長野へ
何だよこれ、意味が分からない。
いつもは3枚以上で書かれている手紙が、1枚しかない事で変には感じていた。
だからって、この内容は予想出来ない、出来る訳がない!!
さよなら? なんでだよ!!!
この前、また会おうねって言ったばかりだろ!
宿題の答えを聞かせてくれるんじゃなかったのかよ!!
バッ!
俺は机の上に置いてあったスマホを手に取り、春香の実家に掛けた。
登録はしてあるものの、電話を掛けるのは中学1年の時以来。それからは春香の意向で手紙だけのやり取りをして来た。
そのせいか、
ゴク…
スマホを持つ左手が震え、唾をのみ込む音が全身に反響した。
勢いで掛けたが、俺は何を言えばいいんだ。
思考が定まらない中、コール音を待つ。
しかし、ここでも想定外の事が起きる。
ーお掛けになった電話番号は現在使われておりませんー
「なっ… 」
それ以上、言葉が口から出なかった。
力の抜けた左手が、ゆっくりと垂れ下がる。
一体、どうして…
電話番号を変えたのか? それとも住所を…
俺は机の上に置いた封を取り、差出人の住所を確認した。
「住所は変わってない、いや、これが今の住所とは限らないか」
差出人の住所が合っていようが間違っていようが、宛先の住所には届く。
「はぁ…」
封を見ながら深いため息をしたその時。
「え!?」
俺は封に押されている消印に、おかしな点がある事に気付いた。
「とう… きょう…」
消印には、東京中央と書かれている。
春香は今、東京にいるのか?
日付は… 4月、15日。
春香に会った日の翌日だ。これだと東京にいる確証にはならない。
千葉にいる俺に会いに来た日の、夕方以降に出した可能性もある。むしろそう考えた方が現実的だ。
……
俺に会いに来て、その日に別れの手紙を出したのか?
「くっ!」
どういう事だよ!!
ダン!
俺は制服からジャージに着替えると、自室のドアを力強く開け、2階を降り、1階の静奈が居るリビングに向かった。
「静奈! 今月の仕送り後どのくらい残ってる?」
リビングでは、静奈がパンツ1枚でポテトチップスを食べながらテレビを見ていた。
「ん? 急にどうしたの?」
ソファーで横になっている静奈が、顔だけこっちに向けて聞き返す。
「いいから、幾ら残ってる!?」
「確か、1万円以上2万円以下かな。本当にどうしたのお兄ちゃん? そんなに慌てて」
「2万弱か…」
「お兄ちゃん?」
「いや、何でもない。気にしなくていいよ」
「そう?」
海外にいる両親からの仕送りは、静奈の希望で静奈が管理している。そのお金を借りたかったけど、余裕のある残額じゃないな。
「静奈。お兄ちゃん、春香と桜に会いに行ってくる。日曜の夜には戻るから留守番よろしくな」
「わかったぁ~ 気を付けてね」
「じゃあ行ってくる」
「行ってらっしゃ~… えええ!?」
玄関に向かった俺を、半裸の妹が追いかけてくる。
「お兄ちゃん! 今から長野に行く気!?」
「そうだけど?」
「そうだけどって、今もう夜の8時だよ? 長野までバスも電車も走ってないよ!」
「新幹線は走ってるだろ。でも新幹線に乗るお金は無いから自転車で行ってくる」
「行ってくるじゃないよお兄ちゃん。中学生の時それやって迷子になったからパトカーで帰って来たじゃん! 忘れたの!? しかも日曜に帰るって、今日金曜なんですけど!」
「今は高校生だから大丈夫。日曜の夜か無理なら月曜の朝に帰るから、それより、俺が留守の間は友達以外の人が来ても出なくていいから、間違ってもその格好で郵便物とか受け取るなよ。もし何かあったら電話してくれ、じゃあな」
バタン!
「ちょっとお兄ちゃん!」
玄関の向こう側で、静奈が大きな声で俺を呼んでいる。
良かった。あの格好で外に出て来る程、心は子供のままじゃなかったようだ。一応羞恥心や常識は持っているみたいだな。
中学に上がる迄は全裸だったし、少しずつ大人に…
なってるよな?
庭にあるマウンテンバイクのタイヤに空気を入れ、準備を整える。
「財布とスマホ、スマホの予備のバッテリー。これだけあればいいか、着替えとかはいらないな。どうせ汗だくになる」
スマホを起動させ、ナビで目的地である長野までの道を検索。
当時は無かったスマホ、これがあれば迷わず行ける。
東京に着いたら国道20号を一直線か、問題なのは途中の峠だな。
4月とは言え、夜はかなり冷え込む。それでも、自転車を漕いでしまえば体は熱い。
出来るだけこの体温を維持する為に漕ぎ続けよう。立ち止まったら冷えた汗で風邪を引いちまう。
「ハァ、ハァ…」
脳裏を、もし春香が長野に居なかったらと何度も過る。
それを打ち消しながら、俺はペダルを強く漕いだ。
居るとか居ないとか考えるな。今の俺にはこれしかないんだ。
長野で春香に会って言いたい事を言う。聞きたい事を聞く。
それだけを考えろ!
暗い夜道を、ただひたすらに走る。
山梨に入ってからは登りの連続だった。
体力の限界が来たら自転車を降りて歩き、少し休めたら再び自転車に乗って漕ぐ。
疲労は感じるものの、睡魔は襲って来ない。
春香の事が気になってるからか?
眠くないならむしろ好都合、ぶっ倒れまで漕ぎ続けてやる。
峠を登り切ってからは、下るだけだった。
そこからはあまり覚えていない。流れに身を任せ、俺は長野に入り、春香と桜が住む、長野県飯田市を目指した。
千葉の家を出てから18時間を過ぎた頃、ようやく俺は目的地である長野県の飯田市に着いた。
そこから春香と桜の住む町までは10分もかからない。
肉体的な疲労から来るものなのか、精神的な疲労から来るものなのか。
足が重く感じる。
でも、もう迷う必要ない。
飯田市まで来たら、後はもう会うだけだ。