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【永劫バーサーク】第8章より「永劫のバーサーク」

作者: M8774D

架空小説「永劫バーサーク」から第8章「永劫のバーサーク」を抜粋したものです。

勇者と魔王が戦い続ける。

俺は今、歴史的瞬間を瞳に捉えている。

瞬きもせず一瞬すら見逃さず。

吟遊詩人としての全てを賭けて眼に焼き付ける。

勇者とは思えぬ気品の無い咆哮。

魔王の掌から放たれる炎の渦。

焼けこげる勇者の皮膚の匂い。

勇者が繰り出す刹那の斬撃。

技術、気迫、生命。

全てが乗ったその斬撃ですら魔王には届かない。

勇者の剣が弾かれ、宙を舞い、大理石の床に突き刺さる。

これまでだ、と思うや否や勇者は魔王に飛び掛かる。



「窮したか」

残響を伴う魔王の声。

だが、虚を突かれることになる。

勇者は魔王を……。


抱きしめた。


そして勇者がボソリと。

「愛してるぜ、本当に」

ニヤリと笑うや否や、俺は嫌な予感がした。

俺でもわかる圧倒的な魔力のプレッシャー。

遥か地の底のここにまで、それが降ってくる。

何かがここまで降ってくる。



『殺される』

俺の身体が勝手に動く。

全てをかなぐり捨てて、魔王の間から脱兎のように。

みっともなく、一気に流れ出た涙を後方に散らしながら逃げ出すしかなかった。

勇者に殺される。

魔王ではなく、勇者に。

後世に伝える吟遊詩人としての誇りを踏みにじられた思い。

勇者はこんなに素晴らしかったんだよ、ということを伝えるための旅だった。

だが、それも、もう終わりだ。

台無しだ、すべてが台無しじゃないか。

失望という感情が胸を支配する。

そして、それは怒りへ。

勇者の理不尽な行動に対する怒りへと変化する。

「……畜生!」

その瞬間、俺の身体はブレーキを踏み、バランスを崩して地に叩きつけられる。

勇者を追跡し続けた日々を記録した理水晶が投げ出されて砕ける。

「ド畜生がぁ!」

俺は逃げる方向とは逆に駆け出した。

死の匂いのする方向へ。

勇者と魔王が死ぬであろう、あの場所へ。

恐怖の涙は、怒りの涙に変わっていた。



「何のつもりだぁぁぁああああああ!!!!!」

魔王が吠える。

戦闘行為とはあまりにもかけ離れた勇者の行為。

互いに積み上げてきた因縁の歴史。

「これが、これが勇者のやることかああああああ!?」

二人だけの素晴らしい時間、決着の時間。

踏みにじられた思い、実は片思い。

代表者が殺しあうということは「これ以上はない」崇高な行いだ。

だが。

「いーじゃねーか」

狼狽し、吠える魔王に勇者は言葉を続ける。


「お前、散々殺してきたんだろ」

「誰を生かすこともなく」

「殺すだけ殺してそこに美学があってとか許されないだろ」

「だから、みっともなく死んでもらうぜ」

「格好悪く死んでもらう」


雷撃、炎爆、氷雪が魔王の間を荒れ狂う。

魔王は抱きしめられた勇者を殺せない。

こいつだけは特別だ。

唯一、自らを殺せる存在。

世界で唯一の特別な存在。

「離れて武器を取れえええええええ!」

荒れ狂う魔法は、ダダをこねる子供の泣き声にも似て。

勇者を傷つけることなく、懇願するだけなのだ。


「お互い、たくさん殺したじゃねーか」

「終わりにしようぜ、もう」

天から降り注ぐ魔力が収束を始める。

勇者の身体が白光する。

「もう、ボクには何もねーんだよ」

「お前はボクの全てを使わせた」

「誇って死ねよ」


魔王の懇願は届かない。

懇願が届かず、怒るだけ。

勇者に叩きつけることの出来ない、やり場のない怒り。

両想いだと思っていた、この戦いに向けて両想いだと思っていた。

なのに……!

なのに………!

「この……」

届かないなら、いっそのこと。

魔力の塊を帯びたコブシを、勇者の頭上に振り上げる。


一瞬だけ、時が止まる。

三人の意識がそこで止まる。

荒れ狂う魔法も、舞い散る石の欠片も、たなびいている勇者の外套も。

吟遊詩人の怒りの涙も。

全てが停止する。


怒り。

死の間際の怒り。

純粋な怒り。

それは果たして、どのようなものだろうか。

数瞬の後に死ぬと決定された怒りは、死んだ後に果たしてどうなるのだろうか。

死んだ後も未来永劫、その意識だけは世界に記録されるのだろうか。


たった一つだけ言えることがある。

立場こそ違えど、ずっと同じ舞台に立ってきた三人。

だが、今ここに「異物」が混じっていたことが分かった。

分かってしまった。



『戦いって、愛だよな』



勇者の満足そうな声。

魔王の憤怒の形相。

吟遊詩人の憤怒の形相。


そして、勇者の安らかな笑み。


「「ロクデナシがぁぁぁあああああ!!!」」


時が動き出し、最後に発せられた吟遊詩人と魔王の絶叫が響き渡った。

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