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幼稚園児と僕。  作者: 再葉
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ゲス顔と僕。

「ブランコおおおおおおおお〜〜〜〜!!!」




 大量の砂埃をあげながらブランコ目がけて一目散に駆け出していくナオト。公園に着いた途端にこれである。




「見ろヒロト!!かつてプロブランコ選手の道が約束された男のブランコ漕ぎをおおおお!!!」




 プロブランコ選手とは、なんと間抜けな響きであろう。




「うおおおおおおお!必殺!!大ッ!車ッ!輪ッ!!!」




 ナオトはブランコに座るや否や地面を両足でリズムよく蹴り上げ勢いを最大限まで引き出すと、そのまま天高く上昇する。




「うぉぉぉおおおおおおりゃあああああああああ!!!!!」




 『覚醒』と言わんばかりのものすごい形相で足を振り上げ、そのまま頂上付近に差し掛かると勢いが無くなり『フワッ』と上空でスローモーションになってブランコの上のポールを辛うじて通過する。頭が真下を向いている状態で重力という偉大なる力によって地面に引き寄せられ、ガシャンという大きな音とともに見事に一回転を成功させた。


 ブランコの鎖が、一週分ポールに巻きついている。




「見ろやああああああ!!」




 通常、ブランコを座ったまま一回転させるとそこに座っていたものは落下のスピードと鎖が巻きついた際に引き戻される衝撃でバランスを保てず地面に叩きつけられるだろう。


 しかしナオトは最後まで座っていた。正直に言ってこれ自体はすごいことだと思われる。プロブランコ選手も伊達ではないのかもしれない。ただポール一周分鎖が足りていないので、地面に足がつかず空中にぶらんぶらんとしている。そんな状態で叫ばれてしまっては、これまた実に間抜けである。




「絶ッ!好ッ!調ッ!」




 そんなナオトを遠くから見ていたヒロトは、これには素直に感心したらしく口を丸く開け手をパチパチと叩きだした。




「おー」


「どうだヒロトおおおお!!兄ちゃんはすごかろうに!!!ワッハッハッハッハッハ」




 ヒロトの拍手が余計に嬉しかったらしく、高らかと笑い声をあげている。確実に近所迷惑だ。




「ハッハッハッハッハッハッハ.......ヒロトォ!!!!!」




 突然大きな声で名前を呼ばれたヒロトは、拍手の手を止め再度ナオトの方を見る。




「あのさぁ!!すごく言いづらいんだけど!!!.......」


「?」


「兄ちゃん降りれなくなっちゃったから、ちょっと助けてくんねえかなぁ!!!!」




 もはや、無様、滑稽、哀れ、どのような言葉を使ってもこの男の阿呆さ加減を表現できないだろう。自分の醜態を晒しているにもかかわらずアドレナリンやらなんやらのせいで興奮冷めやらず、威勢よく助けを求めてくるその声にヒロトは一瞬ピクッとしたのちに、




「わかったー」




 と言って小走りでナオトの元へ向かい、ブランコの前でピタっと止まる。




「おお、ありがとうヒロト!!ちょっとだけ椅子のとこ抑えててくれないかな!」




 上のポールを掴むことさえできればどうにかして降りることはできるのだが、ブランコが安定しない分下手をすると椅子がひっくり返り勢いよく頭から後ろに落下しかねない。そのため少しの間ブランコを固定してもらおうとしたのだが、何故かヒロトは俯いたままで動かない。




「ヒロトくぅ~ん??兄ちゃんはそろそろ降りたいのだけれど~~........」




 それを聞いてやっと動き出したヒロトは、ゆっくりとナオトの方に顔を上げ、口元をニヤッ~と緩ませ目を大きく見開いている。






 『ゲス顔』だ。






 これまた素晴らしいほどのゲス顔を披露したヒロトは、またペチンペチンと拍手を始めナオトを放置している。




「兄ちゃんすごいよ。こんなの誰にも真似できない、尊敬しちゃうよ」


「ヒロトおおおおおおお!!!!!兄ちゃんを助けてよおおおおおおおお!!!!!」




 ヒロトの予想外の放置プレイにバタバタと暴れ出すナオト。ブランコがギシギシと鳴っている。先ほどの威勢とは打って変わっていつも通りだらしなく喚き散らし始める。それをしばらく眺めた後、またいつもの無表情に戻ると拍手の手を止める。




「じゃあ兄ちゃん、飽きたから帰るね」




 そう言って背を向けるとテクテクと歩き出すヒロト。後ろからは泣き声にも似たようなナオトの声と、ブランコが激しく軋む音が聞こえる。




「待ってヒロトおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」




 どれだけ大きな声で叫んでもヒロトが戻ってくる気配はない。一人取り残されたナオトはもう自分の力のみでどうにかするしかない。




「くっそお.......プロブランコ選手をなめるなよおおおおおおお!!!!!!!!!」




 なにか吹っ切れたようでまた先ほどの威勢を取り戻すと、鎖の短くなったブランコを空中で器用に揺らし始める。体の重心の移動や脚を振った余力で勢いをつけると、次の瞬間、なんと綺麗に逆回りを成功させたのだ。これには世界各国の物理学者も顔面蒼白である。


 鎖も長さを取り戻しやっと降りられる高さまで戻ってきたナオトは、ブランコを降りるとまた一目散にヒロトのもとへ駆け寄る。




「ヒロトおおおおおお!!!!!!!貴様ああああああああああ!!!!!!!!」


「思ったより早かったね」




 ナオトならあのような状況でもどうにかして戻ってくると予想していたヒロトだが、まさかあんなことが背後で繰り広げられていたとは思ってもいない。




「なんで置いていくんだよおおおおおおお!!!」




 こんな至近距離でも大声で喚き続けているナオトがさすがにうるさいのと近所迷惑ということもあって、とりあえず言っておけばなんとかなる言葉の中から一つを選択してそれっぽい口調で投げかけてやることにした。




「兄ちゃんなら一人でも大丈夫だって、『信じてたから』」




 トゥンク




 それを聞いたナオトも心臓を撃ち抜かれたようにピタッと静かになる。




「ヒロト.....ヒロトは兄ちゃんを信頼してくれていたのか.....」


「そうだよ、だって兄ちゃんだからね」


「そうか.....そうかぁ......そうだよなぁ......兄ちゃんだもんなぁ........」




 ちょっろい。実にちょろいぞフリーターよ。




「でかい声出してごめんな.....これからはもっと兄ちゃんらしくするよ.....」


「そうだね、そうしてくれると助かる」




 しみじみというかじんわりというかヒロトの言葉を噛みしめに噛みしめているナオト。




「兄ちゃんも疲れただろうし、今日はもう帰ろう?」


「そうだな.....!!」




 ヒロトの手のひらの上で見事に踊り続けるナオト。将来『幸運の壺』やらいかがわしい商品を買ってしまわないかとても心配である。まあ売り手がヒロトでなければそんなことにもならないだろうが。


 なんにせよ、無事に本日の散歩は終了である。

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