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閑話『命と星と時間と』

神は死んだ、なんて質の悪い冗談だ。

『……ん、どうしたトキ、眠れないのか?』

『そうだなあ……じゃ、お父さんがお話をしてあげよう。生き物がどうやって生きているのか──』

『トキは転んで膝を擦りむいたことがあるだろう? それが治るのはね、血のおかげなんだ』

『ケガをした時の痛みが血小板を変性──フィブリンにより赤血球が──蛋白質による──』

『……あ。御免な、ちょっと難しかったな……でも、これで寝られそうかい?』

『まあ要するに、生き物は何もしていないように見えても、常に動き続けている、ってことさ。起きていても、寝ていてもね』

『さあ、良い子は寝る時間だ。また明日、お休み』


『……ん、どうしたあトキ、寝れないのか?』

『よーっし、じゃあ母さんが素敵な話を聞かせてやろう。ほら、そこの窓から見える星だ──』

『あの星、全部同じ大きさ、同じ遠さに見えるだろ? だけど違うんだな』

『ここから十光年……じゃなくて、そんなに離れていない星もあれば、うんと遠くにある星もある。色も違う、大きさも違う』

『それに……もっと凄いこと教えてやろうか? 実はここから見える星は、その星の今の姿じゃないのさ』

『こっちはお父さんの方が詳しいかもだけど……見ることのできる全ての物は、それぞれの光を出し続けているんだ。私たちは実際には、目に入る光を並べて、それを見た気になってるわけだな』

『で、星はうんと遠くにあるだろ? だからある瞬間に星が出した光が地球に届くまでに、十年も二十年もかかったりする』

『ここから見える星ってのは、その十年や二十年も前の姿なんだ。今ああして見ている星も、実は今爆発して無くなってるかもしれない……』

『……ん? ああ、地球が爆発したりはしないさ。もしそんなことがあっても、母さんが護ってやるよ。地球から逃げる算段くらい簡単につけられる』

『そ。だから安心してお休み。また明日、な』


『それじゃあ、僕たちはお祭りに行ってくるから』

『……ん? トキも行きたいのか? でもなあ、想像してるようなもんじゃないぞ』

『そうそう。じっと静かにしてなきゃいけないからね。しかも、随分夜遅くまで待たされるし……』

『そーそ。ま、それでもすぐに帰って来るからさ。先に寝ておいてくれ』

『……まあ、来年は連れて行ってもいいかもな。どうしても来たいのなら』

『ええー? あんなもの面白くも何ともないけどなあ……トキが来たいってなら良いけど』

『そうだね。それじゃ、今日はお休み、トキ。また明日』


『……通してくれ、この家の人間だ! 通してくれ、子供が……娘が中にいるんだ!』

『いいから退けって! ああクソ、逃げていてくれ……!』

『早くあの子を助けてくれ! まだ見つからないのか!?』

『……ああ、トキ! 良かった、見つかった! なあ……大丈夫、なんだよな』

『……トキ』

『……おい、何とか言えよ。言って、くれよ。お願い、返事をして。まだ、助かるんだよな! 蘇生が……』

『ああ……そんな、そんな……トキ……!』


『……』

『どうして僕は……あの日……連れて行ってやらなかったんだ……』

『……』

『一緒に行っていれば……あの子は助かった筈なのに……! どうして、どうして、──』

『……煩い! そんなこと、今更……今更、どうしようもないじゃない!?』

『……トキ……』


『……え、君のプロジェクトのリーダーが、僕に? それって“とこしえ”の話だろう?』

『ああ……私もそう思った。けど、どうしても会いたいんだってさ。生物学についての話では、あるらしい』

『なら、まあ……会っておこう。何か関係があるのか……?』

『……どうも、胡散くせえんだよな。あの名前、本名だとも思えないし』


『……おい。これは、何だ』

『君にも分かるだろう? 私達の……娘だよ』

『何したかって聞いてんだ! あの“ドクター”とやらに、随分素敵なことを吹き込まれたみたいだな、ええ!?』

『……今回のプロジェクトに助成金が下りているのは、彼女の実験に協力する体を取らせてもらったからだ。僕には……彼女を、責められない』

『あいつの実験……って、一体何なんだよ。お役所に向かって大真面目に死者蘇生について演説かましたのか?』

『それだけじゃない。……もう、大事な人を失わなくて済むような……新しい生命の形さ』

『……もう、良い。もう、疲れた……どうにでも、勝手にしてくれ』

『……君にも手伝ってもらわなければならない。名目上は養子ということで、時計塔の地下で暮らすらしい。それから……記憶のセットアップをしなければ。あの子を、完璧にするために』

『ああ、そうかい。完璧か。……そりゃ、最高だな』


『……どうした、ト、ワ。眠れないって?』

『……悪いが、今は話してられん。その……忙し、いんだ』

『ああ、お休み。また明日、な……』


『……ん? 僕たちが?』

『そうだねえ、確かにそろそろ二人とも、おじいちゃん、おばあちゃんになるころかな』

『……心配することはないんだよ、トワ。君は大丈夫だ、ずっと大丈夫、大丈夫なんだから……』

『そう、それで良いんだ。お休み、また明日』


『……何を言っているんだい? あの子は私達の娘だ。どうしてそんなこと──』

『そうじゃない。あの子が、トワが私達をどう思ってるか、って話だよ』

『そんなこと……何もおかしなことなんてないだろう』

『おかしなことなんてないって!? 私達が白髪になって、杖をついて、ボケて死んだって……あの子は何も変わらないのが、おかしくないってかい!』

『君はもっと彼女のことを知るべきだよ。それはあの子にとって良いことだ。もう死の恐怖に悩まされることは無いんだ、あの子だけは』

『私は! ……あの子は本当に、私達のことを、両親だと思ってくれているのか……?』

『……あの子は、私達の娘だ』


『……あーはいはい、すぐ行くから』

『トワが読みたい本がどこかに行っちまったんだよ。まだ火付けないよな?』

『あっ、あの一番上か? よし、今取ってやるから……それじゃ切るぞ?』

『よーし、これで……って、重……あ……』


『……私にも、ガタが来てたか』

『情けない……本当に、情けないねえ……こんな、こと、で』

『あんたには……心配ばかり、かけさ、たね……』

『ト、ワ……聞いて、くれ。最期に……伝えたい、ことが……』


『嫌です……』

『お母さんが死ぬなんて、嫌です!』



 そして私は、目を見開いた。

 床に倒れ伏した老婆に、もう一度視線を向ける。

 自分には知らなければならないことがある。まだ伝えられていない“思い”がある。その一瞬で、直感したのだ。氷に埋もれたデータをどれだけサルベージしても届かない、たった一つの声に、私は耳を塞いでいたのだ。

 両親と関わっていた、“霜月トワ”。信条の違う大学生と関わっていた、“霜月トワ”。全てが異なり、しかし同一の起源をもつ存在……その可能性の全てに蓋をしようとしていた。その先に待つのは……“死”なのではないか?

 私には分からなかった。一日分の記憶とアナログ媒体の集積には、自分一人でこの事態に対処することは出来ない……しかし、それが可能な人物のことは知っていた。記憶が、手帳が、カメラが、彼のことを指し示していた。


「セツナ……!」


 駆け出す。

 氷に閉ざされた、私の存在証明を取り戻すために。


支え合わなければ生きては行けないし、語り合わなければ死ぬ事も儘ならないのだ。

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