【永劫バーサーク】第8章より「永劫のバーサーク」
架空小説「永劫バーサーク」から第8章「永劫のバーサーク」を抜粋したものです。
勇者と魔王が戦い続ける。
俺は今、歴史的瞬間を瞳に捉えている。
瞬きもせず一瞬すら見逃さず。
吟遊詩人としての全てを賭けて眼に焼き付ける。
勇者とは思えぬ気品の無い咆哮。
魔王の掌から放たれる炎の渦。
焼けこげる勇者の皮膚の匂い。
勇者が繰り出す刹那の斬撃。
技術、気迫、生命。
全てが乗ったその斬撃ですら魔王には届かない。
勇者の剣が弾かれ、宙を舞い、大理石の床に突き刺さる。
これまでだ、と思うや否や勇者は魔王に飛び掛かる。
「窮したか」
残響を伴う魔王の声。
だが、虚を突かれることになる。
勇者は魔王を……。
抱きしめた。
そして勇者がボソリと。
「愛してるぜ、本当に」
ニヤリと笑うや否や、俺は嫌な予感がした。
俺でもわかる圧倒的な魔力のプレッシャー。
遥か地の底のここにまで、それが降ってくる。
何かがここまで降ってくる。
『殺される』
俺の身体が勝手に動く。
全てをかなぐり捨てて、魔王の間から脱兎のように。
みっともなく、一気に流れ出た涙を後方に散らしながら逃げ出すしかなかった。
勇者に殺される。
魔王ではなく、勇者に。
後世に伝える吟遊詩人としての誇りを踏みにじられた思い。
勇者はこんなに素晴らしかったんだよ、ということを伝えるための旅だった。
だが、それも、もう終わりだ。
台無しだ、すべてが台無しじゃないか。
失望という感情が胸を支配する。
そして、それは怒りへ。
勇者の理不尽な行動に対する怒りへと変化する。
「……畜生!」
その瞬間、俺の身体はブレーキを踏み、バランスを崩して地に叩きつけられる。
勇者を追跡し続けた日々を記録した理水晶が投げ出されて砕ける。
「ド畜生がぁ!」
俺は逃げる方向とは逆に駆け出した。
死の匂いのする方向へ。
勇者と魔王が死ぬであろう、あの場所へ。
恐怖の涙は、怒りの涙に変わっていた。
「何のつもりだぁぁぁああああああ!!!!!」
魔王が吠える。
戦闘行為とはあまりにもかけ離れた勇者の行為。
互いに積み上げてきた因縁の歴史。
「これが、これが勇者のやることかああああああ!?」
二人だけの素晴らしい時間、決着の時間。
踏みにじられた思い、実は片思い。
代表者が殺しあうということは「これ以上はない」崇高な行いだ。
だが。
「いーじゃねーか」
狼狽し、吠える魔王に勇者は言葉を続ける。
「お前、散々殺してきたんだろ」
「誰を生かすこともなく」
「殺すだけ殺してそこに美学があってとか許されないだろ」
「だから、みっともなく死んでもらうぜ」
「格好悪く死んでもらう」
雷撃、炎爆、氷雪が魔王の間を荒れ狂う。
魔王は抱きしめられた勇者を殺せない。
こいつだけは特別だ。
唯一、自らを殺せる存在。
世界で唯一の特別な存在。
「離れて武器を取れえええええええ!」
荒れ狂う魔法は、ダダをこねる子供の泣き声にも似て。
勇者を傷つけることなく、懇願するだけなのだ。
「お互い、たくさん殺したじゃねーか」
「終わりにしようぜ、もう」
天から降り注ぐ魔力が収束を始める。
勇者の身体が白光する。
「もう、ボクには何もねーんだよ」
「お前はボクの全てを使わせた」
「誇って死ねよ」
魔王の懇願は届かない。
懇願が届かず、怒るだけ。
勇者に叩きつけることの出来ない、やり場のない怒り。
両想いだと思っていた、この戦いに向けて両想いだと思っていた。
なのに……!
なのに………!
「この……」
届かないなら、いっそのこと。
魔力の塊を帯びたコブシを、勇者の頭上に振り上げる。
一瞬だけ、時が止まる。
三人の意識がそこで止まる。
荒れ狂う魔法も、舞い散る石の欠片も、たなびいている勇者の外套も。
吟遊詩人の怒りの涙も。
全てが停止する。
怒り。
死の間際の怒り。
純粋な怒り。
それは果たして、どのようなものだろうか。
数瞬の後に死ぬと決定された怒りは、死んだ後に果たしてどうなるのだろうか。
死んだ後も未来永劫、その意識だけは世界に記録されるのだろうか。
たった一つだけ言えることがある。
立場こそ違えど、ずっと同じ舞台に立ってきた三人。
だが、今ここに「異物」が混じっていたことが分かった。
分かってしまった。
『戦いって、愛だよな』
勇者の満足そうな声。
魔王の憤怒の形相。
吟遊詩人の憤怒の形相。
そして、勇者の安らかな笑み。
「「ロクデナシがぁぁぁあああああ!!!」」
時が動き出し、最後に発せられた吟遊詩人と魔王の絶叫が響き渡った。