閑話『ラストダンス』1
忘れるために踊る人もいれば──
「色々なものがあるのですね……」
随分慣れ親しんだ気がするこの屋根裏部屋に関しても、少女の興味関心は未だ絶えていない。奥まった所に無造作に積まれたがらくたの山、その一つ一つを検めているのだ。
仕事がない日には、この埃っぽい屋根裏で行われる彼女の物見遊山に付き合ってやるのが私たちの日課になっていた。とっくに解散したバンドのテープや精緻な筆致で描かれた風景画(何故か一緒に『贋作証明書』なる物も保管されていた)、オランダ語で書かれた医学書など、ゾウジが集めた珍品の数々はトワだけでなく私の心も躍らせてくれた。
「あそこにあるものはいつか処分しようと思っていたから、好きに使ってくれ」とは彼の言葉だが、この年季の入りようを見ると少なくとも十年以上、随分長いこと処分の手は入っていないようだ。
「これは何でしょうか?」
そう言って彼女が取り出してきたのは、木で出来たひょうたん型の物体だった。小さな彼女の胴体が隠れてしまう程の大きさのそれを見て、私はおお、と一つ声を漏らす。
「アコースティックギター、ですね。ゾウジさん、楽器されてたんだ」
「ギター……楽器なのですね。形状を見るに、弦楽器ですか」
「そうです。いやあ、懐かしいなあ」
「懐かしい、とは?」
思わず出てきた感想に対して、トワは敏感に反応してきた。私は少し逡巡したが、別に隠すようなことでも無いだろうと思って返事をする。
「実は、高校生の時に少し……学生バンドをやっていまして。担当がギターだったんです」
「バンド、ですか」
「意外ですか?」
「……ええ」
予想通りの反応だった。大学でもそうだが、私は割と目立たないポジションだと思われることが多いし、事実その通りではある。
文化祭を目前にして、適当に暇をつぶすつもりだった私を半ば強引に勧誘してきた、やたらと自信過剰な友人がいたのだ。練習の時間もまともに取れず、結果はお世辞にも上出来とは言えなかったが……
「それ以来結構、歌うのとか好きなんですよ。あの時はボーカルは任せてもらえませんでしたが」
『完璧な俺以外にセンターに立てる人間が居るとしたらそいつは、……いや。そんな人間は居ないな』とは、当該友人氏の御言葉である。
兎も角、私は自分のパートをそこそこにこなしたのだった。あの思い出は、今も高校生活を彩るものとして私の中に残っている。月並みに思える程に清々しい仲間たちとの友情と努力、そして……恋の記憶として。
「……セツナ?」
「えっ。ああ、はい。すみません、少し思い出に浸っていて……」
「随分と感傷的な顔をしていましたが」
「……はい? ええ、思い出に浸っていたので……」
やはりこの少女との会話には、未だに若干の齟齬を感じざるを得ない。トワの方は、それにしてもセツナが音楽好きだとは、と再び驚きを口にしていた。それから、
「一曲、歌っていただけませんか?」
そう言って、私にギターを差し出してくる。上目遣いの潤んだ瞳に、自分の姿が写って見えた。彼女の申し出を、私は受けることにする。たまには昔の趣味に没頭するのも悪くない。トワの前なら、それはきっとより楽しくなるだろうと思った。
私は大きく息を吸い込んで、それからゆっくりと歌い始めた。
「あかいひをふくぅー!」
「……!?」




