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第七話『喪失の春』 4

「住所はここで合っていますね」


 コピー紙に乱雑に書き下ろされた地図を頼りにたどり着いた場所は、ごく普通の住宅街の一角であった。

 マユラの想い人の家は、庭が付いた二階建ての一軒家。シュユの物ほどではないにせよ、中々値が張りそうな家だ。私は玄関かけられた表札を確認する。


「如月……間違いないですね。彼氏さんのお名前は[如月ヒトトセ]さん、でしたから」

「それでは、これからどうやって家に入りますか?」


 目の前には庭を囲う柵。こちらは頑張れば乗り越えることも可能だろうが、当然玄関には鍵がかかっているだろう。今回の依頼人は、この家の合鍵を持っていない。

 とはいえ、また長月家と同じようなことをするわけにはいかない。その辺りは仕事を請け負う際に、きちんと確認しておいた。


「この家の奥さんは、[春祝祭]の時にはいつも庭に面するガラス戸を開けて夜空を眺めているそうです。教会の鐘を聴くためでしょうね」

「そうでしたか。では、柵を越えましょう」


 そう言うとトワはおもむろに柵に歩み寄って、


「お願いします」


 両手を十字の形に大きく広げた。


「……はい?」

「私一人では、この柵は越えられません」


 策は大学生の私の身長より少し高い。小学生として見てもやや低めのトワ一人では、どう頑張っても乗り越えることはできないだろう。それは理解できる。が、


「……良いんですか?」

「良いも何も、先ほども言った通り──」


 彼女は顔色一つ変えずに、私に行動を促す。

 ……確かに数か月の間一つ屋根の下で共同生活をしているわけだが、今まで一線は弁えて付き合ってきたつもりでいた。本人が全く頓着しなかった着替えについても教え込んだし、下の人間に黙って入れさせている風呂も変な気を起こしたことなんてなかった……などと自分に対して言い訳を並べると、何故か更に後ろめたくなる。私に幼女趣味は無いというのに。


「……それじゃ、動かないでください」

「はい」


 私は彼女の両脇を抱えて、持ち上げる。思っていたよりもずっと軽い身体が、凍った空に浮かび上がった。

 柵の上方まで導いてやると、トワはブーツに手袋という重装備でありながら器用に向こう側に着地する。それを見届けてから、私も庭に入り込んだ。

 ズボンを軽く払ってから、開いたガラス戸から二人で土足のまま家に上がる。


「さあ……日の入りまでまだ時間があります。持って帰る物の手がかりだけでも、見つけましょう」


 思っていたよりもずっと陳腐で、ずっと素敵な時間なのだろう。

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