ヘンゼルとグレーテル
僕の意識は、ヘンゼルとグレーテルの世界を漂っている。
この童話は、姨捨山の子供版で、子供が森へ捨てられる話だ。
昔、森の貧乏な樵夫婦の家にヘンゼルとグレーテルの二人の兄妹が居ました。
「もうこの家には、食べる物が何も残っていないわ。
このままでは4人共、全員飢え死にしてしまうわよ。
アナタ、仕方がないから明日、子供たちを森の奥に捨てて来て頂戴」
「そんな可哀想な事を云うなよ」
「じゃあ、どこかで食べる物を手に入れて来て頂戴。
そうすれば子供たちを捨てずに済むわ」
「いや、明日一番に森の奥へ捨てに行こう」
それを妹のグレーテルが家の窓の外で聞いていました。
「お兄ちゃん、夜に光る白い石が有るでしょう」
「ああ、あの石か。
あれがどうしたんだ?」
「あの石を今から沢山集めて来て」
「あんな石を集めてどうするんだ?
腹が減っても食えないぞ」
「いいから、直ぐに沢山拾って来て!」
兄のヘンゼルは、妹のグレーテルが怒りだすのが怖いので、急いで森の道端に落ちている、白く光る石をポケットに集めて周りました。
次の日、ヘンゼルとグレーテルは父に連れられて、森の奥深い所までやって来ました。
グレーテルはここまで白く光る石を、目印に落として来ています。
だからここで捨てられても、家までの帰り道は分かります。
父が何でかキョロキョロと、周りを見ては何かを探しています。
「お父さん、何を探しているの?」
「いや、道が分からなくなってしまってな。
どうしたらいいのか、分からなくてな、ははは」
グレーテルは父に呆れました。
成程、家が貧乏な理由が今グレーテルにも分かったのです。
「お父さん、こっちよ」
グレーテルは目印の白く光る石をたどって、父と兄のヘンゼルとを連れて自分の家まで帰って行きました。
父が家に帰り着くと、母が『何で?』と云う顔をしています。
「いやあ、何だか急に可哀想になってな」
「アナタ、何バカな事を言ってるのよ」
母はイイ訳をして子供を連れ帰った父に、カンカンに成って怒っていました。
グレーテルはそんな二人を、呆れて見ていました。
次の日、母がヘンゼルとグレーテルを連れて別の森の奥深くへとやって来ました。
「いい、二人とも私が食べる物を手に入れて戻って来るまで、絶対にここで待ってるのよ。絶対によ」
母は二人に念を押して、どこかへ行ってしまいました。
4人共昨日から何も食べていません。
動くとお腹がよけいに空くので、ヘンゼルとグレーテルもその場を動かずにずっと待っていました。
陽が傾き始めた頃、ついに妹のグレーテルが動き出しました。
「グレーテル、どこへ行くんだい?」
「目印の白く光る石を確認するのよ」
グレーテルは今回も、道に目印の白く光る石を落として来ました。
グレーテルが最後に、目印の白く光る石を落とした場所を探して見ましたが、どこにもあの石が見当たりません。
「やはり母さんには通用しないわね」
「どうしたんだグレーテル、何か食べる物でも見つかったのか?」
兄のヘンゼルが、間抜けな事を聞いて来ます。
〈父も兄も、どうして家の男どもは、こうも間抜けなんだろう?〉
グレーテルも何だか腹が立って来ましたが、お腹が空くので怒るのを止めました。
どうせ家へ帰っても食べる物は有りませんし、例え帰れても、また捨てに来られるだけです。
「お兄ちゃん、食べれる物を探すわよ」
「よし分かった!」
兄のヘンゼルは急に元気に成りました。
妹のグレーテルは、兄のこの能天気な明るさが割と好きです。
グレーテルの深刻に成る気分が、バカらしくなるぐらい気分を軽くしてくれるのです。
ヘンゼルとグレーテルは、森の中を歩き回って野イチゴを見つけました。
まず兄のヘンゼルに食べさせます。
貧乏人の胃袋は、少々の物では腹痛を起こさないのです。
流石に毒は無理ですが、腐りかけ程度ではビクともしません。
野イチゴを食べた兄のヘンゼルの様子を見て、妹のグレーテルも野イチゴを食べました。
兄はグレーテルの毒味役です。
「お兄ちゃん、ヘビがいたわ」
「よし、俺に任せろ」
ヘンゼルは先がY字型の木の枝でヘビを押さえ込むと、石で頭を叩き潰しました。
火打石で火を起こし、皮を剥いで棒に差して焼き、また兄に毒味をさせます。
ヘンゼルとグレーテルは、何とか飢えずに
森の中をサ迷い、二人が知らぬ間に見知らぬ不思議な森の中へとやって来ていました。
その森の中でヘンゼルとグレーテルは、食べ物で作られた家を見つけました。
壁がパンで、屋根はクッキーでしょうか。
何だか甘い匂いも漂っていました。
気がつくと二人は、その家に夢中で齧りついていたのです。
兄のヘンゼルがパンの壁に大きな穴を開けると、中には独りの老婆が住んでいました。
「私の家に穴を開けるなんて、なんて酷い事をしてくれたんだい!」
「わあ、ごめんなさい」
二人は逃げ出そうとしましたが、直ぐに老婆に捕まってしまいました。
実を云うとこの老婆は、子供を殺して食べる悪い魔女だったのです。
兄のヘンゼルは、小さな鉄で作られた牢屋の中へと入れられてしまいました。
「こっちの男の子は痩せ過ぎだから、もう少し太らせて、脂をつけてさせてから食べようかね」
それを聞いて二人の顔は、真っ青に成りました。
「お前が皆の料理を作るんだよ。
今、調度燃やす薪を切らせているんだ。
この斧で丸太を割って、新しく薪を作りな」
老婆が一つの古びた鉄斧を、グレーテルに渡しました。
グレーテルは家の外に出て、丸太を薪にする為に古びた斧を振るい、涙ながらに沢山の薪を作りました。
それからグレーテルは煮物を作る為に、大鍋を井戸から汲み上げた水で満たし、薪に火を点け、湯を沸かさなければ成りません。
まだ小さな女の子のグレーテルには、重労働でしか有りませんが、老婆に逆らえば直ぐに殺されてしまうでしょう。
家に有った色々な野菜の皮を剥き、包丁で切り分けて、大鍋の中へと放り込んで、長い棒のようなシャモジを使って、ゆっくりと混ぜてゆきます。
一方、老婆は家の壁に空いた穴を塞ぐ為に、パン焼きの竈を準備して、小麦粉からパン生地を作っていました。
陽が沈み、辺りが暗く成り始めた頃、家の穴は新しいパンで塞がれ、中央のテーブルには、グレーテルが作った野菜スープとパンが並びました。
勿論兄のヘンゼルの牢屋にも野菜スープ入りのお椀とパンが置かれています。
むしろヘンゼルが食べる量は、普通よりも多いくらいです。
食べる為に早く太らせてしまおう、と云う事なのでしょう。
兄のヘンゼルには、それが良く分かっていないのか、食事の量の多さに喜んで食べています。
「俺、こんなに沢山な食事を一度に食べるなんて初めてだよ。
捕まって良かったかもな」
やはり兄のヘンゼルは、どんな時でも能天気でした。
そんな毎日が続き、兄のヘンゼルは牢屋の中で動き回る事も出来ずに、運動不足で急激にブクブクと太って行きました。
「よし、もう十分に脂が乗ってるね。
とても美味そうだよ、ひひひ」
老婆が牢屋の鍵を開けて兄のヘンゼルを出そうとしますが、太り過ぎて牢屋の扉に閊えてしまい、外に出る事が出来ません。
老婆は斧を持ち出して来ました。
「仕方がない、これでこの子を切断しよう」
老婆が斧を振り上げると、グレーテルがその斧に飛びつき、斧を老婆から取り上げました。
「やめて、お母さん」
グレーテルは、老婆が渡した古びた鉄斧を始めて見た時、それが樵をしていた父の斧で有る事に気づいていたのです。
「お母さん、まだ気づかないの。
ワタシは妹のグレーテルよ。
そして牢屋に居るのが兄のヘンゼルなのよ」
「そんなバカな話が有るものか、嘘を吐くでない。
あの子たちはもう数十年前に、森の中でとっくに死んだわ」
「ナゼかはワタシにも分からないけど、兄とワタシはその数十年前の過去から、ここに迷い込んでやって来たのよ」
「ふん、例えお前たちが私の子供で有っても、食べる事には変わりないよ」
その言葉を聞いて、グレーテルはとても悲しく成りました。
「私たちだって、好きで生まれて来たんじゃないわ。
それを自分の子供だからって、都合が悪くなると好き勝手に森に捨てて、今度は自分で食べようと云うの。
それじゃあ、あんまりじゃないの」
+ - × ÷ = ¥
グレーテルの悲しみの声が響く時、僕は老婆へと変身していた。
〈何だ今回はSF的展開なのか?〉
斧を持ったグレーテルが、老婆の僕を睨んでいる。
「アナタに食べられるぐらいなら、ワタシがアタナを殺してあげるわ」
グレーテルが斧を振り上げて、僕に襲い掛ったが、老婆の僕がヒョイと避けるとは思っていなかったのか、斧を振った勢いのままパン焼きの竈に向かって突っ込んで行く。
僕は咄嗟にグレーテルの襟首の生地を後ろから掴んで止めた。
「ぐぇっ」
首が絞まったので、グレーテルは苦しそうに涙を流していた。
姥捨て山の時は、山の中でお婆さんと一緒に暮らす事にしたが、この3人は例え親子と云えど、老婆の僕は子殺しの人食い魔女だ。
だから3人で、一緒に住む事は出来ない。
「僕はどこかへ出て行くから、ヘンゼルとグレーテルの兄妹で、仲良くこの家で暮らしなさい」
僕はそう云うと、この家を出て行った。
兄のヘンゼルは痩せると牢屋から出て来て、父の古斧を持って樵に成った。
妹のグレーテルは家の家事仕事をして、二人で暮らす家をしっかりと守って、今でも仲良く一緒に暮らしている。