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第七話『愛の言葉に火をつけて』 4

「ヒトリンの……」

「部屋から採ってきたものです」


 ここまで来れば、後は彼女がどれだけ私を信じてくれるかどうかに懸かっている。


「一度だけです」


 私はランタンのそばに氷を置き、ハンマーを構えた。

 外に出していたことで、氷は大分小さくなってしまっている。こうしている今も、ささやくような声が漏れ出していた。正真正銘、一度きり。

 私に促されたことで、マユラは慌てて小さな氷に顔を近づける。危険の無いよう、ハンマーの尖った部分を氷に密接させ──


「頼む……」


 僅かに叩いて、それにヒビを入れた。

 氷塊は一点のヒビをゆっくりと大きくし、少女が見つめる前で数秒ほどで砕け散る。


「あ……」


 マユラが声を漏らした。


「何か、聞こえましたか?」

「……はい」


 少女は僅かに残った氷の破片を掌に載せてじっと見つめながら、震えた声で一つ一つ言葉を紡ぎ始める。

 彼女が語るのに合わせて、私が左手に持つランタンの火が揺らめいた。


「“愛してる”って……言ってくれた……そんな気がします」


 雫が一滴、その掌に落ちる。

 最後に残った氷はその熱で完全に溶けてしまい、澄んだ水だけが残った。


「いつも、いっつも、言ってくれてたんです……愛してる、って」


 少女は顔を上げて、私の方を向いた。

 そこには、いつもと同じ……いや、いつも以上の笑顔があった。


「やっぱりあの人は、私のことを……こんなこと、どうして今更、気が付いたんでしょうね……?」


 しゃくりあげるようにしてこらえていたその涙が、その瞬間堰を切ったようにあふれ始める。

 私は彼女の気が済むまで、じっと待っていた。



「……本当に、そんな声が入っていたのでしょうか」


 屋根裏部屋に戻ると、様子を見ていたらしいトワが問いかけてくる。

 私は装備を所定の位置に戻しながら、それに答えた。


「いやあ……正直、その可能性は低いですよ」

「そうでしょうね」


 そもそもあの氷が声までも鮮明に保存しているとは思えないし、万が一そうだったとして、特に変わらない日常の一欠片を切り取っただけの“あの瞬間”に彼女への愛を呟いていた……そう考えるのは無理がある。

 しかし、それは重要なことではないだろう。


「大事なのはマユラさんがその声を聴いて、元気を取り戻した、それだけです」


 今まで以上に活力が有り余る様子だった少女のことを思い出しながら、私はそう言った。

 『もう親なんて知らない、これが終わったら絶対に告白して幸せになります──』そう大見えを切った今の彼女なら、きっとこの先に待つ現実がいかなるものであろうと乗り越えて行けるだろう。


「あの人も多分、最初から分かっていたんでしょう。ヒトトセさんの愛は本物だ、って。だから彼の“声”を聴いたんですよ」

「ならどうして、セツナに依頼を?」

「それは……」


 私が気の利いたことを言えずに少し困っていると、トワが言葉を続けてきた。


「それが恋、だからですか」

「……そうですね」


 埃っぽい屋根裏部屋で二人見つめ合い、微笑み合う。

 変わらない街の変わらない日常が、今日も動き始めた。


それでもあの人を信じて、心を燃やし続けて──

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