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幼稚園児と僕。  作者: 再葉
16/17

再会と僕。

「ここだ....」




 ナオトが緊張した面持ちでそう言った後、口の中に溜まった水分を飲み込みのど元を『ゴクリ』と鳴らす。


 二人がやってきたのは、バイト帰りの早朝にタイ焼き屋のお姉さんと出会った公園だ。前にブランコで遊んだりキャッチボールをした公園より少し遠くにあるそれなりに広い公園である。




「あ、まずい!!!!」




 ナオトは何かを急に思い出したようで口と目を大きく開け、両手で頭を抱えながら焦りだす。




「あやのちゃんを連れてきてない.....」




 約束では、『幼稚園児を二名』連れてくると言ってしまった。まあ急なことだったにしろ、あやのに一言声をかけるべきだったとここにきて後悔している。




「兄ちゃん」


「ん?どうしたヒロト」




 自分の計画性の無さや段取りの悪さを痛感していたナオトだったが、ヒロトの声にハッとなる。




「僕はお腹が空いたって言ったのになんで公園なの」




 幼稚園に行くまでの道のりにこの公園近辺は含まれていないので、ここで移動販売のタイ焼き屋が来ていることなど知る由もないヒロトは、ナオトの行動がさっぱり理解できないでいた。




「ああ、もうすぐわかるよ....」




 ヒロトに言ったはずであるその言葉で自分を奮い立たせたナオトは、タイ焼き屋の車が止まっているであろう公園の隅まで足を運ぶ。公園に来る途中の道路や公園内を歩いているときは遊具の陰に隠れてしまい、そこに車があるかどうかはわからない。なので、かなり近くまで行き遊具を避けて見てみないとわからないようになっているこの立地を、ナオトは心底呪った。公園に入り目的の場所まで近づくこの数十秒程度の移動が、ナオトにはとても長く感じられたのだ。自分の中にある疑問や不安などに押しつぶされそうで、例えるなら高校や大学を受験したときの合格発表を見るときのような気持ちに似ているだろう。


 ジャングルジムや滑り台などが一体となった大型の遊具が横一直線に並んでいる公園内を、遊具に沿って歩き続ける。最後の遊具の横に差し掛かったあたりで、遊具の後ろのほうをおそるおそるのぞき込んでみる。すると、まだ記憶に新しい車の先が目に飛び込んできた。その近くには、『タイ焼き』ののぼり旗が数本立っている。




「タイ焼き?」




 のぼりを目にしたヒロトが『タイ焼き』という単語に興味を引かれたようで、思わず声に出す。その声を聞いたナオトは、もうすぐそこまで迫っているという事実を再確認させられた挙句怖気づいて、ヒロトの腕を引き遊具の陰に隠れる。




「タイ焼き食べたことあるか?」




 明らかに苦笑いをしながら気を紛らわすようにヒロトに尋ねる。掴まれたままの腕を見たヒロトは、顔を上げてナオトに告げる。




「兄ちゃん今日変だよ」


「そんなことはない気がするが....」


「あ、たしかにそうだね」




 うわの空で返した言葉に、珍しくヒロトが同調してくれる。




「今日はいつにも増して飛びきり変だね」


「俺がいつも変な人みたいな言い方をしないでください!!」




 この状況では懐かしくすら感じられ、実家のような安心感を与えてくれるヒロトの毒舌を聞いて気持ちが少し落ち着いたナオト。毒舌を聞いて気持ちを落ち着かせられるというこの文章は如何なものなのかと思わなくもないが、今は触れないでおいてあげよう。




「で?ヒロトくんはタイ焼きを食べたことがあるのかね?」




 今度はいつもの調子に似たような言い方だ。




「テレビで見たことならあるよ」


「お!ならついに今日はその『芸能人』とご対面できるぞ!」


「きっと兄ちゃんのことだからタイ焼きのことを『芸能人』って言ってるんだろうけど、テレビに出たからってすべてが芸能人なわけじゃないし、そもそも人じゃないし、僕は芸能人は食べないよ」




 いつにもましてキレキレな分析されつくしたヒロトのツッコミ。きっと普段よりも口数が多いのは、なんとなく察したナオトの状態を気遣ってだろう。




「そうだな、そんなカニバリズムぶちかますような幼稚園児なんかいたら、兄ちゃん怖くて夜も歩けないよ」


「兄ちゃんに芸能人ほどの価値はないと思うけどね」


「辛辣!!」




 ヒロトにツッコミを入れていつもの調子を取り戻せたナオトは、




「ありがとな」




 そう言ってヒロトの頭をなでて遊具の陰から姿を現す。


 ナオトの目線の先には、空腹の人間なら誰しもが立ち寄りたくなるであろうふんわりとした甘い匂いを立ち籠めらせ、茶色く塗られたその車の中には数匹のタイが向かい合って象られた鉄板がある。そして、その上に生地を流し込む、頭の中で何度も思い浮かべた、ポニーテールに三角巾の、ニコニコと笑いながら楽しそうにタイ焼きを焼く、キレイな顔立ちのお姉さんが、そこには居た。


 心の準備が整っているナオトは臆することなくお姉さんのほうへ堂々と近づく。




「こんにちは」


「いらっしゃい!ご注文は?」




 鉄板を見つめながら生地を流し込んでいたお姉さんは、お客さんが来たと思い元気に声を出しながら顔を上げる。だが、そこに立っていたのはお客さんではなく一週間ほど前に約束を交わした男だった。




「そろそろかな~って思ってたよ」


「え?!怒ってないの!?」


「あんたは昔からそうだったじゃない」




 注文を聞いてきたときの営業スマイルとは打って変わって、母性一色に溢れたその顔はすべてをわかっていたような顔をしていた。お姉さんの予想外の反応にこちらが驚きを隠せず言葉を失ってしまったナオトだが、お姉さんが言葉を続けてくれる。




「約束のほうは?」




 その言葉を聞いて、心臓を何か大きな手に鷲掴みにされたような感覚に陥ったナオトだが、すこし間を開けた後に話し出す。




「いや.....やっぱり君のことは思い出せ......


「あーーーーーーーーーーー!!!!」




 ナオトの決死の報告を遮ったのは、宝探しで宝をを見つけたときの無邪気な子供のようなお姉さんの声だった。


 お姉さんが目をキラキラさせて見つめている先には、ナオトに少し遅れて遊具の陰から現れた、青いスモックを着て黄色い帽子を被った一人の幼稚園児である。




「約束守ってくれたんだね!?」




 急いで鉄板の電源を落とし、ドタバタと車の中から駆け出してくるお姉さん。一目散にヒロトに駆け寄りその場に膝をつくとそのままガシッと抱き寄せる。




「何この子~~~!!!!すごいふてぶてしい顔してる~~~!!!!」




 急に現れた見ず知らずの女性に抱き寄せられたヒロトであるが、動じることなくいつも通りの顔でナオトに問う。




「兄ちゃんこの人だれ」




 ヒロトの問いにナオトが答えるよりも先に、とんでもない勢いで襲い掛かってきた女性が、両肩を持ち自分の眼前に顔を表しながら答える。




「あたしはツバキ!!村田椿だよ!!」




『村田 椿』その名を聞いたとき、ナオトの中に眠っていたものが目覚始める。




「ツバキ.....?.....ツバキ......」




 聞き覚えのある名前を口に出してみる。すると、この名前を何度も呼んだ感覚が確かに残っているのを感じる。




「ツバキ...................ツバキ!!???」




 急に声を大きくして名前を呼んだナオトのほうを振り向いたお姉さんは、ついさっきまで子供のようにはしゃいでいたのにもかかわらず、先日のような小悪魔的な笑みを浮かべつつも、そこにすらどことなく母性が混ざったような顔をして、




「思い出した?」




 ナオトの中に溜まっていた疑問や不安はいつの間にか安心へと変わっていた。




「思い出したよ....」




 肩の荷が下りたように呆れたような顔をしながら笑っているナオト。そして、真の意味での再会の喜びが溢れ出していた。

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