地でも赤ずきんを食ってやると、さらに張り切りました。
翌日、赤ずきんが家から出て森の道の所まで歩いて行くと、なんと美味しそうな果物のブドウが、お皿に乗って地面に置いて有りました。
「あら、私の好きなブドウが置いてあるわ。
私が食べても良いのかしら?」
普通の子供なら、そんな怪しいブドウを食べようとは思いませんが、赤ずきんはちょっと違います。
まずブドウを手に取って、臭いを嗅いで見ます。
「別に変な臭いはしていないわ」
次に少しブドウを舐めました。
「異常はないわね」
今度はちょっとだけブドウを齧りました。
「うん、普通に美味しいわ」
赤ずきんはそのままブドウを、食べてしまいました。
そして森の道を初めて先に向かって歩き出したのです。
次の場所には、お皿の上にミカンが置いて有り、その少し先からが狼の縄張りに成っているのです。
赤ずきんがブドウを食べるのを隠れて見ていた狼は、今回こそ赤ずきんがやって来ると確信し、道の草むらに隠れて赤ずきんが来るのを待ちました。
でも、いくら待っていても赤ずきんは来ませんでした。
「ナゼ来ないのだ?」
実は赤ずきんは物臭な性格で、ミカンは皮を剥くのが面倒臭いと、また道草を始めてしまったのです。
狼は悩みました。
お婆さんの家で待てば、間違いなく赤ずきんがやって来ます。
だがその為には、あの不味そうなお婆さんを食べてしまう必要が有るのです。
「うーん、やはりあの不味そうなお婆さんは食いたくないな」
それでは、何だか赤ずきんに負けた気がします。
小さな女の子に負けるなんて、狼としての自分のプライドに傷がついてしまいます。
狼は赤ずきんが何に興味が有るのか調べ始めました。
しばらく赤ずきんの家の側に隠れて観察を続けていると、意外な事に赤ずきんはお金に、敏感に反応するのが分かったのです。
「よし、こうなったら次はお金しかない。
お金を森の道に並べて行こう」
次の日、狼がしばらく茂みで待っていると、赤ずきんが手提げ籠を持って家から出て来ました。
赤ずきんが森の方へ歩いて行くのを見て、狼も急いで別の道を通って、森の道の入口へとたどり着きました。
狼は持って来た小銭を、森の道へと間隔を開けながら置いて行きます。
そうして自分の縄張りが始まる、森の道の途中までやって来ました。
狼にとってこのお金は手痛い出費に成りますが、自分の狼としてのプライドを守る為には仕方がないのです。
狼は森の道の途中の草むらに、隠れて赤ずきんが来るのを待ちました。
しばらくして赤色頭の人影が見えて来ました。
とうとう赤ずきんがココへやって来たのです。
狼は喜び勇んで草むらから飛び出て行きました。
「赤ずきん、お前を食べてしまうぞ!」
狼の目と相手の目とが合いました。
なんとそこに居たのは、赤色の猟師帽を被ったハンターでした。
そのハンターが、小銭を拾って歩いていたのです。
ハンターは狼を見て、猟銃を構えました。
狼は一目散に逃げ出して行きます。
ダーン
猟銃が火を吹きましたが、弾は狼の頭上を追い越して行きました。
狼はすぐ側の草むらに飛び込み、身を低くして姿を隠して、さらに奥へと逃げて行きました。
「いくら森で待っても、赤ずきんはやって来ないし、いくら俺が頑張って見ても赤ずきんには会えない。
道草はするわ、文字は読めないわ、面倒臭がりだわ、お金を用意しても来ないわ。
それじゃ、あんまりじゃないか」
+ - × ÷ = ¥
僕はナゼか赤ずきんに変身していた。
狼は自分の縄張りで有る森の道の途中で赤ずきんを待ち伏せする事を諦め、ついに森のお婆さんの家へ行って、病気のお婆さんをペロリと食べてしまった。
それからお婆さんのベッドで、赤ずきんが来るのを寝て待つ事にしたが、狼は知らぬ間に寝てしまい、目覚めた時にはベッドの側に食事の手提げ籠が既に置いて有った。
「また、赤ずきんに会えなかった」
だが病気のお婆さんを食べてしまったせいで、今度は狼自身が病気に成り、ベッドから動く事が出来なく成ってしまった。
しかもこの病気は、ナゼか直ぐに眠たく成ってしまうようだった。
だから赤ずきんが届けてくれる食事が無くなると、おそらく狼も飢えて死んでしまう。
そのうち狼は、自分が眠っていて会えないけれど、毎日食事を届けてくれる赤ずきんに、感謝するように成った。
「赤ずきんちゃん、毎日ありがとう」
狼の目からは涙が零れていた。
赤ずきんに成った僕は、狼がお婆さんに化けているのを知って、それから食事の中に毎回睡眠薬を混ぜて届けていたのだ。
しばらくして狼の病気も治り、赤ずきんに感謝している狼は、食べる事をやっと諦めて、お婆さんの家から姿を消した。




