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童話国物語  作者: 馬論
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遅刻した神様

僕は今、何もない空間にひとりでいる。

「やはり僕は死んだのか」




僕が住んでた家は高台にある新宅で、最近家族ごと引っ越して来たばかりだった。

父が頑張って30年ローンを組み、一戸建てを買ったせいで、僕が通う中学校はずいぶんと離れてしまう。


〈隣の県はさすがに遠いでしょう。

まあ、川をはさんで直ぐ隣なんだけどね〉


さらに、この高台の近くには交通機関の駅がなかった。

父は自分で車を運転して会社まで出勤するのだが、その途中で姉を女子校まで送り届けている。

母も2台目の軽自動車を乗り回して、好きな所へ買い物に出かけてゆく。


ひとり取り残されたのは僕だ。

父の会社とは行く方向がまるで違うので、僕は学校から許可をもらい、高台の自宅から自転車で通うようになった。


自宅を自転車に乗って走って行くと、直ぐに急勾配の長い下り坂が僕を待ち受ける。

この坂道をブレーキも掛けずに下りて行けば、きっと車以上のスピードが出せるだろう。


〈自転車のタイヤが小石でも踏めば、吹っ飛んで死ねると思うけどね〉


僕は坂道の途中までずっとブレーキを掛けながら、スピードを殺し、駆け下りていたが、そのブレーキの効きが急に悪くなって来た。

僕はブレーキレバーをさらに強く握る。


バキッ

信じられない事に、ブレーキを繋ぐ細い鉄棒が折れた。

片ブレーキになった僕の自転車は、スピードを殺せずに徐々に速くなってゆく。 


坂道を下った先は交差点で、信号は今青だ。

この状態で進めば信号が赤に変わって、交差点で必ず車に跳ねられる。


僕は残るブレーキを外した。スピードを上げて交差点を青で渡れる可能性に賭けたのだ。

だが交差点手前25mほどで信号機が点滅を始め、僕の頭の中に『車に跳ね飛ばされる自転車に乗った僕』の光景が浮かんだ。


〈どこかにブツケて止まるしかない〉

残るブレーキレバーを全力で握り、自転車のハンドルを交差点手前の鉄柵へと向けた。


僕が覚えているのは、自分のカラダが宙を飛んだところまでだ。




気がつけば、僕はこの白い空間にいた。

「ナゼ誰も出て来ないのだろう?」


物語では大抵ここで神様が現れて、『オヌシ魔法世界へ転生するか?』が最近の流行りなんだけど。

僕も同じ転生するなら、魔法世界へ行ってみたい。


もしかして、ここが天国なのか。

まさか地獄ではないよな、僕何も悪い事していないし。

でもこの状態が永遠に続くのなら、ここは僕にとって地獄で間違いない。




「すまん、すまん、ちょっと遅れてしまったな」

僕の前に小学生ぐらいの白衣を着た老人が、気づかぬうちに現れて、こっちへ歩いて来た。

するとテーブルと椅子が突然目の前に現れ、対面に座った神様が『座れ』と前の椅子を僕に指で指し示す。

まさしく僕の面接がこれから始まるのだ。


「実は会議が長引いてのー。

ミンナ魔法世界へ転生させろってうるさくてのー、難儀しておったのじゃ」

「僕も魔法世界へ転生できるんですか?」


神様はニカッと笑って『冗談じゃ』と言った。僕は椅子の上でカクッとズッコケる。

「さて君は天国か地獄か、どっちかな?」

「僕は別に、法律を破るような悪い事はしてませんよ」

「何を言っとる。法律なんて人間が勝手に決めた物じゃろが、ここではそんな物は関係ないわい」

「生き物だって殺してないですよ」

「ほう、蟻1匹も踏みつぶしていないと?」

「それぐらいは誰だって、知らずにしてるでしょう」

「そうじゃ、だからその程度で誰でも天国へ行けたら、今頃天国は超満員で溢れかえっておるわ」


まさしく神様が言う通り、平凡な僕が行けるようなら天国はきっと超満員だろう。

『無限地獄だから、地獄はいくらでも落とせるぞ』と神様は嬉しそうに笑う。


僕は特に悪い事はしていないが、それと同等に良い事も全然していなかった。

でも僕にも言い分はある。

地上にいない神様には分からないだろうが、僕たち子供には人を助ける力なんてまだない。


だから例え良い事をするとしても、中途半端に成るだけで責任なんか持てない。

親切をするのにも、それなりの力が必要になると思うのだ。

中途半端な親切でウヤムヤに成るのなら、僕はしない方が良いと考えているし、相手も迷惑だろうと思う。


それでも永遠に地獄へ行くのは嫌なので、なんとか抵抗を試みる。


「あの悪い事をした分だけ地獄で罪滅ぼしをして過ごし、それが終われば天国で過ごすっていうのはどうでしょうか?」

「何を勘違いしておる。

犯した罪が消える訳がなかろう、過去が消せぬように罪もまた消せぬのだ」


僕は強い衝撃を受けた。

確かに刑期を終えて刑務所を出て来ても、犯罪を犯した事実は消えないし、犯罪者のレッテルも取れる事はないだろう。

犯罪を犯す事は、自分で自分の首を絞めるような物だ。


だが何もしていない僕に、どんな大きな罪があるのだろう?

それで無限地獄では、ちょっと酷過ひどすぎないか?


「では、罪を犯した者はどうすれば良いのですか?」

「消せぬなら前向きに生き、おこないをして帳尻ちょうじりを合わせて行くしかあるまい」

「でも僕は、もう死んでいますよね?」


神様は両腕を組み、首を傾げ、悩むように眉をしかめる。

それから自分が持っていたファイルを開き、僕の方へと向けた。


「実は会議が長引いたのは、この子のせいなんじゃ」

右上に10歳ぐらいの可愛い女の子の写真が貼ってあり、神様がその内容が書いてある書類を短い指でなぞって僕に説明する。


「この子は小学校でイジメにあい、家にも居場所がなくて、生きる事に絶望して学校の校舎から飛び降りたのじゃ。


今は植物人間状態で病院に長く入院しておるが、もうカラダにはどこにも異常は見られぬ。

この子はおそらく元の世界へ戻るのを恐れて、自分で創り出した童話世界に閉じ籠もっているのじゃ。

だから君がこの子を、外の世界へと連れ戻して欲しいのじゃ」


イヤイヤイヤ、いきなりハードルが高過ぎるでしょう。

中学生の僕に、他人の人生をアレコレできる訳がない。


僕が躊躇ためらっていると神様が続けて言う。

「君も小学生の時、病気で長期入院して童話をかなり読んでるはずじゃ。

この仕事には、その知識がきっと必要になって来る。

だから君が一番適任なんだ」


確かに僕は入院中に、病院の図書室で童話をたくさん読んだ過去がある。

でもそれは病院でする事がなく、仕方なく時間潰しの為にしていた事だ。

童話が読みたくて読んでいた訳ではない。

そんな僕が、他人を背負うような覚悟なんてできるはずがない。


「僕にはとてもできません、無理です」

 ハッキリと断ると、神様は急に僕をおどし始めた。


「じゃあ仕方ないの、無限地獄にでも落とそうかの。

あそこの炎で焼かれるのは、つらいぞー」

僕の顔が段々と強張こわばって来た。


「これは君の為でもあるんだがなー。

この子の解放に成功すれば、君も元に生き返らせてやれるのになぁー」

神様がワザワザ横目で僕を見て来る。

僕はテーブルに両手をつき、頭を深く垂れながら、降参こうさんする事にした。


「神様、僕やります。

いえ、是非ぜひやらせてください。

お願いいたします」


交渉は神様の全面勝利で終わった。

僕の現実の時間は止めてあるので、何も問題はないそうだ。


「あの神様、行く前に何か特別な力とか、もらえないのですか?」

「これから行く童話世界の神様は、この小さな女の子自身じゃ。

この子が創り上げた世界なのじゃ、だから儂の力など及ばん場所なのじゃ。

君が行けば女の子は、おそらく排除はいじょしようとするだろう。


じゃが、どの世界でも必ずルールと云う物が存在するはずじゃ。

だからこそ童話に詳しい君が、そのルールを見つけ出して、女の子が隠れている場所の謎を解き明かして、いずれ解放する事ができるようにるんじゃよ」


神様は『してやったり』の満面の笑顔で僕を見ているが、僕は『だまされたのでは?』の疑念がまったく絶えない。

〈成功すれば本当に僕を生き返らせて、元のカラダに戻してくれるのか?〉




僕は神様によって、小さな女の子が創り出した童話世界へと転送されて行った。



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