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第七話『喪失の春』 1

 恋してた君、愛してる?

「春、かあ……」


 ふとそんな声が漏れた。

 私は早起きして本を読んでいた。“あの日”の一か月ほど前──つまり今から数えて半年ほど前に流行した恋愛小説だ。高校生の少年少女がすれ違いながらも惹かれ合う、まあよくあるラブストーリーだ。

 それにしても恋の始まりと終わりに一番親しい季節というのはやはり春なのだろうな、という感慨から出た言葉だったのだ。冬が明けて新しい命は芽生え、それと同時に今までの月日が“過去”として今から切り離される季節だ。

 普段通りに時間が流れていれば、もう夏も終わろうとする頃かもしれない。そのせいだろうか、季節という言葉は敏感に受け取ってしまうのだ。


「どうかしましたか?」

「いや、春という言葉を聞くと“あの日”を思い出してしまって」

「春祝祭の日、ですか」


 私は文庫本を机に置いて、頷いた。

 春祝祭。世界の全てが“永遠”の氷に包まれたあの日、いったい何が起こっていたのか。それが今ここに居る人間の全員が知りたがっていることだ。

 朝焼けの中、眠たげに目を擦るこの少女[霜月トワ]は、それを知っているのかもしれない。彼女の存在そのものがイレギュラーなのだ。

 私はそろそろ、この少女の存在を《箱舟》の人々に公表するのも良いかもしれないと思い始めていた。このまま待っていても状況が好転するとは限らないのだ。


「トワ、少し話が──」


 ──ぐう。

 間の抜けた音が埃っぽい屋根裏部屋に響いた。


「……セツナ」

「……ご飯にしましょうか?」


 その言葉を聞いた途端に笑顔になるこの少女を、やっぱり私は嫌いにはなれないな。しみじみとそんなことを思った。



「おはようございます!!!」


 感嘆符が三つは付いていそうな大声で挨拶をしてきたのは、《箱舟》の自称料理担当である[葉月マユラ]だ。


「ああ……おはようございます」

「おはようございます!!!!」


 何故か先ほど以上の大声で二回目の挨拶をしてきた。元気なのはいつものことだが、


「あの、えっと……セツナ、ちゃん? じゃなくて、さん?」


 今日は特に様子がおかしい。


「あの……何か用ですか?」

「は、はははい! 実はね、お願いが!」


 そこでまた慌ただしく息を吸い込んで、少し声を落として彼女は続けた。


「セツナさんに、《発掘人》としてのセツナさんにお願いがあるの!」



「……今回は、きちんと本人から依頼されたのですよね」

「そうですね……ははは」


 前回は本人に内緒で品物を探していた関係で、家の窓を割って入ることになったのだ。

 今回の目的地は閑静な住宅街にある。真夜中の風景のまま凍り付いた街並みの端に、顔を赤らめた男性が片足を上げた姿勢のまま佇んでいた。


「ただ、正確に言えば今回も“本人から”の依頼ではないと言いますか……」

「どういう意味ですか?」

「今回の依頼人は、[葉月マユラ]さん……例のお菓子の作者なのですが」


 仮面に似た少女の眉が、僅かに持ち上がった。私は今までの顛末を説明し始める──


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