表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
春香る日に舞う桜。  作者: シュヴァリエ
4/4

2年越しの事実

 2年前に見た、懐かしい景色が視界に入る。


 春香と桜、彼女達と歩いたことのある道を、今、俺は歩いている。


 そして、


 思い出の記憶と、目の前にある街並みを照らし合わせながら、


 俺は、春香と桜の家の前に立った。


 国道から少し逸れた小さな川沿いに、3軒並んで1番北側に建っている家が、2人の住んでいる家。


2階建て、のごくごく普通の一軒家だ。

 

表札は杉琴のまま。


 引っ越しては、いないんだな…



 今のこの状況は、俺に会いに来た春香を思い出させる。


 あの時、春香はどんな気持ちで、何を考えてあそこに立っていたんだろう。


 ……


 …


 横から声が掛かることは無いか…


 周囲に人が居ないか見まわした後、俺は意を決してインターホンを押した。


「はーい」


 家の中から、年配の女性の声が聞こえてくる。


 春香達のお母さんだろうと身構えていると、


「どちら様でしょうか?」


 玄関からドアを開けて出てきたのは、俺の知らない女性だった。


「すみません。春香さんと桜さんの友達で朝日一馬と言います。 今日は春香さんに用が有って来ました」


「ああ、あなたが一馬さんね。私は桜ちゃんたちの叔母の杉琴美佐江よ、でも何故家に? それに、桜ちゃんじゃなくて春香ちゃんに用があるって、どういう意味かしら?」


 やっぱり親戚の人だったか、


 俺の事を知っているのも、3年も手紙を出していれば別におかしくは、ないよな。


 だけど、どういう意味って、どういう事だ? 特に変な事は言ってないよな?


「そ、そのままの意味です。春香さんに用が有って来ました」


「…… そう…」


 春香の叔母さんは、返事を俺に返すと、


「ちょっと待っててね」


 と、家の奥へと入っていった。


 そして数分後、再び玄関へと戻って来ると、


「春香ちゃんのお母さんと繋がってるわ、どうぞ」


 と、携帯電話を俺に手渡した。


「あ、はい」


 俺は渡された携帯電話を耳に当て、『もしもし、朝日一馬です』と、電話の向こう側の、春香のお母さんのである、杉琴由美子さんに声を掛けた。


(一馬君… ごめんなさいね。わざわざ家にまで来てもらったのに、私がそこにいなくて)


「いえ、僕が勝手に来ただけですから、むしろそちらの都合も考えず申し訳ありません」


「ううん。。そんな事は全然気にしないで、それより一馬君。桜からは春香の事、なんて聞いてる?」


「桜さんからですか? 桜さんからは特に何も聞いていませんが、春香さんからは桜さんの事は聞いています。手術も上手くいって順調だとか」


 ……


 由美子さんは俺が話した後、しばらく沈黙していた。


 どうしたんだろうと、俺俺話し掛けようとした時、ようやく返事が返って来た。


(今からあなたに春香の事を話すわ、でも、その前に1つ約束して欲しい事があるの)


「約束ですか?」


(ええ)


 由美子さんの声のトーンが凄く低い。


 自分の娘の事を話すだけなのに、随分と慎重になっている。


 春香に何かあったのか? それとも、俺には話しにくいことなのか。


 それに約束って…


 不思議に思い、気になったが、直ぐにでも春香の事が知りたくて、俺は由美子さんの言うことに肯定して返した。


「分かりました。約束します」 


 由美子さんは、また少し沈黙した後、ゆっくりと話し始めた。


「桜の事なんだけど、悪気は無かったと思うの、嘘をついたことはいけないわ。だけど、余り責めないであげて、約束できる?」


「え? あ、はい…」


 責めるも何も、俺はこの3年間、春香と手紙でしかやり取りはしていない、嘘を付かれる状況なんて無いはずなんだが。


「じゃあ、言うわね。あの子は、春香はもう、生きていないの。2年前に交通事故で亡くなったの」


「…… ちょっ、ちょっと待ってください!  一体何を言ってるんですか。春香が亡くなったって… おばさん、一体何を」


「落ち着いて一馬君。順を追って話すから」


「だって、急にそんな冗談言われても!」


「… 一馬君…」


 由美子さんは、悲しそうにも、申し訳なさそうにも聞こえる声で、俺の名を呼んだ。


 その声が、少しだけ、俺を冷静にさせてくれた。


「あ…  すみません…」


「いいのよ、落ち着いてとは言ったけど、難しいわよね。私もそうだったから、冗談であって欲しい、嘘であって欲しい。何度もそう思ったもの、でもね、一馬君。今話したことは本当の事よ、春香はもう、いないの」


 由美子さんがその言葉を口にして以降、俺は『はい… はい…』と、相槌を打つ事しか出来なかった。


 何かを口にしたくても、上手く言葉にならなかった。


 由美子さんは、俺が分かり易いように、ゆっくりと丁寧に春香の事を話してくれた。


 だけど、


 俺の頭の整理と理解が追い付かない。


 3年間、いや、春香が死んでから2年間、手紙を送っていた相手は、春香じゃなくて桜だった。


 千葉にいる俺に会いに来たのも、春香じゃなくて桜だった…


 春香の死だって、受け入れる事が出来ないのに…


 頭がおかしくなりそうだ。


 気が狂って、変になりそうだ。


 聞きたい事は沢山あるのに、何から聞いていいのか分からない。


 ただ、由美子さんの話の終わりを、待つ事だけしかできない。


 どの位の時間、由美子さんの話を聞いているのだろうか?


 短い時間なのか、長い時間なのか、それさえも分からない。


 3年間の情報を、1日に満たない時間で無理やり頭に押し込まれたような感じがする。


 頭の整理が追い付けず、由美子さんの話は殆ど記憶に残らなない。


 はっきりと意識して覚える事が出来たのは、春香が交通事故で死んでしまった事と、桜を含める由美子さん達、家族は、数か月前に引っ越していて、もうこの家には居ない事だけだった。


 由美子さんは最後に、


(あの子達も一馬君には感謝してると思う。仲良くしてくれてありがとう)


 と、俺に告げて電話を切った。


 それは、お別れの挨拶としか取れない言葉だった。


 俺には何も言わせてくれなかった。


 いや、そうじゃない。俺からの話を、聞く余裕が無かったんだ。


 由美子さんの声は途中から震え、弱々しくなっていった。春香が死んだ時の事を思い出して泣いていたんだと思う。


 そんな由美子さんに、俺は何かを聞く気にはなれなかった。


 言いたいことを言う気にはなれなかった。



 通話の切れた携帯電話を持ちながら、ここでやるべき事はもう無いんだと実感した俺は、美佐江さんに、


「失礼しました」


 と、頭を下げ、春香達が住んでいた家を後にした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ