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創作むかしばなし  作者: 紫尾
1/1

水辺の白無垢

 或年の夏、酷い大雨が降ったそうだ。雨は三日三晩降り続け、風が鬼のような唸り声を上げていたのだという。村人達は川の氾濫を恐れ、高台にある国分寺という寺に寄り添って避難していたそうだ。

 雨の叩きつける音と風の唸り声がお堂の周りをぐるぐると回っているようだと皆怯え、お堂の中心に寄り添って震えていた。


 「もう、家には戻れないかもしれぬ…」

 

 ひとりの老婆が震えながら呟いた言葉にひとりの娘が顔を上げた。その娘は菊といい、器量の良い、美しい娘であった。

 娘の様子を奇妙に思った母親が菊に声を掛けた。


 「菊や、どうしたのだい?顔色が真っ青になっているではないか」


 「お母さま…、菊は家に帰らねばなりません…必ず戻って参ります、どうか此処で皆さまと待っていらして下さいましね」


 菊は話終わるや否や走り出し、お堂の戸から体をさっと滑らし外へ出て行ってしまった。

 村人たちは呆気にとられ、母親は菊の後を追おうと体をおこした。


 「菊…!お待ちなさい…!」


 我に返った村の男衆達が慌てて母親を抑え込んだ。


 「あんな嵐の中外に出たらもう助からねえ!諦めなさい!」

 宥める男衆達から逃れようと母親は必死にもがいたが無駄であった。しばらくしてようやく母親は大人しくなり、お堂の戸の前に座り込み、譫言のように娘の名を呼んでいた。


 夜が明けるとともにようやく嵐は去った。母親は一目散に家に向かった。寺の石段を転がるように駆け下りた。


 「あっ!」

 

 母親が悲鳴を上げた。後ろに続いた村人達が石段の下を覗き込んだ。

 

 「…俺の家がねえ…!雨の奴が全部流してしまいやがった!」


 石段の下には三日三晩降り続いた雨水が小さな海を作っていた。その海の中頭だけ水面に出した母親が呆然とその先をみつめていた。

 菊の姿は何処にも見当たらなかった。




 嵐の夜から二月過ぎた或る日、用水路沿いで瓦礫を片付けていた男が奇妙なものをみつけた。あの嵐で植物も全て消し飛ばされてしまったはずなのに、用水路の脇に白い花が咲いていたのだ。一輪、二輪ではない、水路に寄り添う様にびっしりと茂っていたのだ。男は村が復興を始めた日からずっとこの用水路沿いで瓦礫を拾っていたがこの花の存在に全く気が付かなかった。まるで此の日に突然生えてきたかのように思えた。

 益々奇妙に思った男がその花に近づくと、その下の水辺にきらきらと輝くものをみつけた。

 男は手を伸ばし、それを掴んで引き寄せた。それは螺鈿細工の美しい簪だった。


 男はあの嵐の日にお堂から出て行った娘のことを思い出し、すぐさま母親を用水路へ連れてきた。

 母親は簪をみるとわっと泣き出し、その簪を握りしめた。


 「菊…!これは菊の簪です…、あの娘はこれを取にお堂から飛び出したのです…。本来ならば菊は今日嫁入りするはずだったのです…、この簪は婿殿があの娘におくったものです、菊にとっては命よりも大切なものだったのでしょうね…。この花は菊です、菊が約束の日に白無垢のようなこの花を咲かせたのでしょう…」


 母親は泣き崩れ、集まった村人達は菊の健気な心に涙した。

 村人達をかき分けひとりの若者が涙を流しながら顔を出した。隣の村に住む菊の婿となる男だった。


 「…お義母さん、菊は本当に死んでしまったのですね…、なんと美しい花なのでしょう、きっと菊が私のために咲かせてくれた花なのですね…。恥ずかしながら私は両親から菊が行方知れずになったのなら別の娘を嫁にとれと申しつけられました、この花を見るまでつかなかった決心がようやくついたのです…。出家致します、私は生涯菊以外のおなごを愛することができません、死してなお私のために白無垢を纏った菊を裏切ることを私自身が許せないのです。菊が愛したこの村の寺の僧となり菊のことを弔い続けましょう…」


 婿はその足で国分寺へ向かい頭を丸めた。

 今でもこの用水路沿いに菊の白い花が咲きほこっているという。

 

 


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