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春香る日に舞う桜。  作者: シュヴァリエ
3/4

長野へ

 何だよこれ、意味が分からない。


 いつもは3枚以上で書かれている手紙が、1枚しかない事で変には感じていた。


 だからって、この内容は予想出来ない、出来る訳がない!!


 さよなら?  なんでだよ!!!


 この前、また会おうねって言ったばかりだろ!


 宿題の答えを聞かせてくれるんじゃなかったのかよ!!


 バッ!


 俺は机の上に置いてあったスマホを手に取り、春香の実家に掛けた。


 登録はしてあるものの、電話を掛けるのは中学1年の時以来。それからは春香の意向で手紙だけのやり取りをして来た。


 そのせいか、


 ゴク…


 スマホを持つ左手が震え、唾をのみ込む音が全身に反響した。


 勢いで掛けたが、俺は何を言えばいいんだ。


 思考が定まらない中、コール音を待つ。


 しかし、ここでも想定外の事が起きる。



ーお掛けになった電話番号は現在使われておりませんー



「なっ… 」


 それ以上、言葉が口から出なかった。


 力の抜けた左手が、ゆっくりと垂れ下がる。


 一体、どうして… 


 電話番号を変えたのか? それとも住所を…


 俺は机の上に置いた封を取り、差出人の住所を確認した。


「住所は変わってない、いや、これが今の住所とは限らないか」


 差出人の住所が合っていようが間違っていようが、宛先の住所には届く。


「はぁ…」


 封を見ながら深いため息をしたその時。


「え!?」


 俺は封に押されている消印に、おかしな点がある事に気付いた。


「とう… きょう…」


消印には、東京中央と書かれている。


 春香は今、東京にいるのか?


 日付は…  4月、15日。


 春香に会った日の翌日だ。これだと東京にいる確証にはならない。


 千葉にいる俺に会いに来た日の、夕方以降に出した可能性もある。むしろそう考えた方が現実的だ。


 ……


 俺に会いに来て、その日に別れの手紙を出したのか?


「くっ!」


 どういう事だよ!!


 ダン!


 俺は制服からジャージに着替えると、自室のドアを力強く開け、2階を降り、1階の静奈が居るリビングに向かった。


「静奈! 今月の仕送り後どのくらい残ってる?」


 リビングでは、静奈がパンツ1枚でポテトチップスを食べながらテレビを見ていた。


「ん? 急にどうしたの?」


 ソファーで横になっている静奈が、顔だけこっちに向けて聞き返す。


「いいから、幾ら残ってる!?」


「確か、1万円以上2万円以下かな。本当にどうしたのお兄ちゃん? そんなに慌てて」


「2万弱か…」


「お兄ちゃん?」


「いや、何でもない。気にしなくていいよ」


「そう?」


 海外にいる両親からの仕送りは、静奈の希望で静奈が管理している。そのお金を借りたかったけど、余裕のある残額じゃないな。


「静奈。お兄ちゃん、春香と桜に会いに行ってくる。日曜の夜には戻るから留守番よろしくな」


「わかったぁ~ 気を付けてね」


「じゃあ行ってくる」


「行ってらっしゃ~…  えええ!?」


 玄関に向かった俺を、半裸の妹が追いかけてくる。


「お兄ちゃん! 今から長野に行く気!?」


「そうだけど?」


「そうだけどって、今もう夜の8時だよ? 長野までバスも電車も走ってないよ!」


「新幹線は走ってるだろ。でも新幹線に乗るお金は無いから自転車で行ってくる」


「行ってくるじゃないよお兄ちゃん。中学生の時それやって迷子になったからパトカーで帰って来たじゃん! 忘れたの!? しかも日曜に帰るって、今日金曜なんですけど!」


「今は高校生だから大丈夫。日曜の夜か無理なら月曜の朝に帰るから、それより、俺が留守の間は友達以外の人が来ても出なくていいから、間違ってもその格好で郵便物とか受け取るなよ。もし何かあったら電話してくれ、じゃあな」


 バタン!


「ちょっとお兄ちゃん!」


 玄関の向こう側で、静奈が大きな声で俺を呼んでいる。


 良かった。あの格好で外に出て来る程、心は子供のままじゃなかったようだ。一応羞恥心や常識は持っているみたいだな。


中学に上がる迄は全裸だったし、少しずつ大人に…


なってるよな?

 

 

庭にあるマウンテンバイクのタイヤに空気を入れ、準備を整える。


「財布とスマホ、スマホの予備のバッテリー。これだけあればいいか、着替えとかはいらないな。どうせ汗だくになる」  


 スマホを起動させ、ナビで目的地である長野までの道を検索。


 当時は無かったスマホ、これがあれば迷わず行ける。


 東京に着いたら国道20号を一直線か、問題なのは途中の峠だな。


 4月とは言え、夜はかなり冷え込む。それでも、自転車を漕いでしまえば体は熱い。


 出来るだけこの体温を維持する為に漕ぎ続けよう。立ち止まったら冷えた汗で風邪を引いちまう。



「ハァ、ハァ…」


 脳裏を、もし春香が長野に居なかったらと何度もよぎる。


 それを打ち消しながら、俺はペダルを強く漕いだ。


 

 居るとか居ないとか考えるな。今の俺にはこれしかないんだ。


 長野で春香に会って言いたい事を言う。聞きたい事を聞く。


 それだけを考えろ!


 暗い夜道を、ただひたすらに走る。


 山梨に入ってからは登りの連続だった。


 体力の限界が来たら自転車を降りて歩き、少し休めたら再び自転車に乗って漕ぐ。


 疲労は感じるものの、睡魔は襲って来ない。


 春香の事が気になってるからか?


 眠くないならむしろ好都合、ぶっ倒れまで漕ぎ続けてやる。


 

 峠を登り切ってからは、下るだけだった。


 そこからはあまり覚えていない。流れに身を任せ、俺は長野に入り、春香と桜が住む、長野県飯田市を目指した。


 千葉の家を出てから18時間を過ぎた頃、ようやく俺は目的地である長野県の飯田市に着いた。


 そこから春香と桜の住む町までは10分もかからない。


 肉体的な疲労から来るものなのか、精神的な疲労から来るものなのか。


 足が重く感じる。


 でも、もう迷う必要ない。


 飯田市ここまで来たら、後はもう会うだけだ。


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