#1 就職→死亡
「異世界転生」というものがあります。死んだら別の世界で生まれ変わった、というアレです。
そのような異世界転生モノの小説は数多くありますが、1つ不思議に思ったことはないでしょうか? そう、大体の小説は、元いた世界で死んでから、舞台となる異世界で生まれ変わるまでがまるまるカットされているんです。
この作品は、そのカットされた部分を書いています。言わば異世界転生モノの「未公開シーン集」です。
数多の小説が無事に異世界転生できているのは、彼らのおかげなのかもしれません。
「今日からここ、世峽供役所転生課に勤めることになったのがこの3人だ。皆、仲良くしてやってくれ」
課長の橋渡継介さんが、先輩達に呼びかける。俺達3人は深々とお辞儀をした。
「じゃあまず、自己紹介を……左の君からお願いできるかな?」
アゴひげの似合う、優しそうな顔の橋渡課長に言われたのは俺だった。第一印象は大事。就活の時から何度も言われてきた言葉を反芻する。1度深呼吸し、俺は自己紹介を述べた。
「綱岐送汰です。第4世界出身の人間です、不慣れなところもあるかと思いますがよろしくお願いします」
たったこれだけを言葉にするのに、かなりカロリーを使ってしまったように思えた。しかし、先輩達は拍手で俺を迎えてくれ、肩の力がほんの少し抜けた。
「じゃあ続いて、隣の君」
「OK!」
俺の隣に立っている彼は、2メートルオーバーと思われる身長ながら華奢な身体で、白い髪と青い肌のコントラストが美しかった。
「ユニ・ケーブル、第3世界出身の水神デース! Nice to meet you!」
俺の時と同じように、先輩達が拍手で迎えた。
「じゃあ最後、よろしく頼むね」
「は〜い」
最後の彼女は…身長は20センチほど、金髪に緑の服、羽根を生やしていた。
「コネクタです。出身は第1世界、種族は妖精。よろしくお願いします」
無表情で淡々とした彼女の自己紹介が終わると、橋渡課長が再び口を開いた。
「3人には悪いんだが、仕事が早速来ていてね。本来ならオリエンテーションをするはずなんだが……仕事の内容については、バディに直接聞いてもらえるかな」
「バディ?」
聞き返してから、しまった、と思った。勉強不足が露呈してしまう。
「供役所転生課の仕事は基本2人で行うんだけど、そのパートナーのことをバディって呼ぶんだ。……綱岐君の世界だと刑事ドラマとかで聞くと思うが、それと大体同じだ」
「はい、ありがとうございます」
丁寧に説明してくれた橋渡課長には、俺はこれからも幾度となく感謝することになる。
「結後、ステップ、ジャンゴル。前に言った通り、この新人君達がバディとなる。色々教えてやってくれ」
橋渡課長は先輩達の中から3人を呼ぶと、そう伝えた。
「は、はいっ!」
「承りました〜」
「理解した」
「私も今から会合があるから、失礼するよ」
橋渡課長が去っていく。
「……何か、初日なのにバタバタしちゃっててごめんね」
橋渡課長に呼ばれた3人の先輩のうちの1人が、俺に声をかけてきた。和服に身を包んだ女性だが、小柄な彼女は俺より下に見えた。……そんなことはないはずなのだが。
「私、結後。第5世界出身の妖怪よ。君は確か……」
「綱岐です、綱岐送汰」
「そうそう、綱岐くん。ごめんね、記憶力悪くって。人形に取り憑いてるから、頭のレベルも人形レベルなのかも。まぁ、これからよろしくね!」
「はい、よろしくお願いします!」
結後先輩の見た目の若さの理由も分かったところで……そろそろ、一見すると奇怪なこの俺の記録において、最低限必要な説明をしておこう。
今俺がいるのは、世峽供役所。この次元に沢山存在する世界――第4世界・人間の世界でいうところの「異世界」――同士の間に存在する、世界同士の橋渡し役を担う役所だ。俺はその世峽供役所の転生課というところに、この度就職したわけだ。
転生課とは文字通り、ある世界で絶命した者の転生を担う課だ。死者の死因や人となり、希望などから、どの世界に転生させるかを決める。「異世界転生のきっかけを作っている」と言えば伝わりやすいだろうか。
「就職した」とは言ったものの、普通の就職をしたわけではない。……と言うよりも、普通の人間なら、供役所に足を踏み入れることすらできない。何故なら供役所は死後、次の世界に行くために通る場所。普通の人間は、死ななければ供役所の建物の中に入れないのだ。
だからといって、俺は死んだわけでもない。ならどうしてここにいられるのか。それは俺が、「死者が見える」タイプの人間だからだ。
「死匠」と呼ばれるそのタイプの人間は、何年かに1度各世界で産まれる。死匠は、異世界転生前の死者が幽霊として世界をさまよっている姿を見ることができる。俺も詳しくは知らないが、ざっくり言うと、死匠は「生きている」ということ以外死者と同じなのだそうだ。
そして今日が、俺が死匠としての能力を使って供役所で仕事をする、その初日なのである。
「早速で悪いんだけど……綱岐くん、これ頼める?」
「えっと……どれですか?」
結後先輩が手に持った扇子で指す先には……山積みの書類が。
「かなり特殊な業種だけど、一応供役所職員も公務員だから土日は休みで……だからあんな風に溜まっちゃっててね。あっ、もちろん私も半分やるから、ねっ!」
書類の量的にやる気が少し失せてしまったが、初日からサボるわけにもいかず、俺は用意されたデスクに座り、整理に取りかかった。
その書類は「転生希望申請書」と呼ばれるもので、死者が自らのプロフィールを書いたものだ。出身地、死亡時刻、死因、転生を希望する世界などが書かれており、俺達転生課職員はそれをもとに死者の転生先を決めるのだ。
「……すみません、結後先輩」
転生希望申請書の中に奇妙なものを見つけた俺は、結後先輩に声をかけた。
「ん? どしたの?」
「これなんですけど……第6世界から第5世界に転生を希望されているみたいなんですけど、転生希望理由が『忘れ物があるから』ってなってて。でもこの人、これまで第5世界にいたことはないんですよね」
「う〜ん……?」
結後先輩もなかなか見ないパターンだったそうで、転生希望申請書をまじまじと眺めて怪訝そうな顔をしていた。
「……直接聞きに行っちゃう?」
「えっ?」
先輩の提案は、思いもよらないものだった。
「こういう不明点がある時は、死者の方に直接聞きに行くこともあるの。死問って言うんだけど。転生課がバディを組んで仕事をするのも、こういう時のためにあるの」
結後先輩がカバンを持つ。
「行こっ」
俺もカバンを持ち、先輩の後を追う。
「死問、行ってきま〜す」
そう言いながら先輩が部屋を出ていく。俺も先輩について部屋を出た。
世峽供役所の建物は円柱形で、その1階には出入口が12個ある。そのうち1つ1つが各世界への入口となっているのだが、自由に出入りできるのは供役所職員の特権だ。
「第6世界出身のディール・オルターさん……種族は獣人ね」
「はい」
今一度、問題の人のいる世界を確認し、第6世界への入口へ向かう。守衛さんに職員パスを見せ、俺達はドアを抜けた。
第6世界は、またの名を「合獣界」といい、他の世界では見られない「合獣」、いわゆるキメラが見られる。その地に住む人達も、獣人や人魚など、人間の身体に他の動物の身体が合わさった形で生きている。第1世界、通称「精霊界」ほどではないが自然も豊かで、生活の中に自然が溶け込んでいる。環境は良好だ。
「ここの角曲がったらすぐです」
林の角を曲がると、1件の家があった。表札の名前を確かめると、俺達はドアを叩いた。
「すみません、世峽供役所の者ですけどもー」
しばらくするとドアが開かれ、中から鹿版のケンタウロスのような人が現れた。俺は死匠だが供役所に行ったのは就活の時くらいなので、初めて見る獣人に面食らってしまった。
「はい、何でしょうか……?」
「ディール・オルターさんですね。はじめまして、世峽供役所転生課の結後と綱岐送汰です。今回ご提出頂いた転生希望申請書についてお話がありまして」
結後先輩は慣れた感じで要件を述べる。人形に取り憑いていただけあって見た目は幼女そのものなので、流暢にこんなことを言っているのが、失礼ながら少し変な感じがした。
「ええ……あっ、中へどうぞ」
オルターさんは俺達を家の中に招き入れた。
家とは言ったものの、オルターさんは死者だ。転生先が決まるまでの間、幽霊としてここにいるというだけで、もう「住んでいる家」とは言えないのかもしれない。現にオルターさんが見えるのは俺達死匠と幽霊だけなので、もし今俺達のそばに誰かがいたとしたら、見えない誰かと話している変な人として映ってしまう。
「それで、話とは……?」
オルターさんが尋ねる。俺はカバンからオルターさんの転生希望申請書を取り出すと、先輩に渡した。
「こちらの『転生希望理由』なのですが、忘れ物、とはどういうことですか?」
「ああ……」
オルターさんは少し天井を見上げた。
「……あの、もしかしてなんですけど」
無知が故か、それとも素朴な疑問か、あるいは俺の中に、カマをかけてみようという気持ちが知らない内に芽生えていたのか。気がつくと俺は手を挙げていた。
「ん? どしたの、綱岐くん?」
「もしかして、なんですけど、オルターさんは前世の記憶をお持ちなんじゃないですか?」
死者は通常、転生する時は前世の記憶を消すという手続きを踏まなければならない。しかしながら、供役所側の手違いなどにより、たまに前世の記憶を持ったまま転生してしまうことがあるという。
「……ええ、そうなんです! なのでついこんなことを書いてしまって……申し訳ありませんね……」
オルターさんのその言葉は、どちらかと言えばたった今思いついたもののように聞こえた。
「……あれ、でも待って、綱岐くん」
結後先輩の声のトーンが少し低くなった。俺の発言に矛盾点のようなものがあると、この時に俺も気づいた。
「……どうかなさいましたか?」
オルターさんが尋ねる。
「……オルターさん。あなた、これまで第5世界にいたことはありませんよね?」
「……」
「あなたの魂が新たに産まれたのが4世代前、第8世界でのことです。その後、第1世界、第12世界、第7世界と来て、そして今第6世界にいます。あなたが死匠だった記録もありません。……どういうことですか?」
先輩の顔つきが厳しくなる。と、オルターさんは突然ニタニタと笑い出した。
「ククク……ようやく、正体を見破ろうとする者が現れたか……」
オルターさんの周りに、黒い霧のようなものが発生しだした。
「そんな……本当だったなんて……」
先輩の顔に焦燥の色が見えた。
「ククク……」
オルターさんの周りの黒い霧はその身体全体を覆い、気がつくと立体の影のようになっていた。
「……綱岐くん、逃げて」
「いやあの、何が起こって……」
「いいから逃げて!」
先輩がそう言ったのも束の間、槍のように変形した黒い霧が、俺の心臓を貫いた。
「がっ……!?」
すぐに逃げるという行動力があればよかったのだが、俺は状況把握を優先してしまった。その結果、心臓を貫かれた俺は、力なく床に横たわった。
「綱岐くん!」
「……ヤハリ第4世界ノ人間ダッタカ……」
急に激しい睡魔に襲われたような意識の中、オルターさんの、いや、影の声が俺の頭に鈍く響いた。
「……待ってて、綱岐くん」
目を開けているのも辛く、というよりは億劫に感じ、先輩の言葉に目で返事をすることもできなかった。
「魂魄徒・朧車……!」
先輩が何か技のような言葉を呟く。俺の意識は、ここまでしか持たなかった……。
「……くん、……ぎくん、綱岐くん!」
聞き覚えのある声が聞こえる。何か柔らかいものの上に横たわっているような感覚がする。……目は……開いた。横から覗きこむようにして俺を心配そうに見つめる、結後先輩の姿があった。
「……結後先輩……」
思い出した。俺は結後先輩と一緒にオルターさんの家に行って、そこで影に襲われて……。
「先輩、大丈夫ですか、怪我はありま……せん……か……?」
心臓を貫かれたはずなのに、ガバっと起き上がることができた。だが、それを見た結後先輩の顔は、何か恐ろしいものを見たようだった。
「綱岐……くん……身体……」
先輩の声が震える。俺の身体は……何故か、そこに横たわったままだった。
今動いている俺の身体は、どこか透けたように俺には見えた。実体がないかのようだった。対して横たわったままの身体は、透けてもおらず、薄くもなっておらず、はっきりしていた。
「……!」
その時、俺はようやく俺が置かれた状況を理解した。そして、先輩の恐ろしく悲しい顔の理由を理解した。
俺は、死んだのだった。
(完結したら書きます)