裸の王様
僕の意識は、裸の王様の世界に居た。
この童話は、服の仕立て屋に騙された王様が裸で街を歩く話だ。
昔、ある国のお城にひとりの王様が暮していました。
この王様は、いつも言い訳をしては自分を甘やかせる癖に、他人には常に厳しく当たるのでした。
さらに何か自分に都合が悪い事が有ると、直ぐに見知らぬ他人の所為にもします。
王様の口癖はいつも『お前が悪いんだろ』
『お前のせいで、こう成ったんだろ』と、全て自分の失敗を、他人へと責任転嫁していました。
王様はいつも自分が好きな甘い物を食べ、カラダは常にブクブクに太っています。
でも王様は自分が太っているとは、少しも思っていませんでした。
大きなダブダブの金ぴかに光る派手で高級な服を毎日着ては、いつも周りに居る者たちに自慢して回りました。
王様は自分の事を、カッコイイ人間だと思っていたので、着る服を変えてはお気に入りのポーズを取るのが、大変好きでした。
もし自分の着る服やポーズが決まった、と思うと直ぐに画家を呼んで、自分の肖像画を描かせていました。
その王様自慢の肖像画は、数え切れないぐらい有って、お城の通路にはズラッと並ぶように飾られ、大広間に行けば見上げる程の巨大な王様一番の自慢の肖像画を見る事もできました。
「うーん、いつ見ても儂はカッコイイな」
家来たちは、王様の目はきっとおかしいに違いないと思っていましたが、そんな事は口が裂けても云えませんでした。
もし云えば、次の日には姿を消しているでしょう。
王様は絵を描くのもとても好きでしたが、絵は決して上手では有りません。
むしろ誰もが下手と認めるレベルでしたが、自分では非常に上手いと思っているので、詰まらない落書きのような絵を描いては、他人に見せて周ります。
そして絵を褒めない者には、後で処刑される場合も有り得ました。
一番困るのが、感想を聞かれても、何の絵なのか分からない事です。
もしネコの絵を『可愛いイヌですね』なんて褒めてしまうと、命の保証が有りません。
だから絵を褒めるのも、命掛けに成ります。
聞かれて具体名を出すのは、自分で自分の首を絞めるような物です。
探り、探り、王様の言葉を引き出し、何が描かれているのか、確信を得なければ迂闊な言葉は出してはいけません。
一番良いのは、王様が手に紙を持っている時には、間違っても近づかない事でした。
王様は贅沢でしたが、他人にお金を使うのは大嫌いで凄いケチでした。
自分で食べる分には大金を浪費するのに、他人が食べる分は必ず一番安い物を買わせるのです。
もし他人が美味しそうな物を食べているのを発見すると、何も言わずに強引に奪い取って食べてしまいますし、もし自分が食べる分を誰かが知らずに少しでも食べでもしたら、即処刑されてしまいます。
この王様は特に食べ物には、特別に煩いのです。
だから小さな事にも拘ります。
『そっちの肉の方が少し大きい』とか、『そっちの果物の方が美味しそうだ』とか、兎に角他人の方が、良く見えるのです。
例え交換しても、その直後から『やはりそっちの方が少し大きい』とか平気で言い出します。
そのせいで料理はいつも同じ分量で、多めに作る事に成るのです。
どれを取っても殆ど同じ物なのに、一番良い物を食べようと、貪欲に喰らいついて来るのでした。
王様は、歌うのも好きでした。
割と良い声をしていて、太いカラダに響かせて大音量で歌うのですが、ただ凄い音痴なのです。
その音の外し方が異常な程、極端に外れてしまうので、何の歌を歌っているのかよく分からなく成ってしまいます。
もし王様に捕まって、自慢の歌をずっと聴かされでもしたら、耳がおかしく成ってよく聞こえなく成り、次の日には寝込む場合も有るのです。
だから王様の歌声が聞こえ出したら、『直ぐに逃げろ』が城に務める人間の暗黙のルールでした。
もし酷い先輩がいれば、自分が逃げる為の囮に利用されてしまう事もよく有る話でした。
ある日、お城に素晴らしい服を仕立てると云う男が現れました。
その男が王様を一目見るなり、言いました。
「王様はなんと素晴らしい、おカラダをしているのでしょうか。
その美しいおカラダを、さらに美しく見せる為の服を是非、私に作らせてください。
まるで見えないぐらいに透明で、何も着ていないように軽い、大変素晴らしい世界でただひとつの服なのです」
「そうか? そんなに凄い服なら儂も着て見たい。
ならば頼もう、直ぐに仕事に取り掛かってくれ」
「分かりました王様、世界一の素晴らしい服を持って来ます。
しばらくの間お待ちを」
男はそう言うと、お城を去って行きました。
しばらくして、またあの男が城に姿を見せました。
今度は手に大きな箱を持って、王様の前へとやって来ました。
「素晴らしい世界一の服が完成しました。
王様に是非着て頂きたくて、急いで持って来ました」
「おお、そうか早速、儂に見せてくれ」
男が箱から何やら取り出しますが、その手には何も見えません。
「どうです、まるで何もないように見えるぐらいに透明でしょう?
素晴らしい王様なら、きっと分かると思いますが」
「おお、儂にも何となくその素晴らしさが分かるぞ」
「では早速お着替えを。
王様、服を全部脱いでください」
「えっ」
「王様の素晴らしいおカラダを、さらに美しく見せる為の服ですから」
王様は確かに自分の事を、カッコイイ人間だと思っていましたが、まさか丸裸に成るとは考えていませんでした。
しかし男は見えない服を持って王様に迫って来ます。
王様は仕方がなく、着ている全ての服を脱ぎました。
すると男は王様に近づくと、見えない服を王様に着せて行きます。
「どうです王様。
まるで何も着ていないように、軽い服でしょう。
この世界一の高級感を味わってください」
「おお、そうだな」
王様には服を着ている気が全然しませんでしたが、『世界一』と云う言葉が王様の気分を良くします。
「どうだ、儂の新しい服は?」
王様は周りに居る家来たちに尋ねましたが、家来たちは下手な事を云えば処刑されてしまうので、褒めるしか有りません。
「流石は王様です。
素晴らしいおカラダに、世界一の高級感溢れる美しい服。
その服が似合うのは、やはり王様しかおりません」
「そうか?」
王様は褒められて、気分が良く成って来ました。
「王様、是非その素晴らしいおカラダを、国の皆さんにもお披露目ください」
男が王様に、自分のカッコイイ姿を披露するように勧めました。
「おお、そうだな。
久しぶりにパレードでもやろうか」
王様はお城から街へ続く道を、馬に牽かせた車に乗って、自分のカッコイイ姿を披露する姿を想像して、既にご満悦に成っていました。
パレードをするのは3日後の予定でしたが、王様は早く自分の姿を国民に見せたくて、我慢が出来ませんでした。
陽が落ち、少し薄暗くなると、王様は黙って独りで城を抜け出して、街まで歩いて行きました。
王様はカッコイイ自分が突然姿を現した方が、相手も驚いて喜ぶだろうと考え、通路脇の草むらに隠れて誰かが来るのを待ちました。
すると若い婦人が近づいて来るのが、王様にも見えました。
「どうだ、儂はカッコイイだろう?」
「きゃー変態よ」
若い婦人は持っていた籠を振り回して、目の前に現れた変態の頭を何度も、何度も叩きます。
王様は逃げ出しましたが、足が遅いので若い婦人にさらに何度も叩かれました。
「ひぇー、酷い目に遭った」
王様は籠で頭を何度も叩かれたせいで、被っていた王冠が外れてしまい、髪型もバラけて誰だか分からなく成っています。
「あっ、素っ裸の変態はあそこに居たぞ」
街の誰かが王様を指差しました。
すると街に居る人たちが集まり始めます。
よく見ると手には棒を持っています。
「あっ、変態が逃げたぞ。追え!」
王様は逃げ出しはしましたが、なんと云っても足が遅いので、直ぐに捕まってしまい、ボカボカと殴られてしまいました。
「やめろ! 儂はこの国の王様だ。
止めないと処刑にするぞ」
「この変態野郎、王様の振りをして逃げる気だぞ」
王様は街の人たちに滅茶苦茶に殴られて、やがて意識を失い、城から来た兵士たちに連れられて、お城の地下に有る牢獄へと放り込まれてしまいました。
王様は目が覚めると、牢獄の檻の鉄棒を手で握って嘆きました。
「なんで儂がこんな酷い目に遭うんだ。
儂はこの国の王様だぞ!
自分のカッコイイ姿を、国民に見せようとしただけなのに、ナゼこんな牢獄に放り込まれるのだ。
この国の王様なのに、あんまりではないか」
+ - × ÷ = ¥
裸の王様が嘆く時、僕はその王様へと変身していた。
〈はて? この状況でどうしろと云うのだ。
魔王のする事が僕には分からない〉
おそらくあの男は、誰かの復讐をしたんだと思う。
王様の勘違いぶりを上手く利用して、王様を見事に丸裸にした。
まあ王様がこう成ったのは、自業自得だから僕は仕方がないと思う。
その牢獄の王様に変身では、僕もどうする事も出来ないし、ここはちょっと休憩と云う事でのんびりしますか。
せめて何か着る物が欲しいな、丸裸では何か落ち着かない。
まあ、デブだから寒くはないけどね。