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第八話『愛の言葉に火をつけて』 1

一番知りたい人の心が、一番分からなかったり……

 そう大きくない一軒家の部屋を探して回るのに、長い時間はかからなかった。一階の捜索はそこそこに、ヒトトセがいる二階の子供部屋を重点的に調べ、それをもう一度繰り返してやっと、窓から望む空が赤く染まり始める。一通り探索が終わって、私はリビングの凍り付いたソファに腰掛け、溜息をついた。


「……厳しいなあ」


 事前に説明されてはいたが、ヒトトセはマユラとの関係を想起させるようなものを何一つ持っていなかった。写真も、手紙も、アクセサリーも……目に付いた戸棚や引き出しは全て当たったが、無駄足に終わった。

 分かっていたこととはいえ、存在が定かではない目標に向かって進むというのは通常の倍以上の疲労をもたらすものだ。


「お湯が沸きました」


 離れたところで食事の準備をしていたトワが戻って来た。

 《箱船》から持ってきたインスタント麺を二人で啜りながら、私は彼女に現状を報告する。


「依頼は失敗、ですか?」

「……何かは、しておきたいんですがね」


 意志だけがから回っても、思い出の品が沸いて出て来ることはない。それでも私は、《箱舟》で私に依頼をした時のマユラの顔を思い出して、その望みを何とか叶えてやりたいと思っていた。

 相手のことをどれだけ信頼していても、言葉を交わせなければ気持ちは容易く揺らぐ。それは仕方のないことなのだ。


「この件がマユラさんの一方的な思い込みだという可能性はないのでしょうか?」

「片思いってことですか? いやあ、それは、流石に……」


 だとしたら、私に色々と苦労を聞かせた彼女の想像力は相当なものだ。……あの破天荒かつ暴走気味な少女なら、それもあり得なくはないかもと思えてしまうが。


「何であれ、私は依頼人が信じていることを一緒に信じて、助けるだけです。最悪、彼女が彼氏さんの愛をもう一度信じるきっかけにさえなれば……」

「“アレ”では、駄目なのでしょうか」

「ううん……」


 食事を終えた私たちは、汁と容器を別々に分けて保存してから、“アレ”を確認するためにもう一度子供部屋に上がった。

 ヒトトセは勉強机に向かって、何やら考え込んでいる様子で頭を抱えて上を向いている状態で静止していた。そして彼が向かっている机の上に置いてあるものというのが……トワの言う“アレ”だ。


「多分、ラブレターなんじゃないかなあ、とは思うんですけどねえ……」


 それは何も書かれていないA4のコピー紙と、筆記用具。彼は何か文章を書こうとして、悩んでいたのだろう。そうなるとその内容は、マユラが語っていたラブレターなのでは……と考えてしまうが、事前に話を聞いていた私の認識にバイアスがかかっていることも否定できない。


「せめて便箋だったら、持って行けたんですが」

「下書きだったのでは?」

「だとしても、ですよ」


 白紙の紙一枚を持って行って、これはラブレターの草稿を書こうとしたものだ、彼はあなたを愛していたのだ……と言って納得してもらえるかどうか。所詮交際関係はヒトトセとマユラの間だけの物であり、私達はそこに紛れ込んだ部外者に過ぎないのだ。


「……信じたい気持ちがあるのなら、何が出てきても納得しておけば良いのに」

「そうもいかないものですよ」


 自分の意思と気持ちは、時に全く反対の方向を向いてしまう。自分がかくあれと願っていても……或いは願っているからこそ、それを肯定する証拠を素直に受け入れられない。

 そういうわけで、私は完全に頭を抱えていた。丁度、この部屋の主と同じように。


「セツナは依頼人の信じる心を信じていると言っていたではありませんか。それらしいものを持っていけば、問題は解決するはずです」


 少女はその明晰な頭脳で以てこう語り、そして私にとある提案をしてきた──


「要は、依頼人がそれをどう思うか、の問題なのでしょう?」


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