王様の耳はロバの耳
僕は、王様の耳はロバの耳の世界の宙を漂っていた。
この童話は、王様の秘密を知った理髪師の話だ。
昔、ある国のお城に王様が住んで居ました。
この王様は、国民の前には決して姿を現しません。
ナゼなら王様には、誰にも言えない秘密が有ったからです。
ある日、この国の4人の理髪師が、ひとつの店に集まって相談していました。
「この国の理髪師が、王様の髪を切りに城へ呼ばれて行き、また戻って来た者はひとりもいない。
もう国の理髪師も、儂ら4人しか居らんように成った。
3ヵ月に一度とは云え、後1年でこの国の理髪師も全滅じゃ。
儂ら4人はどうすれば、これを逃れる事が出来るんじゃ?」
「どうにか出来るなら、もうとっくに誰かがやってるだろう。
俺たちに出来る事は、次に誰が城へ髪切りに行くか、その順番を決める事ぐらいだろう。
クジ引きか? それともジャンケンでもするか?」
「私には、まだ小さい子供がいるのよ。
だから、せめて一番最後にさせて頂戴よ」
「そんな事言ったら、俺だって子供は居るぞ」
「貴方の子供はもう手が掛らない、十分大きいじゃないの。
私の子供は、まだまだ手が掛る年頃なのよ。
母親がまだ必要なのよ」
女の理髪師が涙ぐんでいましたが、誰だってまだ死にたくは有りません。
「オヌシは死ぬにはまだ若い気がするが、何かここで云う事はないのか?」
まだ十代に見える若い理髪師が、オドオドと言いました。
「あのーボク、全然自信は無いのですが、今まで理髪師が帰って来ないのは、王様の髪を切りに行った者ですよね。
つまり国民に姿を見せない王様には、誰にも言えない様な凄い秘密が有るんですよ。
その秘密を髪切りの時に知ってしまうから、帰ってこれなく成るんですよ」
「おお、成程な。
確かに云われて見れば、そうかもな」
「だから、王様の髪切りをしてまた帰って来るには、その秘密を見なければ良いんですよ」
「成程、成程。
見えない様に目を潰せば良いんだな。
それなら一番年寄りのアンタが適任だ」
「儂は嫌じゃ。
目が見えないと、生活が不便に成るじゃろ」
「何言ってる、もうアンタの歳なら、既にあんまり見えてないだろ」
「そうよ、そうよ。
ここは一番の年寄りが犠牲に成るべき所よ」 「嫌じゃ、嫌じゃ、儂は目を潰すのは嫌じゃ」
男と女が年寄りの手を持って、逃げ出さないように捕まえている。
「あのー」
「今は忙しい、お前もこの爺さんを説得するのを手伝ってくれ」
「いえ、別に目を潰さなくて良いんですよ」
「えっ、そうなの?」
3人が呆然としていた。
「例えば目隠しをするとか。
でも、もしもの場合、目隠しが外れる恐れも有りますから、ここは確実に目が見えない盲目の方に、髪切りのやり方を覚えて貰って、お城へ行って貰う方法が一番良いと思いますよ」
「それだ!
俺の知り合いに目が見えない者がいる。
そいつにお金を出して頼んで見よう。
これで俺たちの命が助かれば安いもんだ」 「そうよね。
私も協力するわよ」
「儂もするのじゃ。
目を潰されるのは御免じゃ」
「それではボクも協力します」
それから3ヵ月後、お城から王様の髪切りをするように理髪師たちに連絡が来ました。
翌日、盲目の理髪師が杖を突きながら、お城の門を通って城の中へと姿を消しましたが、盲目の理髪師がまた元に戻って来る事は有りませんでした。
また4人の理髪師が、前と同じ店に集合しました。
「ナゼじゃ、ナゼ帰って来ない?
王様の秘密とは一体何なのだ?」
「きっと王様の秘密は、例え目で見なくとも、分かるんだ。
だから盲目でも帰って来れない」
「だったらどうするの?
今度こそ私たちの番よ」
3人が落ち込んでいる中、また若い理髪師が言いました。
「それじゃ、聞こえてしまう秘密なんですかね」
「おお、それなら盲目でも帰って来れないな。
今度こそ一番年寄りのアンタが適任だな」
「儂は嫌じゃ。
耳が聞こえないと、生活が不便に成るじゃろ」
「何言ってる、もうアンタの歳なら、既に碌に聞こえてないだろ」
「嫌じゃ、嫌じゃ、儂は耳は良いんじゃ」
男と女が年寄りの手を持って、逃げ出さないように捕まえている。
「あのー、例えば耳に栓をするとか。
もしもが有るので、今度も確実に耳が聞こえない方に、髪切りのやり方を覚えて貰いましょう」
「そう云えば私の知り合いに、耳が全く聞こえない人が居るわ。
その人に頼んで見ましょう」
それからまた3ヵ月後、お城から王様の髪切りをするように理髪師たちに連絡がやって来ました。
翌日、耳が全く聞こえない人がお城の門を通って城の中へと入って行きましたが、その理髪師がまた元に戻って来る事は有りませんでした。
また4人の理髪師が、前と同じ店に集合しました。
「ナゼじゃ、ナゼ帰って来ない?
王様の秘密とは一体何なのだ?」
「王様の秘密なんか、もうどうでもいい!
今度は目も見えない、耳も聞こえない者に王様の髪切りを頼もう」
「確かに、それしか方法がないわよね」
「あのー、でも目も見えない、耳も聞こえない者に、どうやって髪を切るやり方を教えるんですか?」
「えっ」
3人が呆然としています。
確かに言われて見れば、髪の切り方を教えようが有りません。
「あのー、後ひとつだけ考えている事が有るんですが」
「この際だ、何でも言ってみろよ」
「王様の秘密を例え知ったとしても、話せなければ問題がないのでは?」
「成程、確かに口が利けなければ、秘密を話したくとも話せないわな」
「儂はちゃんと口が利けるぞ」
「分かってるわよ」
「うーん、俺の知り合いには居ないな」
「私も知らないわね」
「儂は絶対に、舌なんか切らんぞ!」
「煩いわね、黙らないと本当に舌を切るわよ」
それから老人の理髪師は、一言も喋らなく成りました。
また3ヵ月が過ぎましたが、口が利けない人は見つかりませんでした。
そして、お城から王様の髪切りをするように理髪師たちに連絡がやって来たのです。
4人の理髪師が相談する為、同じ店に集合しました。
「もうお終いじゃ。
皆でクジを引いて、誰が行くか決めるのじゃ」
「仕方がないな」
「そうね、そうします」
「あのー、ボクがお城へ行きましょうか?」
「ええっ、本当に良いのか?」
「はい、どうなるか分かりませんが、口が利けない振りして見ます」
翌日、若い理髪師が口が利けない振りをしながらお城の門を通って中へと姿を消しました。
「おい、理髪師。こっちだ」
「うぅ、おぅぃ」
兵士に案内されて階段を下りて行くと、暗い通路が有り、その奥に小さな地下室が有りました。
「その中へ入れ」
若い理髪師が扉を開けて中へ入ると、室内は薄暗く、ロウソクの炎が揺らめいているだけの明るさでした。
目が部屋の暗さに慣れて来ると、奥に椅子に座っている髪が長く伸びた王様の姿が見えました。
王様は王冠を外すと言いました。
「さあ、早く髪の毛を切ってくれ」
「おぅぃ」
「ん? なんだ、お前は口が利けないのか?」
「おおぅぃうぅ」
「もう良い、何を言っておるのか分からん。
さっさと始めてくれ」
若い理髪師は薄暗い室内で、ロウソクの明かりを頼りに、王様の髪を切って行きます。
2時間後、お城の中から若い理髪師が、沢山のお金を貰って戻って来ました。
残りの3人の理髪師たちも、ビックリしています。
王様の秘密を知りたくも有りますが、まだ死にたくないので誰も若い理髪師に尋ねませんでした。
若い理髪師は王様の秘密を知ってから、誰かに話したくて堪りませんでした。
それ程珍しい秘密だからです。
でも誰かに話せば、必ず処刑されてしまいます。
ウズウズする感情を持余しながら、我慢を続ける若い理髪師のカラダはストレスが溜まって行き、やがて体調がおかしく成り始め、やがて心のバランスまで崩れて行きました。
体調不良で寝込んでしまった若い理髪師は、ついにお医者さんに診てもらう事にしました。
「あーこれは、ストレスの溜め過ぎが原因ですね。
ストレスは発散するのが一番ですよ。
そうすれば、体調も直ぐに戻りますよ」
若い理髪師は、悩みました。
ストレスを発散する方法がないからです。
〈どうすれば誰にも知れずに、王様の秘密を話せるのだろう?〉
夜遅く、森の奥に若い理髪師がやって来ました。
人が来ない適当な場所を見つけると、シャベルを使って地面に穴を掘り始めました。
穴が完成すると、若い理髪師は自分の頭を穴の中に突っ込み、大きな声で叫びました。
「王様の耳はロバの耳!」「王様の耳はロバの耳!」「王様の耳はロバの耳!」
若い理髪師は自分の気が済むまで、穴の中に向かって王様の秘密を叫びました。
「あー、やっとスッキリした」
若い理髪師の体調は良く成りました。
それからも夜に穴を見かけると、自然と頭を突っ込み、王様の秘密を叫ぶように成りました。
井戸の中や洞穴の中、下水道にトンネル、廃屋の煙突など、気づけば結構穴は開いています。
若い理髪師はカラダがウズウズすれば、近くの穴を探して、王様の秘密を叫んでいたのです。
ですが若い理髪師は、穴が他の穴と繋がっているのに、気がついていませんでした。
「王様の耳はロバの耳!」
街の中を歩いていると、突然大きな声が聞こえて来ました。
「王様の耳はロバの耳!」 「王様の耳はロバの耳!」 「王様の耳はロバの耳!」
もう街中に王様の秘密がバラ撒かれてしまいました。
急遽、お城から兵士たちが駆けつけ、若い理髪師を捕えると、そのまま王様の前まで連れて行きました。
「お前は、口が利けない振りをして、この私をよくも騙してくれたな。
直ぐに処刑にする」
「何が処刑するだ。
お前の髪を切った者は、誰も帰って来ないじゃないか。
もう、この国には後3人しか理髪師が居ないぞ。
全員処刑した後はどうするんだ。
そんなに秘密にしたいのなら、自分の髪ぐらい、自分で切れよ!
無理矢理、理髪師に髪を切らせて置きながら、後で処刑では、あんまりだろ」
+ - × ÷ = ¥
若い理髪師の処刑が始まる時、僕は王様に変身していた。
〈王様に成っちゃったよ、僕〉
「その理髪師は直ぐに解放しなさい。
それから明日はお城の前の広場に、国民を集めて置きなさい。
僕が国民に挨拶をします」
翌日、城前の広場には大勢の国民の姿が有った。
広場には特設の演説台が設けられていて、そこに全身を大きなフードマントで隠した王様が現れた。
「国民の皆さん、今日は本当によく来てくれました。
私の挨拶が終わりしだい、自分の姿を国民の皆さまに見て貰いたいと思います。
私は生まれた時に、大変珍しい病気『ロバロバ病』に罹りました。
この病気は誰にも移る事は、決して有りませんので、ご心配なく。
私は『ロバロバ病』のせいで、顔の鼻の部分が前へと迫り出し、耳も長く伸びて、やがてロバの顔へと変わってしまったのです。
オマケに手足もロバのヒズメに成ってしまいました。
いくら『ロバロバ病』のせいとはいえ、王様がロバにソックリでは、国民の皆さんも安心して生活する事が出来ないと考え、今まで自分を姿を隠して来ましたが、今街では『王様の耳はロバの耳!』と云う噂が広がっています。
私はこれを、自分の病気を国民に知らせるのに良い機会だと捉え、皆さんの前に姿を現わす決意をしたのです」
王様が大きなフードマントを脱ぎ、その姿を国民の前に自ら晒した。
広場の演説台には、豪華な服と王冠を頭に乗せたロバに見える『ロバロバ病』の王様が居た。
「本当にロバに見えるよ。
『ロバロバ病』って恐ろしいな。
王様も変な病気に罹って、可哀想にな」
王様を始めて見た国民たちの中にザワメキが広がるが、やがてそれも落ち着いて行く。
「外側は病気のせいでロバに見えるが、私は歴とした王族の人間だ。
だから何の心配もない。
国民の皆さんは、これからも安心して、この国で暮らして行ける事を、王様で有る私が約束する」
その言葉で広場の国民たちが、歓声を上げて喜んだ。
一寸法師の時に、神様のせいにすれば、丸く収まる事を知った僕は、今度も病気のせいにしてしまった。
勿論僕は『ロバロバ病』なんて知らないし、王様も本当のロバだし。
本当のロバなんだから『王様の耳はロバの耳!』なんてのも、当たり前の事だ。
でもこれで、たぶん丸く収まるだろう。