第一話『終わりなき終わりの始まり』 4
ビルから出て研究所に向かう道すがら、手の中の写真立てを眺めてため息をつく。たくさんの思い出の品を発掘してきたが、それで何かが大きく変わるわけでもなかった。
私はそんな風に、壊れた時計の螺子を必死で巻くような日々を送っていた。
変化もない、ドラマもない、救いもない。絶望するという感情すら、いつしか凍り付いてしまうかのような……
しかし、その日。私は永遠に変わらないはずの景色に、見慣れないものを見つけた。
「人か? あんなところに“あった”かな……」
近づいて見てみると、それは小学校高学年くらいの少女だった。春先のため、肩が出る中間服を着て、何故か祈るように手を組んだ姿勢で、アスファルトの上に仰向けになって寝ていた。
息をしている様子はない。ピクリとも動かない様を見ると、やはり凍っているのだろう。きっと今までも彼女はそこにいて、私は気が付いていなかっただけなのだ。私は嘆息し、そこを後にしようと腰を上げ……
「──」
後ろから声を掛けられた気がして、私は立ち止まった。それは、久しく聴いていない風の音か何かだと思った。
なぜなら、絶対にあり得ないことだったからだ。
あの少女が目を覚ましていて。あの少女が起き上がっていて。あの少女が声をかけてくる、などということは。
「こんにちは」
私は恐怖と歓喜がない交ぜになった感情を抱きながら、後ろを、声のした方を振り返った。
そこには確かに、あの少女が立っていたのだ。こちらに顔を向けて、確かに声を出して。
「君は……」
しかし、私はその先の言葉を紡ぐことは出来なかった。
人が一人、永遠の呪縛から逃れていたことに対する感動からだろうか。それもあったが、主な理由は別にあった。
その少女の青みがかった目には、全てを包み込んでいるこの氷と同じほどの冷たさを感じたからだ。その姿に、一切の感情は認められなかった。確かに動いていて、話していて、こちらを見つめているが、まるで少女を模した氷像と相対しているかのような気持ちにさせられた。
兎にも角にも、尋常ではない様子だったのだ。
「どうか、されましたか」
ぎこちなく首をかしげながら、少女が問いかけてくる。周囲の状況について、疑問に思うことはないようだ。
「……いや、何でもないです。それより、ここにそんな恰好でいたら危ない」
疑念のもとを確かめるためにも、一度彼女と共に《箱舟》に戻ろうと思った。
私は警戒しながら、それを悟られないように少女に手を差し出す。
「私の名前は、水無月セツナと言います。えっと、あなたの名前は?」
「名前……名前は、そう」
何故か服の襟元を探りながら、少女はしばらく考えていた。
「《霜月トワ》、です。初めまして、よろしくお願いします」
《発掘人》の私と、凍った街の少女。
この出会いは確かに、この世界を包み込んだ氷に、“永遠”に包まれた、とある物語が再び動き始めるきっかけになったのだ。
その時の私は、ただただ凍り付いたように呆然とするしかなかったが──
人は、死ぬために生きている。